見渡す限り一面の黒。
光原と呼べるものが一切存在しないこの「異世」は、闇が薄いところが際立って存在を示していた。
しかし岩肌や荒地のような荒涼としたものしか存在せず、生命の鼓動を感じることは難しい。
微弱な月明かりのようなものも、闇を恐るかのように光を地表に降り注がせることをためらっていた。
そんな死の世界では耳を澄ますと戦いに明け暮れる音がそこかしこから響いてくる。
異世に満ちている濃い瘴気によってエネルギーを得ているヴィランたちに餓死など存在しないが戦いによって心の渇きを癒していた。
そして誰しもが生き残るために戦いを繰り広げ、展開で領土を増やして力を誇示していく。
今日もまた、濃い瘴気溜まりから一人のヴィランが生まれ落ちた。
空間を漂う展開力が一つの鎧へと凝縮され形作られていく。
偶発的に発生する悪のエネルギーの濃い部分はヴィランが生まれ落ちるには最適の環境だ。
「ここは……」
顔を覆う鎧の隙間から見える手甲を強く握り、そのヴィランは異世へと一歩踏み出す。
何の変哲もない中世の騎士を思わせる飾り気のないフルプレート。
あるはずのない眼でヴィランは己の四肢を確認し、どうすれば敵を殺せるのかが最初の思考となった。
同時に何のために存在しているのか、自分が何をすべきなのかという理由を求めて歩き出す。
すぐに本能が叫んだ。
他者と戦って心の飢えを潤し、自身の生きる意味を証明しろと。
そして、生き残るためには力が必要なのだと誰に言われることもなく理解し展開を広げていく。
まだ名もなきヴィランは己の存在を確かめるように力強く黒い地面を踏み締めて進んでいった。
生まれたてのか弱きヴィランがどれだけ歩いても景色は変わらず、闇の荒原がどこまでも続いていく。
速度を上げても何も変わらない世界に一歩も前に進めていないような錯覚に陥った。
切らす息もないヴィランは疲れではなく、差し始めた嫌気から立ち止まってしまう。
「戦いは、どうすれば巻き起こる?」
戦闘衝動に駆られるままに地面を殴りつけ、黒き大地により濃い暗黒の亀裂を生み出していく。
赤子の癇癪のように拳や足蹴を打ち付ける中、それが生み出す余波が強いのか弱いのか試したくて仕方なくなっていった。
戦いたいという気持ちに呼応して広く、濃くなっていくヴィランの展開。
それがどれだけ自殺行為なのかも生まれたばかりのヴィランには知る由もなかった。
展開を広げれば広げるだけ自分が有利に戦う空間を生み出すことができ、戦いを思うがままに進めることが可能になる。
しかし、悲しいことに戦いとは同格の相手にしか起きないものだ。
このヴィランが広げた展開は複数のヴィランの展開と接触し、無防備に展開を広げ続ける新米がいると察知されてしまった。
つまり自分の未熟さを大声で触れ回ったも同義なのである。
「来たな! 戦いだ! 私の求めていた全てが!」
そんな事も露知らず待ち望んだ戦いだと興奮するヴィランは敵が接近しているにも関わらず、高揚が押さえきれず仰け反りながら自信を鼓舞する雄叫びを上げる。
「誰だろうと殺して私を証明する!」
極めて残念なことに戦いは圧倒的な格上の相手とは発生しない。
そのような場合に巻き起こるのは蹂躙というのだ。
「獲物、発見」
生まれたばかりのこのヴィランは他の個体よりも戦闘能力が優れていたのかもしれない。
想像以上に遠くから飛来した何者かの一撃に気づき、反射的に飛び退いた。
「飛び道具?」
だが、その行為が悪手になるとは思わなかっただろう。
「!?」
辺りを包む静寂を劈くようにして放たれた一矢が、生まれたばかりのヴィランの胸部から左肩にかけてを大きく吹き飛ばした。
「ぐがぁ!?」
避けたはずなのに、と何故射抜かれたのか理解できないままに生まれたてのヴィランはその短い一生に幕を下ろした。
静かな黒い荒地に鎧が落ちる乾いた音が響く。
狙撃手は一瞬にして命が消え去った場所へ降り立ち、鎧の顎の部分を開くと生まれたてのヴィランとその展開を音を立てながら飲み込んでいった。
「——ふぅ……ごちそうさん。おかげで俺はまた強くなれる」
食事という概念は存在しないが、ヴィランは相手の力を摂取することでランクや能力を高めていく。
つまり長年生き残っているヴィランこそ最強の個体と言えるのだ。
そのような存在となり、奪われる側から奪う側になろうと日々寝る間も無く戦いが繰り広げられている。
「こいつぁいいぜ……辺り一帯の連中をぶっ潰してこの辺りを俺の支配下に置いてやる!」
身の丈ほどもあろうかという巨大な弓を背負った鎧のヴィランは鎧を揺らしてカタカタと笑った後、薄く展開を広げて辺りにいる生者を探知する。
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