「だったら尚更見過ごせねぇ。そもそも仲間が中にいるんだ。見捨てられるか!」
しかし飛彩の本能はリージェの忠告と同意見だった。心臓を鷲掴みにされているような動揺を振り払うように左腕に展開力を溜めていく。
もはや力は残されていないと思いつつも飛彩は左足の力でリージェを壁へと縛りつけ、壊れた瓦礫でさらに覆い隠していく。展開を阻害するそれがあればもはやリージェは力を取り戻しても、もがくことすら不可能だろう。
「放っておいても死ぬだろうが……そこで大人しくしてな」
乾いた笑いを背に飛彩は一撃の元、展開力を封じる壁を破壊した。
異世の展開が漏れようと左足の展開力があれば何とかなる、いや、何とかするという覚悟で恐怖を振り払う。
「ははっ、甘いねぇ」
リージェの呆れるような笑いを飛彩は無視した。
乾いた地面を走っていくのにも関わらず、深海に飛び込むかのような重さと冷たさ。
こんなところで戦っていたら死んでしまう、と飛彩は左腕の能力で少しずつ支配域を増やしながら進んでいく。
闇の中に消え、少しずつ小さくなっていく足音にはやはり恐れが含まれていた。
その様子を初めて戦った時と重ねたリージェは悔しげに呟く。
「見過ごせない、か……そう言うと思ったよ」
その餞別に似た言葉は飛彩に届くこともない。
闇の中をひたすらに突き進む飛彩は微かに感じるヒーローたちの展開を目指して泳ぐように闇をかき分けて進んでいった。
一方、護利隊の地下司令室。
カクリが黒斗や蘭華のカメラアイから送られてくる映像に絶望している頃。
「メイさん……どうしましょう、このままでは皆さんが」
震えるカクリの声を隣で聞いているメイは椅子に深く腰掛けたまま神妙な表情を浮かべるのみだ。
「メイさん! メイさん! 聞いていますか!?」
「……ええ」
「ちょっと! 司令官や蘭華さんが大変なのに何でそんなに冷静で……」
失望した様子のカクリだが、大切な人たちの窮地に何も出来ない弱い己を呪うしかなく。
そして自分たちがヒーロー本部に脅かされたことを思い出し、カクリはある提案をしてしまう。
「メイさん、もう皆には撤退してもらいましょう?」
「え?」
そこでおおよそカクリが言うはずのない犠牲を伴う提案にメイはやっと反応を返した。
「あんなヒーローたちを守る必要はありませんって! こちらに味方してくれるホリィさんたちが証言してくれれば私たちは罰せられることもないでしょう?」
「あの人の影響が、もしかしたらここまで漏れてるのかも、ね」
「ど、どういうことです?」
左手の親指に鎮座している指輪が怪しく輝いたような気がしたカクリは恐る恐るメイの背中へと手を伸ばした。
「ヒーロー本部のくせにあんな悪行を積むんだものね……あの人が来るだけで、こっちとあっちの境界が狂っていく」
そう溢したメイはカクリの提案など気にする様子もない。淡々と事実に関する感想を述べた後、ゆっくりと立ち上がってカクリに向き直る。
「メイ、さん……?」
「カクリ。貴方にあげたもの、返してもらうわね?」
反応の言葉を返すよりも早く、メイの手がカクリの腹部へと癒着するように消えていく。
身体の中を弄られているのにも関わらず、痛みも何も感じないが故に悲鳴はわずかに遅れた。
「落ち着いて、別に死ぬことはないし……むしろ普通に戻れるわ」
カクリの耳がそれを脳に認識させることはなかった。
意識を失い、倒れそうになるカクリをメイはそっと抱えて床へと寝かしつける。
「じゃあね、カクリ。飛彩たちが生きてれば迎えに来てもらえるわ」
直後、メイの背後にヴィランが空間を移動する時と同じ亀裂が発生していく。
ゆっくりと靴音を響かせながらメイはその闇の中に消えていった。
そして、リージェを下した飛彩は闇の濃霧の中を突き進んでいた。
(こんなところ……蘭華や黒斗じゃ耐えられねぇ。つーか、ここの戦いはどうなったんだ?)
展開力は感じつつも何の気配もない空間。微かに見える瓦礫の街が、ここを現実だと教えてくれる。
あまりにも濃い黒に、平衡感覚を失いそうになった飛彩は左脚の生命ノ奔流の力を使ってとにかく展開を除去することを優先した。
展開無効の自由ノ解放では戦っているヒーローを危険に晒してしまう可能性が大いにあるからである。
「みんなぁー! どこだぁぁぁ!」
あえて位置を知らせるような真似をする飛彩だが、敵対者はカウンターで対応できる絶対な自信があるのだ。
「蘭華ぁー! みんなー! どこだぁー!」
捜索の掛け声を再び上げた瞬間、飛彩の背後を取ろうと側面から数人のヴィランが迫る。
気配を消しきれていない粗雑な急襲では相手の命を奪えるはずもなく。
「退け。テメェらなんかで俺を止められるわきゃねぇだろ」
目にも留まらぬ一発の拳が右側のヴィランに減り込み、そのまま飛びかかってきた他の面々ごと殴り抜けるように腕を振り回していく。
団子状に固められていくヴィランを一瞬で瓦礫の山へと変えた飛彩は生死を確認することもなく駆け出した。
「こいつら……まるで何かから逃げるみてぇだったな……」
そんな感想しか抱かない飛彩だが、今のヴィランもランクはCに匹敵する猛者たちだ。
Aクラスの力を得たリージェを倒したとはいえ、あしらったヴィランたちもそう簡単に倒せる存在ではない。
「いや、まるで助けを求めるような……」
疑問は浮かびつつも、飛彩はさらなる刺客の影を四色の展開で塗りつぶすように撃破していった。
そう破壊の限りを尽くしながら進むこと数分。濃厚な闇の霧を抜け、久しぶりに世界を視認できるような気持ちになった瞬間。
飛彩は何故今までこの光景が見えていなかったのかを悟る。
「ほう、人間でありながら我が領域を歩むか」
たなびくマントと黒い長髪。それゆえにその人物の全容はまだ明らかになっていないものの、飛彩は飛びかかった。
ただの感想に過ぎないその言葉だけで、飛彩の全神経が『こいつが親玉だ』と警戒を総動員させたのだ。
「支配ノ起源!」
「ははっ、威勢の良い奴め」
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