とある駅の近くにある通りにはたくさんの服飾展が立ち並んでいた。
それぞれ戦った後のラフな格好だった故に足早に店に飛び込むや否や直感で自分の服を選んでいく。
ララクだけがマイペースに服を選んでいたが、それでも選択は早い方だった。
飛彩はロッカーに残っていたヨレヨレのシャツとジーンズに袖を通しただけの簡素な状態だが、少女達は思い思いの装衣に身を包み試着室でのファッションショーを繰り広げていた。
「お、お前らお手柔らかにな……」
服など着れればよいというくらい無頓着な飛彩だからこそ、少女達の御用達なセレクトショップなどの値札を見ると度肝を抜かれる気分になるのだ。
ヴィランとの戦いの功績により高額な給料が振り込まれている飛彩だが、それでも冷や汗は浮かんでくる。
「ララクはこれっ!」
試着室から最初に飛び出したララクが纏うは漆黒のワンピース。
裾や袖に白い線の柄が入っていなかったら喪服と言っても過言ではないくらいシンプルなものだったが、ララクは随分と自身ありげのようだ。
「やっぱ黒に落ち着くよね!」
「服選び出来ねぇ男かお前は」
唯一好意的に接してくれるララクにはいつもの調子でツッコミを返すことが出来るものの、試着室から覗く冷たい視線に再び休憩用の椅子に座り直した。
「次はカクリです!」
暑い時期にもかかわらず、ニット素材を選んだカクリはサイズが大きめの長袖を纏っている萌え袖の状態だ。
腰の下まで伸びている裾は明らかにサイズがあっていないように見えるが、カクリの不思議な印象をさらに増長させるようだ。
低身長ながらもすらっとしたスキニーが色っぽい雰囲気を纏わせたようで飛彩は視線を逸らす。
「何で目を逸らすのかしら?」
「な、何だって良いだろ!」
「ふふっ、ララクちゃんには勝ちましたかね〜」
飛彩の顔を赤らめさせたことで勝ち誇った様子のカクリはしたり顔で悠々とレジへと向かっていく。
支払いは全て飛彩に当てられるのだろうが。
「飛彩の奢りだし、遠慮なく……ね!」
次に試着室から解き放たれるはスキニーデニムにニットの長袖をインしたスマートな様子を見せた蘭華だ。
全体的に細身の服を纏い、身体の線が強調されているが黒髪の蘭華を数段大人びた印象にさせる。
肩が覗くデザインは飛彩に刺激が強いようで顔を抑えるしか出来ないようだ。
「ふふっ。新参者には負けられないわ」
自信満々にレジへと消えていく蘭華に、あれはプロテイン何個分の値段になるのだろうかとぼんやり考えるしか現実から逃れる術がなかった。
「あの……どうでしょう?」
続くホリィは白いカットソーに薄い桃色のロングスカートを纏っている。
日差しを避けるための薄いカーディガンが白い柔肌を隠しているが、大きすぎる双丘に飛彩の視線は釘付けになりかけ、そこから視線を逸らすのに首に力を込めなければならないほどだった。
「——は、早くレジ行けよ、全員まとめて払ってやるからよぉ……!」
「わーい、ありがとー飛彩ちゃん!」
「こら、くっつくな!」
全員の着替える前の服を背負わされただけでなく、会計も済ませる飛彩はまさに下僕のような状態だが、蘭華達は一様に喜びお互いの服装を褒めあっている。
憎いはずのララクにも友達としては接しているようで少女達に笑顔が絶えることはなかった。
「お会計こちらになります」
「くあっ……!」
そこそこ値段の張るブランドショップであることに飛彩はようやく気付かされる中、多めにおろしてきた現金が全て羽ばたいていくのを見届ける。
「な、何でこうなるんだ……!」
ララクが不幸を呼ぶ女神にまで見えてきた飛彩は軽くなった財布と、重くなった少女達の荷物を抱えて服飾店を後にした。
装いを新たにした一同は鋭い日差しを浴びながらも快活に進んでいく。
もちろん大量の荷物を抱えさせられている飛彩を除いて、だが。
側から見れば楽しそうな集団だが、まるで飛彩をいないもののように扱う蘭華に対してホリィやカクリは流石に申し訳なくなってきたようだ。
「夜に走りまくっちゃったから、カフェに行きたいな〜」
「カフェだと!? 良いな! ララクも行ってみたいぞ!」
言葉に詰まる飛彩だが、ホリィやカクリから耳打ちされた一晩中探し回って走り回っていた事実を聞き、何も言えなくなってしまう。
もし立場が逆だったら面白くない、そう感じてしまうほどに蘭華と飛彩は共に生きてきているのだ。
今日一日好きにさせて機嫌が治るのなら安いと思いつつ、ララクの監視も出来るのは一石二鳥だと前向きに考えることにした。
(全部俺の奢りで構わねぇが、流石に限度って者があるぜ……頼む、どうかチェーン店のカフェにしてくれ……!)
しかし、ここには金銭感覚が欠如した令嬢と世間知らずの天真爛漫娘がいるのだ。
「でしたら……あそこはいかがでしょう?」
「綺麗〜! ララクもあそこが良い!」
「どこだ……っ!?」
絶望に包まれるがままに、飛彩は荷物を落とす。
目に飛び込んできたのは最近オープンした地中海付近の街をイメージした明らかにおしゃれで高級そうなカフェだった。
カフェと言われなければ豪邸としか思えないその佇まいに飛彩は本能で値段を察する。
(や、やめろぉ! やめてくれぇ! あんなの客の財布から金を絞ったマネージュースしか売ってないだろ!)
とはいいつつも、違う店にしようなどとはプライドから口が裂けても言えない飛彩は平然と荷物を拾い直し、ポーカーフェイスを気取る。
「い、いいんじゃないか?」
心とは裏腹なことしか喋ることのできない飛彩はクラッシャーへの精神的敗北のことやララクへの恐怖を忘れて、明日の生活を想い絶叫する。
「何言ってんのよ。あんな気取った店じゃお喋りしにくいわ。こういう時はチェーン店でいいのよ、チェーン店で」
意外にも助け舟を出したのは一番怒っているはずの蘭華だった。
バッと蘭華へと振り返った飛彩は感極まった様子で蘭華に駆け寄った。
「流石は蘭華! よくわかってるな! 最高だ!」
「お、煽てたってダメよ。カフェ代は払ってもらうからねッ!」
「ああ! そこら辺の店ならいくらでも奢ってやるから!」
以心伝心さで言えば飛彩と蘭華の間に割って入れるものはいないだろう。
そんな様子が垣間見えるやりとりにホリィは己の言動を恥じ、カクリはつまらなそうに頬を膨らませる。
「わーい! 皆でカフェならどこでもいいのだぁー!」
唯一笑顔を崩さないララクはどこだろうと構わないのか手放しで喜んでいた。
蘭華に振り解かれ、一団の後ろを数歩下がって見ていた飛彩は、おちゃらけた様子のララクに脅威などの感覚が薄くなっていることに気づいた。
(幽霊じゃなかったとしてもやばいヤツなのには変わりないが……俺が気にしすぎてるだけか?)
しかし、メイの直感に引っかかっただけでも警戒を続ける必要があると飛彩は気合を入れ直した。
「混んでなくてよかったですね」
「ああっ、荷物も重かったし冷たいのも飲めるし、助かったぜ……」
それぞれの好みの飲み物を頼み、大きめの円卓に腰掛ける。
夜通し飛彩を探していたはずの蘭華達は普段と変わらない活気を見せており、その様子に飛彩は気圧される。
「ララクはずっとこういうことしたかったの! ありがとね皆!」
「それはよかったわ……で、昨晩飛彩と何があったか教えてくれる?」
にこやかな表情の蘭華だが、腹の内はまだまだ怒りで燃え上がっていることが飛彩達に伝わった。
ここまでララクと仲良く接したのも警戒心を解き、こういう話ができる間柄になるための策だったのかもしれない。
「だから何もねぇって! こいつの変な洋館に……」
「飛彩は、黙ってて。ね?」
妙な剣幕と共にふまれた足という人質にもはや口を噤むしかないとうなだれる。
カクリやホリィもやりすぎだとは思いつつも、昨夜の出来事から目が離せないようだ。
「飛彩とは初めて会ったんでしょう? なのに夜通し一緒にいたなんて……ないわよね?」
真実を知る飛彩としては何とも答えにくい質問に、アイスコーヒーをすすりながらララクを見遣るしかなかった。
頼むから余計なことは言わないでくれ、と。
「いたぞっ」
「っ」
まず蘭華の持っていたマグカップの持ち手に亀裂が入る。
ララク以外が慄き、テーブルにミルクティーを置かせるものの、怒りに震えているのかテーブルまで揺れ始めた。
「ずっと一緒の部屋にいたのだっ」
「おい! 何でそんな勘違いするような言い方にするんだよ!」
「何故だ? 本当のことを申しているだけだろう?」
今度は空間にヒビが入る音を全員が聞いた。
錯覚であることには間違いないが、怒りに燃え上がる蘭華を見て飛彩はさらに顔を白くする。
ホリィやカクリは、もはや蘭華の凄まじい怒りについていけずにむしろ引いている始末だ。
「へ、へぇ〜。一緒にいたんだ?」
「お、おい! 蘭華違うぞ? こいつが意味深に言ってるだけで、何もねぇんだ! 俺ぁ、ララクが幽霊だと思って気絶しちまっただけで……」
恥を覚悟で事のあらましを蘭華に言い聞かせるも、鋭い視線でララクを睨み付ける蘭華の耳には届いていないようだ。
テキトーな嘘を言ってまで隠している、そう思い込んだら最後で寝ていない蘭華は冷静な思考に戻ることもなく怒りを爆発させそうになる。
「は、はいはい。わかりました〜、飛彩? 嘘ついてごまかそうったってそうはいかないわよ。現にララクちゃんが一晩一緒に至って言ってるんだから……」
とはいえ衆人環視があるという事で噴火寸前の怒れるマグマを何とか押し留めようと冷静な口調で飛彩とララクを問い詰めていく。
「いや、だから!」
「飛彩ちゃんの言う通り。ララクはつきっきりで看病してあげただけだぞ?」
「ふ〜ん。口裏わせも完璧ってわけねぇ?」
同じように飛彩を想う少女達は蘭華の怒りの火山が噴火するカウントダウンを計測し始めた。
もはやどうすることもできないが、いざとなったら羽交い締めにして口を塞いで人気のないところまでいくしかないと、アイコンタクトで覚悟を疎通してしまうほどである。
「おい、蘭華……」
「私がバカだったわ。飛彩のこと一晩中探し回って……馬鹿みたいじゃない」
「そうですねぇ」
そこで全員の度肝を抜いたのはララクの肯定。
まさか売り言葉に買い言葉を仕掛けるのか、と飛彩は息を飲む。
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