ララクに熱太達が窮地に追い込まれる数分前。
バリアーノを撃破した飛彩達は黒光りする街の中を息を殺しつつも迅速に物陰の中を這うように進んでいた。
強化スーツに付随する個人領域を使って透明になって進むものの、ヴィランのレベルによっては隠蔽能力も万全とは言えないだろう。
奇しくもエレナがこの数分後に飛彩の力を願うように、春嶺もまた飛彩の力を頼ることを自覚していた。
そして蘭華達を奪還するまでに巻き起こる戦いにおいて、飛彩が足止めされることがこの上なく作戦の失敗に近づくことも理解して。
「隠雅、貴方の三つの能力について前のレポートから変わったものはある?」
「いや、ねぇけど?」
「そう。じゃあ攻撃手段においては近接攻撃系が多いのよね」
「ああ」
「じゃあ私から一つ提案。少しでも相性が悪いと思ったら全て私に任せて先に行きなさい」
良い意味での口答えをしようと振り返った飛彩は前髪の隙間から覗いた春嶺の瞳に決意を感じ、それ以上の問答をやめた。
「わかった。男だろうと女だろうとそんな覚悟してる奴に水なんてさせねーよ」
いつもならば飛彩はもう少し問答をしただろう。
口答えをせずすぐに受け入れたのは侵略区域だからではない。
蘭華と春嶺の絆を知っているからだ。
覚悟や救いたいという意志は飛彩と全く同じである、つまり春嶺を止めることは自身を止めることとも同義であり飛彩は全ての覚悟を受け入れたのだ。
「ここにはヴィランがうじゃうじゃいると思ったが、どうやらその方が良かったって思えるくらい少数精鋭が揃ってるらしい」
「面倒だけど、私の予想、当たっちゃうみたいね」
城門を叩き壊して踏み入った中庭には禍々しい黒い植物などが咲き誇り、ただの飾りにも関わらず侵入者を威圧する雰囲気を見せている。
「こんな植物が……」
「異世にもあるんだな。こんなもんが」
感嘆の意を述べつつも石畳が敷き詰められたメインルートを外れ、上に隠れながら向かうことの出来る道を探して広大な草地を進んでいく。
重く見える黒い植物から軽い茂みの揺れる音が鳴るのは不思議な感じがしてしまい脳が混乱するような気持ちになっていくほどだ。
「ったく、歩きにくいぜ」
この庭園に恨みはないものの先を急ぐために踏みにじりながら進んでいるところに、城壁の上から耳に障る高い声が響いてきた。
「おいおいおいおい!」
春嶺の腰にも満たない子供のような体格の鎧が、軋む音を立てながら中庭へと降り立つ。
「この庭園を荒らすんじゃねぇ! コクジョー様に殺されちまうだろ!」
「……テメェも踏んでるぜ?」
「——アッ!? 誘いやがったなぁ!?」
「……」
その場で地団駄を踏み、さらに植物をぐちゃぐちゃに踏みつけてしまうところを眺めさせられて飛彩はため息をついた。言葉には出さずとも春嶺と考えることは同じく、馬鹿がきたと辟易する。
「あ、しまった! くそ!」
黒い土壌が見えるまで踏みつけた後、その場から飛び立ったヴィランは再び城壁の上まで飛び跳ねる。
「馬鹿は高いところが好きってやつか?」
「テメェ! 誰が馬鹿だって!?」
「はぁ〜。構ってらんねぇ。天弾、いくぜ。あの展開力じゃ放っておいても問題ねぇだろ」
この区域を押し潰すように蔓延る重厚なヴィランの展開の中に一つ小さいものがあったとしても気付くわけがない、と飛彩は自分の分析を訂正した。
ランクIという最下級の庭師がいてもおかしくはないかと有象無象の存在も警戒する必要がある、と。
「逃すわきゃねぇだろッ!」
踵を返して歩き出した瞬間、最初から背後にいたかのような素早さで飛彩へと飛びかかる。
まさしく黒い隕石のような突撃だったが、機敏に半歩引いた飛彩の振り抜いた左腕が頭から足までを一気に貫く。
「やっぱり放っておいても問題ねぇ雑魚だったな」
「けけけッ、そりゃどうかなぁ〜?」
声の主は城壁の上にまだ鎮座していた。
再び振り返させられた飛彩は間違いなく敵を葬った感覚を左手に覚えながら、生きて笑っている鎧を睨み付ける。
「お前、俺のこと雑魚だって思ったろ? でもなぁ〜、そんな俺でも何百人もいればどうだあぁ?」
急に耳へと運ばれるわざとらしい軍勢の行進。
数多の足音と城壁を登る音がすぐにその姿を現した。
「何よ、これ……」
白を円形に囲む城壁に余すところなく並ぶそのヴィランは、分身というものでもなく一つ一つに実体が存在する展開力を感じさせてくる。
「「「「「「「「聞いて驚け!」」」」」」」」
「だぁ〜! うるせぇな! 代表で俺が喋るから黙ってろ!」
大軍であることに間違いはないのだが、数が増えたことで間抜けさが際立ってしまい恐怖よりも呆れが増していく。
最初に声をかけてきた存在が本体か、と飛彩は一瞬で間合いを詰めてそのヴィランの頭を掴み取る。
「ブゲェ!?」
そのまま再び石畳へと思いきり叩きつけ、硬い舗装された道ごと左腕で撃ち抜いた。
「こういうのは本体を倒せば……」
「誰がそれを本体って言ったぁ?」
先導して喋っていたヴィランの隣にいた存在が先ほどまで喋っていた様子で言葉を続ける。
そこで初めて脅威に顔を歪めた飛彩と春嶺の表情を堪能したヴィランは自信満々で名乗り始めた。
「俺は悪の分裂! サクケーヌ! 人海戦術で押して押して押しまくるのが俺のやり方よ!」
「で、ララクはなんでお前みたいなカスを従わせてんだ?」
「俺はコクジョー様の配下で……って何を言わせる! とにかく俺はこの城の景観を守るために戦ってるんだ!」
その能力がコクジョーというヴィランにとって建設などの肉体労働的に有益だからだということは哀れすぎるので言葉を飲み込む。
「侵入者は圧殺だ! かかれ、かかれ、かかれぇ〜!」
「天弾!」
「変身しなくてもこのくらいは平気!」
対象を見ずに小銃とショットガンの二丁拳銃というありえない構成でサクケーヌ達を撃ち抜いていく春嶺はこれだけ相手がいれば命中精度が低くとも当た流だろうという狙いがあったようだ。
背中の心配をせずにすんだ飛彩も奪った展開力を発揮しながら黒いオーラでリーチを伸ばした左腕でサクケーヌ達を切り裂いていく。
「ほうほう。なかなかやるじゃねーの!」
悠々と高みの見物をしている相手へ春嶺が全弾集中発射をして跡形もなく吹き飛ばしたところで別の個体が本体のような動きを見せる。
その法則性を見抜けぬままでは人海戦術の波に飲まれてしまうだろう。
「私の予言、早速当たるなんてね……隠雅!」
「——いけるのか?」
「当然よ! 早く城の中へ!」
どこからともなく取り出した手榴弾の雨が城の入り口までの道を開く。
左腕の能力を一時的に解除し、真紅の右脚に切り替えた飛彩は春嶺を一瞥し紅き流星となって城の分厚い扉を轟音を立てて破り中へと消えていく。
「ぬおっ!? コ、コクジョー様に殺される! お前ら、早く追え!」
「悪いけど、貴方達みたいな展開力だけはいっぱいくれる相手はただの餌でしかないわ」
熱太達動揺に腕時計型のデバイスで世界展開のカウントダウンを行っていた春嶺は急速にゼロになったそれを胸の辺りに携えて力強く叫んだ。
「世界展開!」
『天弾! 春嶺! メガ、フルオート!』
純白のローブを見に纏う春嶺が大きくそれを翻した瞬間、サクケーヌは様々な重火器がローブの中に忍ばされているのを視認する。
「おいおい、そんなおもちゃで俺を止めるとでも?」
「ええ。跳弾響ならそれが出来るわ」
濃密な展開力がもたらしたからなのか、かつて英人に操られた時と同じ三つの天使の輪のような光が頭の上に浮かんでいる。
まさに黒鎧の悪魔と純白の天使の戦いという様相だ。
「そんな薄っぺらい装備でぇ! 潰せ潰せぇ!」
「残念だけど、貴方たちは私に触れることも出来ない。覚悟して」
銃身が通常の三倍以上に長いリボルバーを二丁取り出し、通常の銃弾ではなく黄色く輝く展開力の込められた銃弾と反射展開を巧みに利用し一発の光弾で何体ものサクケーヌを撃ち抜いていく。
寸分違わず頭部を吹き飛ばされ、灰へと変えられていく光景はかつてサクケーヌがコクジョーとの戦いになった時と同じ一方的な蹂躙だ。
「隠雅は一対一には向いてるけど、この物量相手には時間がかかる……戦いは相性よくいかないとね?」
「陰気臭い小娘が……俺の奴隷にしてやるぞォ!」
「意気込んでも無駄」
後ろで指揮をとるように両手を振り回していたサクケーヌは数多の分裂体を撃ち抜いていった一発の銃弾によって上半身を吹き飛ばされる。
「そ、その展開……跳弾を繰り返せば繰り返すほど威力が上がるのか!」
今度は春嶺の真後ろにいた個体に意識を移したようだが、その様子は完全に繊維喪失の一歩手前と言えよう。
「ただの銃弾じゃないもの。ここからは一方的にいかせてもらうわ」
頭にかかっていた天使の輪がスライドして前髪の分け目から覗いた右目へと装着されスコープのような状態へと変貌する。
もはや春嶺は分裂体の欠片すらも残さないつもりのようだ。
春嶺のおかげで城内に入った飛彩は新緑の左脚、生命ノ奔流に展開を切り替えてホリィを探した時に見せた範囲探知を発動する。
この城の区画は半径数百メートル以上の巨大なものだったが、城は三、四階建て程度で飛彩が教科書で学んできたものほど大きなものでないようだ。
「どこだ……皆……!」
城の配置が脳内に透化されたような姿で届けられていく。
どんどんと上下の階層に意識を引き伸ばしていく中で瞬時に接近してきた影に機敏に反応し、右脚を差し向ける。
「っ!?」
「ほう」
鎧とぶつかり合う鈍い音が火花を散らし、襲撃者と飛彩は互いに城の玄関ホール部分の端へと吹き飛ばされていく。
「ララクは何人飼ってるんだ?」
「バリアーノもサクケーヌも私の配下です。ララク様の直属の部下は、このコクジョーただ一人……あのお方は私だけではお世話出来ませんからね」
恭しく一礼する鎧を燕尾服型に改造した受肉したヴィラン、コクジョー。
常にララクに付き従う影のような忠臣が、侵入者に対してその真価を発揮する時がきたようだ。
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