「私に従っていてればよかったと後悔するがいい!」
拳をフェイウォンに突き立てる直前、斬り落とされたが故に展開力で変幻自在となったフェイウォンの右腕が炎を爆発させた。
肘から展開力を吹き出すフェイウォンの拳は空気を突き破るほど超加速し、威力が乗り切る前の飛彩へと迫る。
「なっ!?」
防御を余儀なくされる一撃に飛彩は両手で防御壁を張って対抗した。
そして、全ての展開力を費やしていただけにこれが悪手であることも理解している。
(くそっ、覚悟を決めても命は惜しいって……当たり前か!)
白く輝く展開域にめり込んでいくフェイウォンの拳は黒紫の炎を纏い、より鋭く槍のようになっていく。
「殺すか、生き残るか……その覚悟の差が現れたか?」
「んだと?」
「お前は鎧を維持する展開力をも費やしたようだが……その根底には生き残りたい、という願いがある!」
それを捨ててまでの覚悟だと考えていただけに飛彩の防御壁にも揺らぎが生じる。
「どれだけ覚悟してもお前は「私を殺す」ではなく「生きて仲間の元に帰る」のが戦う理由らしい!」
殺意が、悪意が上だと証明できると思うとフェイウォンは笑いが止まらない。
「殺すと生き残るでは、威力に差が出るのも明白だろう!」
「そんなこと」
「そんなこと? それが今、私と貴様の命運を分けたのだろうが!」
幾度も飛彩に上回られたが、結局は勝者が全て上回っていたと証明できる、と。
「私だけが強ければ良い! 私だけが世界を統べる存在でいい! そうすれば誰もが悪を受け入れる! この私を!」
高揚のままにフェイウォンは言葉を連ねていく。
それに比例して注ぎ込まれていく展開量も螺旋を描く一撃に凝縮されて限界を超えていった。
「ぐっ、うぅ……!?」
故に全ての展開力を費やしたとはいえ、防御壁で堪えているのは奇跡に等しいのかも知れない。
(このままじゃダメだ、でも、どうする、反撃の手がねぇ!)
折れた刀を中心に発生する防御壁が、何秒もってくれるだろうか。
すでに飛彩の全身を覆う白い鎧には少しずつ亀裂が走り始めている。
「長きにわたる戦いも終わりだ! 所詮、お前の力では頂点に立つ私をなかったことになどは出来ん!」
「黙れ! ここからが本番だろーが!」
強がりだと自分でも分かっているが、飛彩は負けを認めるわけにはいかない。
それはすなわち死を受け入れることに他ならないからだ。
(このシールドで奴の攻撃をなかったことにし続ける……それしか方法はねぇ!)
防御は最大の攻撃であると言わんばかりに、フェイウォンの拳にまとわりつく炎が弱まっていく。
その異変に気付いたフェイウォンもまた飛彩の狙いに気付いたようで。
「展開力の比べ合いで勝てるとでも?」
「テメェがそれだけ力を集中させてるんだ。なくなってく量もえげつないぜ?」
完全に作戦が失敗したと感じていた飛彩も意識を入れ替え、敵の展開力を全てなかったことにしていく。
展開力が意志を持っているような状態のフェイウォンは全ての力をなかったことにすれば消滅するに違いない。
事実、消され続ける力に対してフェイウォンはさらに展開域を注ぎ込み短期決戦を急いでいる。
(いける。奴の慌てようからすれば、絶対に……!)
しかし、展開力をなかったことにするのも展開力を費やしているのだ。
フェイウォンの言うとおり、我慢比べであることは間違いない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
二人の戦士があげる咆哮が狭間の世界に響き渡る。
黒紫の炎と純白の光が迸り、眩い二つの光と闇がしのぎを削り合った。
互いの存在を消し飛ばすような一撃と能力がぶつかり合っているにも関わらず、その勢いが弱まることもなく。
「おいおい、どんどん弱くなってんじゃねーかぁ?」
「もっと張り合いのあるシールドを張ればよかろう!」
今は拮抗しているものの、終わりは確実にやってくる。
飛彩もフェイウォンもそれを悟りながらも互いに威力を緩めることはない。
(あと、一押し……何か、拮抗を崩せれば)
(この防御を破る展開力を緩めれば一気に消される……ちっ、拮抗を崩す良き方法がないか)
こうしている間にもフェイウォン自身の力はどんどん弱まっていき、飛彩の展開量に近づいていく。
飛彩が逆転するとすればそのパワーバランスが再び変わる瞬間だ。
そのタイムリミットを感じているからこそ、フェイウォンもこの拮抗状態の間に何とか次の一手を打ちたいと考えている。
(私の方が実力は上……しかし、なかったことにする能力がこうも厄介だとは)
攻撃の勢いは間違いなくフェイウォンの方が上だ。
しかし防御壁に触れてる面はさらに展開力をなかったことにする度合いが大きく、直接攻撃がぶつかり合う部分のみ威力が下げられている。
それが拮抗の真実であり、互いに短期決戦を急がなければいけない理由だった。
「鬱陶しい壁だ! 守る守るとうるさい貴様に似合う腑抜けた技よ!」
「そんな挑発が効くかよ……」
言葉とは裏腹に、飛彩は自分の命を懸けてまで世界を守ろうとしたんじゃないのかと自問する。
フェイウォンの言うように仲間のいる世界に帰りたい、その気持ちはどうしても捨てられなかったと己を恥じる。
防御集中の手立ては偶然効果を示せただけで、苦し紛れの策であるのは間違いない。
(世界なんて関係ねぇ……『仲間と一緒にいる自分の居場所』が守りたかっただけなのか)
戦いの原動力に良いものも悪いものも本当はないのだろう。
攻勢がフェイウォンにあるが故に飛彩は心も守りの姿勢に変わっているのかもしれない。
(やっぱり俺は、ヒーローなんて向いてねぇ、な)
しかし、そんな精神状態の飛彩にある声が響いた。
「飛彩ぉ!」
「飛彩くん!」
カクリが命をかけて創り、ヒーローが展開力の全てを原動力に費やしたワープゲート。
それがとうとう二人の戦いを捉えたのである。
「見えた!」
現世ではメイが一際大きな声をあげるものの、戦いが終わっていなかったことに歯噛みした。
(せっかく飛彩くんを見つけたのに、私たちはゲートの維持で精一杯……!)
口をこれ以上開くのも辛いと思ったのは熱太や刑達も同じで。
飛彩が身を粉にして戦っているのに応援の声もあげられないことが悔しく、翔香や熱太の口の端から血が流れていく。
だからこそ、動けた面々がいた。
「蘭華!」
黒斗が地面に置いていた狙撃銃を蘭華へと投げ渡す。
「お前なら出来る!」
この重要な局面において、普通の人間は動揺して緊張を募らせるだろう。
「……!」
だが、ワープホール越しにスコープでフェイウォンを覗き見た蘭華は人生で一番と言っていいほどに集中していた。
(展開域の均衡、互いに崩れるのを待ってるはず)
飛彩の名を叫んでからわずか数秒での切り替えに、ホリィもつられて展開力を練り上げるほどに。
(私は飛彩の相棒……もう二度と、離れたくない!)
飛彩に対して何も出来ないと嘆いていた蘭華だからこそ、誰よりも助けたい気持ちが強く。
「ホリィ! 合わせて!」
「はいっ! ジャッジメントホーリーシャワー!」
純白の散弾が狭間の世界を泳ぎ、フェイウォンを側面から襲っていく。
さらに研ぎ澄まされた蘭華の狙撃も狭間の世界を貫いていった。
そして、この二つの介入が戦局を大きく変えることになる。
時は数秒だけ巻き戻る。
蘭華とホリィの声が届いた時、フェイウォンと飛彩にとって大きな反応の違いがあった。
「うおぉぉぉぉぉ!」
何と音源を見ることもなく、防御壁に費やす展開力をさらに増させたのである。
これは追い込まれた精神状態の中、二人の肉声を『自身が望む幻聴』だと飛彩が思い込んだからであった。
その声が命を懸ける以上に集中力を高め、飛彩に力を漲らせることになる。
「なっ、何ぃ!?」
一方、フェイウォンは過敏に音源へと反応してしまっていた。
狭間の世界に介入し、この場所を探し当てるのは不可能だとどこかで思っていたのだろう。
余所見をするのも危険な展開操作中に、フェイウォンが見たのは自身に降り注ぐ純白の展開弾で。
「こんなもの! 守るまでもない!」
負傷は覚悟の上で攻撃を甘んじて受け入れる。
なかったことにする力が増していくのを感じながら、攻撃に費やす展開操作に集中するのが優先事項だと身体を焦がしていった。
「やっぱりね。綱渡り状態だと思ったわ」
ホリィの攻撃を隠蓑のように使った蘭華の弾丸がフェイウォンのこめかみへと炸裂する。
「なっ!?」
人類の兵器などで死ぬことはないほど強大な存在だが、この時に装填していた弾丸は緻密な展開操作の命取りになるもので。
「がっ、な、何だこれはぁ!?」
展開力が己の内で荒れ狂い、コントロールが定まらなくなっていく。
「ヴィランを内側から崩壊させる弾丸よ」
苦しみ、飛彩の防壁に何とか集中しているフェイウォンには聞こえていないだろうが蘭華は冷静に効果を呟いた。
「あんたを倒せなくても乱すことは出来る! 飛彩の力とぶつかり合うなんてコントールが大変よね?」
一瞬で戦況を把握した蘭華の参謀としてのポテンシャルは黒斗を優に超えているだろう。
「とにかく……飛彩が勝つ未来は譲れない!」
「蘭華ちゃんの言う通りです。私たちは絶対に飛彩くんを見捨てません!」
呆気にとられた現世にいる面々だが、援護よりも飛彩の反撃を固唾を飲んで見守る。
「人間ども……もはや悪以上の執念だなッ」
フェイウォンに視認された以上、ワープホールの維持に全力を尽くさねばならないこともあるが、飛彩の勝利は揺るがないと確信したからだ。
(幻覚じゃない……みんなが助けに来てくれたのか)
こればかりはフェイウォンと同じく、この場所を探し当てるのは不可能と思っていたが故に飛彩も内心驚いた。
しかし、仲間の元に帰還したい心が飛彩の展開力を極限に引き上げていく。
そうして、仲間の手によって崩れた均衡をようやく理解出来た飛彩は口角を上げた。
「これでも互いのために戦うのが弱いって思うか? 始祖さんよ」
「群れるだけの分際が、ナメるんじゃない!」
「はっ。繋がる絆の力……それが今みたいに未来に繋がるんだよ!」
飛彩が仲間の到着を自身の幻覚だと思ったことも。
それにより防御壁の力が増し、フェイウォンが蘭華とホリィの攻撃を避けないことにしたのも。
偶然かもしれないが、全て繋がっているのだ。
この繋がる力こそ、弱くとも善なる者が悪に対抗出来る力なのかもしれない。
「それを思い知らせてやるぜ! フェイウォン・ワンダーディストぉ!」
防御展開がフェイウォンの攻撃と逆の螺旋を描きながら折れた刀を握る右腕に集まっていく。
拳と拳が鍔迫り合いになる状況で展開操作が乱れたフェイウォンの隙を飛彩は見逃さない。
「未完ノ王冠! 奴の力を消し飛ばせ!」
ぶつかり合う攻撃の間に発生する白い光。
それは一気に広まり、二人を覆いながら狭間の空とも呼ぶべき上へと光の柱を伸ばす。
フェイウォンの展開操作が乱れたことで、一気になかったことにする力が攻撃以外にも波及していったのだ。
「ここでの俺の……全てを出し切る!」
「……たまるものか」
もはや拳を合わせているだけでフェイウォンは一方的に未完ノ王冠のなかったことにする力を浴びていることになる。
自身の力を感じられなくなっていき、そして最初からそうだったと気になってしまう感覚は恐怖そのもので。
だからこそ、フェイウォンもまた生き残るために吠える。
「こんなところで消えてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
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