「——ふふっ、流石、蘭華ちゃんですね」
「当たり前だよ。蘭華なら絶対に出来るって思ってた。直線射撃なら私より上だからね」
「では……遠慮なくいきましょう!」
差し向けていた両手を下ろした二人は残されていた展開力の全てを鎧龍の足元から解放させる。
「ぐっ、グヌオォォォォォォォォォォ!?」
それと同時に心臓部に減り込んだ銃弾から眩い光が放たれ、鎧竜の鎧の内側から光が溢れ始めた。
外からは刑のギロチンと浄化の展開力。
内側からも全てを滅する眩い光に当てられて、恐怖の象徴が力なく消滅を選び始め鎧が灰になり始める。
「俺は、全てを恐怖に陥れる存在だぁあぁあ!」
不思議と安堵の気持ちがその場にいた全員に湧き上がった。
その光景を眺めていたララクは真の意味で恐怖から解放されるのだと安らかな気持ちになっていく。
「本当に、ヒーローって本当にすごいのね。ヴィランの私まで救ってくれるなんて……」
そうララクが目を伏せた瞬間、ギロチンの刃が地表に届くと共にホリィと春嶺の展開が内側から鎧龍を完全に焼き尽くしていく。
やがて刑の展開とホリィたちの展開が混じり合い、巨大な柱が侵略区域の内側に張り巡らされていたヴィランの封印や護利隊が建造した目隠しのドームを吹き飛ばした。
久しぶりの太陽の光が燦々と黒くなった地表へと降り注いだ。
それほどの攻撃を一身に受けた鎧龍はもはや跡形も残っていないだろう。
「く〜、久しぶりの太陽って感じがするな!」
「あんなやばい敵を倒しちゃうなんて……」
蘭華をゆっくりと下ろした飛彩は、凄まじい実力差があったことは認めつつもララクのおかげで勝てたのだと、倒れているララクへと駆け出した。
それに追随する蘭華達、そして刑も鎌を杖のように扱いながら遠巻きにその様子を見ている。
「ありがとな、ララク。お前が協力してくれたおかげだ」
「握手、してくれるのね……ありがとう、飛彩ちゃん」
差し伸べた手を取ろうとする光景は差し込む光のこともあり、とても幻想的なもののように周りには映る。
そして、最大の敵を倒した事による油断が、再びの悲劇を引き起こした。
「——ぐふっ!?」
「ララク!?」
薄い黒布を湿らせていくものの正体は血でしかなく、勢いよく引き抜かれた黒光する尻尾が持ち主の場所へと戻っていった。
「そ、そいつだけには死んでもらう。私と……ともにな!」
「コクジョー!?」
身体の一部が完全に鎧と同化しているコクジョーはララクを殺すということだけを実行する殺戮マシーンのように近づいてくる。
「いい加減しつこいぞ!」
巨大な鎌、天刑王を携えた刑が斬りかかるものの展開力不足により肘から先が鎧と一体化した左腕と右腕で弾き飛ばされ、ララクを串刺しにした尻尾で思い切り薙ぎ払われる。
「がはっ!」
「そいつだけは、そいつだけは殺さなければ……私の、私の誇りが……!」
従順なる僕を演じるためになめてきた苦渋を返さねば天に還ることも出来ない、そう告げるように鎧と継ぎ接ぎになった醜い姿になってまでコクジョーは手を伸ばす。
まだ微かに息があるララクを完全に葬るためだ。
「テメェの誇りなんかに何の価値がある!」
もはや戦えるのは飛彩のみ。
素早く左腕でのフックを打ち込むものの、鎧に支配されたままの右足で踏みつけるように押さえ込まれてしまう。
上半身は病弱なまでに白いものの、筋肉質な肢体を覗かせている。
それらに癒着したように張り付いた鎧が完全に一度崩壊したことを物語っていた。
奪い続けていた回復能力などを連発し、奇妙な形で蘇ったことが見て取れる上に恐怖から再び主導権を取り返した結果になる。
「飛彩! そんな奴と戦ってないで左足の回復でララクを助けてよ!」
「——無理よ、蘭華ちゃん」
視線を俯かせるホリィの表情を見て、蘭華も深緑の左脚・生命ノ奔流の回復力はヴィランにとって毒でしかないことを思い出した。
「そんな……」
ヴィランを殺し続けてきたヒーロー達にとって、ヴィランを治す方法など知る由もない。
人間と全く同じ見た目をしているこの少女が、全然違う存在なのだと思い知らされたようで蘭華は膝から崩れ落ちるようにして両手を握ることしか出来なかった。
「あったかい。最初からこうしてればよかったんだわ」
「ララク……」
「力をなくした今だからわかる。手を繋いで友達になろうって言うだけで私の夢は叶ったの。力で人をさらったって虚しいだけってやっと分かったわ」
死期を悟ったように早まっていく息遣い。
ホリィも蘭華も視線を逸らさずにはいられないほど痛ましいものになっていく。
「人だってヴィランだって殺めてきた……でも私は変わるの。私の夢のためじゃない。好きな人の理想のために、ね」
「変われる……ララクなら変われるよ」
「レスキューワールドの人たちには悪いことしたわ……飛彩ちゃんとの喧嘩の八つ当たりをしてしまったもの」
涙を流す蘭華の元に吹き飛ぶようにして転がってきた飛彩。
度重なる連戦で技の精彩は無くなっており、コクジョーの体術に翻弄される形になっている。
「喋るな。俺が何とかしてやっから待ってろ」
「飛彩ちゃん……ララクね」
「それより先は言うな。お前が本調子に戻ったらまた聞いてやる」
「あはは、飛彩ちゃんは、やっぱり厳しい」
背中でその声を聞き届けた飛彩は再び駆け出した。かたやララクを救おうとする人間。
かたやララクを殺そうとするヴィラン。あべこべになった構図で二人の戦士が再び拳を交える。
「オラァ!」
「ふん!」
左ストレートと龍の爪が残っている脚撃。その攻撃は互いに弾かれあい距離を作る。
もはや飛彩は問答をするつもりもなく、コクジョーを今度こそ倒そうと必要以上に体に力がこもっていた。
「見え見えですよ」
追撃の起動を完全に読まれていた飛彩はそこに置かれていたも同然の回し蹴りに飛び込んでしまう。
声の出ない悲鳴を漏らしつつ、身体をくの字に折り曲げさせらた飛彩は地面を転がりつつもすぐに跳ね起きる。
全ての力を解放して恐怖を支配下においたコクジョーは様々な能力を失いつつも、それが逆に驕りを捨て去って冷静に戦力を分析する力を与えていた。
コクジョーに残されたのは相手の能力を奪う本来の力と恐怖の二つのみ。
人間の力は奪えないが故に、能力はもはや一つだけであったが膂力や戦闘センスが消え去ることはない。
数回の拳撃の中でも恐怖の力をわずかに細かく使うことで飛彩の攻撃の威力や回避速度を大きく損なわせているのだ。
「ちぃっ! さっきまで大振り攻撃だったせいで避けにくいぜ」
「なんです? 本調子なら避けられるみたいな言い草は?」
素早い蹴り込みはわざと大振りにして避けやすいものになっていたが、挙動の中に含まれたわずかなフェイントや恐怖の展開による思考の縛りで飛彩は固まってしまう。
「ぐはぁっ!」
「ほら、そんなものですよ。貴方の力なんてね」
痛みに震える飛彩だが、ララクが瀕死の重傷を負っていることも焦りとして加算されていく。
恐怖の展開をうまく操作していたララクはおらず、たった一人で戦う飛彩は左腕の支配ではどうにもならない恐怖の力への対策に頭脳を総動員させる。
燦々と輝く太陽が黒く染まった侵略区域を浄化しているものの、恐怖を滲み出しているコクジョーの前に陽の光も照らすことをやめてしまうようで二人の間合いの半径数メートルが薄暗く染まっていた。
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