【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
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ララク・コンタクト

公開日時: 2021年2月5日(金) 17:30
文字数:2,031

 覗き込むように前屈みになった少女は大きな胸を揺らして、その存在を主張した。


 見てはいけないと思いつつも視線が誘導される飛彩は、誰も彼もすぐ接することが出来るような感じに人付き合いに慣れたわけじゃないと察する。


「な、何でもねぇ、こっちの話だ」


「ふふっ、変な人〜」


「いや、お前に言われたくねぇよ。そんな洒落た格好して夜の公園にいるか普通?」


 呆れたり、馬鹿にしたりする言葉ならスラスラと出てくるのにと飛彩はひねくれた自分を哀れむ。

 しかし少女は予想に反して瞳を輝かせ飛彩へと詰め寄った。


「貴方!」


 少女はパッと飛彩の右腕を手に取り、両手で握りしめる。

 まるで運命の相手を見つけたかのような眼差しに飛彩はたまらず見つめ返すことが出来ず腕を振り払うことも出来なかった。


「この服が私に似合ってると思うのね!」


「は? 何だお前情緒不安定か? ったく、似合ってるんじゃねーか? ファッションは詳しくねぇんだがよ」


「ありがとう! こっちにきて褒めてくれたのは貴方が初めてだわ!」


「えぇ……? 何だ最近引っ越してきたのか?」


 その問いに少しだけ困ったような少女は、どう答えればいいか戸惑いつつも思いついたようにさらに飛彩の顔に大きな瞳を近づける。


「旅行中なの! でもね、一生住みたいとも思ってるのよ!」


「わかった、わかったから! それ以上顔を近づけるな!」


「えぇ〜、好意を示すにはこうやるんでしょう?」


「お前、どこの国から来たんだよ! つーか、好意って……」


「あ、まだ名乗ってなかったわ!」


 思い出したように数歩下がった少女はスカートの裾をつまみ、恭しく頭を下げる。

 どこぞかのお姫様のような仕草にメルヘン脳か本物かどちらなのだろうか、と飛彩はますます混乱させられた。



「私の名前は……ララク。ララクでございます。以後お見知り置きを」



「ララク……」


「さて、レディーから名乗らせたんですから貴方のお名前も教えてくださいな?」


 せっかく修行に来たのにもかかわらず、変な女のせいで時間がもったいないと飛彩はため息をついた後に気怠そうな雰囲気のまま右拳を胸に当てる。


「俺は隠雅飛彩、まも……いや、ただの高校生だ」


「ただの? にしては随分と強いのね? フリーならますますボディーガードにしたくなってきたわ!」


 その設定がまだ続いていたのか、と飛彩は無意識のうちに軸足を後方へ下げてしまう。

 もう面倒という領域ではなくヴィランなどから感じるものとは別軸の恐怖、関わってはいけないものという直感に従うことにした。


「あー、じゃあ俺ランニングがあるから! またな!」


「……またなってことは次があるって考えてもいい?」


「かもな。わかんねーけどよ」


「じゃあ次に会えたら私たちは赤い糸で繋がってるかも?」


 投げ捨てた服や鞄を拾い上げ、その場を足早に立ち去る飛彩はどんどんとスピードを上げていき広大な公園を突っ切るようにして駆け抜けていく。


「じゃーな! とにかく気をつけて帰れよ!」


 何度も振り返り、ララクの姿が見えなくなるまで全力で走り続け、自分の息が切れていることに気づくまで時間を要した。


「はぁ……はぁ……やっぱ、ああいう関わっちゃいけねぇ奴っているんだな」


 運動公園の何個もあるグラウンドを抜けて、住宅街へと面する場所にたどり着いた飛彩は、今日のところは家で出来るトレーニングにするしかない、と幽霊にあったような気持ちになって怯えている。


「赤い糸? まじでやばいやつに目ぇつけられたんじゃねーか? どうする左腕で悪意抜くか? いやああいうやつは自分が悪いと思ってねぇんだろうし……」


 二度と合わないことを祈りながら公園を出ようと一歩踏み出す。

 運動が原因ではない嫌な汗が全身に張り付いて気持ち悪さだけを加速させた。


 しかし、これであの少女と二度と会うこともないだろう、と安堵の息を吐いた瞬間。



「あはっ」



 心臓が縮み上がるということを飛彩は本能的に理解した。


 声の方向に顔を向けた飛彩は、息も切らさず汗一つかかないララクが月明かりに照らされて薄い青色の髪を光らせる幻想的な風景を目の当たりにした。


 闇を背にする少女は、美しいのにも関わらずこの世の者ではないかのように飛彩は錯覚する。


「また会ったね! 隠雅……いや、飛彩でいいよね? ね、飛彩!」


「——う」


 己の足の速さは、人類の中でもトップクラスだと自負している飛彩。


 故に、目の前にいるララクという存在がとにかく信じられなかった。

 二の句がつけない飛彩はただただ絶叫することしか出来ない上に、ヒールでどれだけ走れるんだ?という有り得ない思考に包まれる。



「うぉぉぉぉぉぉぉお———!?」



 そして全ての思考を振り払うような驚愕の叫び声を上げて、あっけなく飛彩は意識を手放した。


「あれれ?」


 茶目っ気溢れるウインクを気を失った飛彩へと向けるものの、返事は全く帰ってこない。

 何度か背中を突いても飛彩は意識を取り戻す様子を見せなかった。




 これが完璧に人の姿になれるヴィラン、ララクと最強のヒーローを守るヒーロー、飛彩のファーストコンタクトとなる。

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