豪胆な咳払い、粗暴な言葉遣いなど、とてもヒーローとは思えない所作が目立つ。
「俺たちはヴィランの親玉との戦いで力を失った。ヒーローの力を持つ者は、この世から消える」
先ほどまでホリィ達が戦えなかった理由はそれか、と市民は勝手に納得していく。
ヒーロー陣営側も、むしろ好都合な宣言に胸を撫で下ろす。
カエザールは、飛彩に対して仲間の火消しが目的なのかと眉間に皺を寄せた。
「ただ、ヴィランが消えても悪そのものが消えたわけじゃねぇ」
フェイウォンが死に、増長させる者はいなくとも種はすでに一人一人に宿っているようなものである。
そんな世界に対し、飛彩はフェイウォンと最後に相対した者としてある想いを告げた。
「だからホーリーフォーチュンや、こいつらに代わって俺が頼む。この世界を、ヒーローが再び必要な世界にしないでくれ」
人は自らの弱さを棚に上げて、悪の力で隠そうとする。
そんな弱さを恥と思わず手を取り合っていければ、世界は平和生までいられるだろう。
無理だと分かっていても、意識を失った微睡の世界でも考えていたことを飛彩は告げずにはいられなじゃったのだ。
「俺の言いたいことはそれだけだ。とにかくもうヴィランに怯える心配はしなくていい、安心してくれ。じゃあな」
歓声が上がるような内容ではないが、会場は拍手に包まれていく。
「……」
「どうやら杞憂でしたね」
地下で中継を見守っていたカエザールだが、どこか呆けたような様子も見せていた。
「━━驚いたよ」
「はい?」
「世界を救った英雄にもなれるというのに、あの欲のなさには」
一本取られたと言わんばかりにため息をつき、カエザールは台無しになった式典の代案を考えようと深く座り込む。
誠道たちがしでかした件は、ヴィランの能力だけが残っていて暴走してしまっていたなど様々な言い訳が使えるだろう。
飛彩のおかげで再びの勝利宣言が行えることもあり、やはり好きなように世界という盤上を動かす権力がカエザールには残っている。
「……」
しかし、あの飛彩の欲のない演説はカエザールの心にも楔となって打ち込まれていた。
自分だけ我欲を貫くのはヴィランとづ違うのだろうかと問うと答えを出したくない気持ちになっていくようで。
「若造が……」
飛彩の言葉は確実に大多数の人物を動かした。
ある意味二回も世界を救ったような飛彩だが、そんな自覚もなく折れた右拳に応急処置を施している。
ドームの端へと歩いていく飛彩をカメラは追うことはなく、一度中継は中止されることになる。
「うっし、あとはメイさんになんとかしてもらうか」
湿っぽい話をしたな、と頬を染めながら歩く飛彩はホリィや熱太達と共に控室の方面へ戻っていく。
代わりにヴィランの鎧を回収するチームが避難誘導と回収のためになだれ込んでくる。
もう後始末は任せても良いだろうと、戦い続けてきたヒーロー達もただの少年少女へと戻ろうとしていった。
「飛彩、だいぶカッコつけてたじゃない」
「心打たれたよ。君の復活劇も合わせると特にね」
「茶化すなよ。病み上がりだぞ俺ぁ」
人々から背を向けて歩き去るヒーロー達。
特に最後のホリィの発言で波紋が広がることは間違いない。
ホリィ達は飛彩の復活により気にしていないが、何があったかを飛彩が知れば流石に顔を曇らせることになるだろう。
始祖を倒した功績よりもマスコミは悪評の方が取り上げたがるものだ。
そんな辛い未来のために、飛彩達は命を賭けて戦ったわけではないというのに。
「ヒーローさぁぁん!」
その時、ざわめく会場を一人の子供の声が横断する。
声の主は警備員の指示に従わず、退避の列から抜け出していた。
「お、おい君!」
振り返った飛彩達は、一際騒がしくなったドームで子供が深く息を吸い込んでいたところを目撃する。
「今まで! ありがとぉぉぉぉぉぉぉ!」
この戦いではなにも出来なかったホリィ達故に、何よりも驚きが勝ってしまう。
その声は騒がしかったはずの会場に静寂をもたらした。
そして、すぐに歓声と共に感謝の言葉、傷つけたことへの謝罪が飛び交う。
「ありがとよぉぉぉぉ!」
「ひどいこと言ってごめんなさい!」
「世界を守ってくれて、本当にありがとう!」
心温まる声援を受けながら、ヒーロー達は一礼する。
飛彩がそのまま声援を背に去っていくことで、蘭華は呆然とした足を急いで動かした。
「ちょ、ちょっといいの?」
「あの称賛はあいつらのためにあるべきだ。表舞台の責任ってのは理解したつもりだからな」
その時、ヒーローの方が自分より弱いと吠えていた飛彩を蘭華は思い出した。
飛彩も世界を救った主役だが、市民にとってはホリィ達こそ始祖を打ち倒した存在である。
「俺の頑張りは……お前が知ってくれてればいいさ」
「ふーん……本当、昔と比べて成長しすぎじゃない?」
そして控室に消えていく飛彩達を追うように、ホリィ達もゆっくりとドームから去っていく。
スキャンダルはあったものの、人々は今まで自分たちの代わりに戦ってくれていたヒーロー達に感謝の念を送り続けた。
世界を護る中で、守人達は興行のためにヒーローを神格化している。
ヴィランという圧倒的な存在を相手にするのに、血生臭い戦いを強いられてきたが、それをそのまま明かすことは世論がよく思わない。
故に護利隊が犠牲となり、ヒーローがヴィランに対して圧倒的に戦えてい流ように見せる必要があった。
でなければヒーロー志望も集まらないというもので。
だが、世界はひた隠しにされてきた現実を、とうとう思い知った。
ヒーローが変身する時、敵は待ってくれる。マルかバツか。
答えはもちろんバツだ。
そんな当たり前なことにも目を向けてこなかったことを恥じながら、戦い続けてくれたヒーローとその守護者達に人々は惜しみない感謝を送り続けるのであった。
「感謝か……」
通路にも響くいてくる歓声に飛彩はバイザーを外して、少しだけ耳を傾ける。
ヒーロー以外にも今の飛彩やヒーローを守り、戦ってきた存在への感謝も聞こえてくるほどだ。
「こんなもののために戦ってきたわけじゃねぇが、悪くねえな……」
「飛彩くん、私たちからもお礼を言わせてください」
そして、追いついたホリィ達も飛彩に向かって深々と頭を下げる。
「守ってくれてありがとうございました」
「やめろやめろ、なんかくすぐったいだろ」
駆け寄った飛彩はすぐに全員の頭を上げさせていった。
「感謝するのは俺の方だ。皆、俺の仲間でいてくれてありがとな」
ヴィランは死に、ヒーローも消えた。
だが、この強く結ばれた絆が消えることはない。
熱太や刑と肩を組んで歩き、仲間達と笑い合いながら歩き続ける飛彩は新たな人生へと踏み出していくのであった。
死の淵を彷徨う飛彩の劇的な復活劇。
しかし、それは人々に植えられていた悪の芽が生えた瞬間なのかもしれない。
しかし、これからの世界は悪くもなるし、良くもなるだろう。
それを少しでも良い方に向けられるように、ヒーロー達はこれからも戦い続ける。
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『次章予告』
今度こそ、本当の最終幕。
『『『エピローグ その後』』』
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