「この矢からは誰も逃げられね……ぇっ……!?」
狩りに成功した狩人に近づいていたのは別の狩人。
音もなく駆けていく巨大なガルムはたくさんのシュバリエ級を食い荒らしたのか通常個体よりも数倍大きくなっていた。それでも音のしない超高速移動は展開力がなせる技と言えよう。
「い、いつの間にぃぃ!?」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
もはや弓で迎え撃つことも叶わない。
鋭い牙でヴィランの硬い鎧は一瞬にして粉々になり、異世の寒々しい風に運ばれて散っていく。
原生生物であるガルムのような動物たちも展開力を得てからはシュバリエ級の鎧のヴィランに劣らず、狩りを繰り広げているのだ。
しかし、狩人が油断する瞬間を狙っていた獣も勝利の美酒に酔い、もれなく油断の意識に身を泳がせてしまう。
「畜生風情が」
近くの岩山から飛来する一筋の黒閃がガルムの首と身体を斬り離し、黒い血を乾いた地面へと降り注がせた。
音を置き去りにした太刀筋を披露したヴィランは、兜の部分を取り外し虚無空間となっている鎧の中に長刀をしまっていく。
「さぁ、次の戦いを」
この侍のようなヴィランには一切油断などというものは存在しないらしく、常に殺気を感知しては相対した敵を両断して存在しない血肉へと変えていった。
荒野を進む侍のヴィランはこの地帯では一、二を争う実力者なのだろう。
「……この気配は!?」
だが、どれだけ油断せずとも無意味なこともある。
「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
突如として空中から飛来した一匹の怪獣により、侍のヴィランは硬い地面の一部となってしまった。
その怪獣が一歩を踏み出すと、あり得ない方向に身体が曲がったヴィランが呆気なく散っている。
かつて飛彩が戦ったゴーガ・レギオンの亜種個体、バルギリア・レギオンである。
広げれば数十メートルにも届くであろうその巨大な羽根を使い、異世を飛び回っては戦場を荒らしていく凶悪なカイザー級だ。
数百メートル近い体躯を誇るレギオンの接近は把握できても逃れられない場合が多い。
現に巨大な尻尾や足によって、歩いた場所は更地へと変えられていった。
鋭い牙と複眼を持った見た目も凶悪な怪獣は、もはや敵など存在しないという様子で再び羽ばたき始めた。
戦いが巻き起こりつつも静寂を保っていた異世に嵐が巻き起こる。
そんな王者の凱旋を唯一残った小さな岩山から覗くヴィランがいた。
そのヴィランは侍や弓主のヴィランとは異なり、生きることに精一杯という様子で戦いを求めるどころか強大な存在に屈服の意を示していた。
どうか自分に気づかずに立ち去ってくれ、と願い続けて懸命に展開力を小さく感知されないように念じ続けた。
「ガゥゥゥゥゥゥゥ……」
恐竜にも似た鋭い顔から炎が燻り始める。
どうやら願いも届かず、弱者を刈り取ろうと力を貯めているらしい。
「あ……あぁ……!」
溜めた熱線が辺りを焼こうとした刹那、炎は射線をなぞるように引き返してレギオンの顔を焼き尽くした。
弱きヴィランは心の底から安堵したような表情を浮かべているが、弱者の祈りが通じたわけではない。
ただ単純に絶対強者が、たまたま偶然にその場にやってきただけなのだ。
「君のようなデカブツがいると庭が壊れちゃうでしょ〜?」
焦げた複眼で気の抜けた声の主を睨むレギオンは、瞠目して大きな後退りをしてしまった。
互いに狩り合う戦場に現れたのは、生命を摘み取る死神のようで。
「はぁ〜、嫌だねぇ。君みたいな害獣はさ」
揺れる金色の髪と蒼い相貌。
重戦士のような巨大な鎧を再び纏い直した完全復活を遂げたリージェが立ちはだかるようにレギオンの眼前へと浮遊する。
「いなくなった方がマシだと……」
右手を軽く振り上げただけでレギオンは宙へと吹き飛ばされた。
羽ばたくことも出来ずにジタバタともがく姿を、リージェは汚物を見る視線と共に能力を解放する。
『リジェクトワールド』
より濃くなった黒の領域に包まれたレギオンは全方位から降り注ぐ拒絶の力により、どんどんすりつぶされていく。
その場にいることを拒絶され続けるレギオンはどこに吹き飛ばされることもなくその姿をあっという間に擦り切れさせた。
一歩間違えれば飛彩はこのレギオンと同じ運命を辿っていたこととなる。
何もかも拒絶されたレギオンは生きていた証も残すことなくその姿を異世から消した。
飛彩と戦った時以上の力を発揮するリージェは、異世でこそ本領を出せるらしい。
「君の存在を拒絶した……ま、痛みも感じなかっただろうから感謝してよね」
優雅に地面に降り立ったリージェはマントを翻して悠々と歩き去った。
側から見れば油断しているとしか言いようのないその姿。
あくびをしながら前髪を整えるその姿は、鎧さえなければ思春期の少年と何ら変わらない。
「あ〜あ。骨のない相手だなぁ〜」
その言葉はレギオンに向けられたものではなく、気が抜けているリージェへと闇討ちした数多のヴィランに対してである。
リージェの展開に踏み込んだヴィランたちは一瞬にして拒絶され続け、世界から消えていく。
それを数人繰り返した後、誰もリージェを襲うことはなかった。
巨大な怪獣すらものともしないこのヴィランこそ、食物連鎖の頂点だと隠れているヴィランたちは直感する。
力を突き詰めたヴィランが得ることが出来るのは安寧だ。
誰も歯向かうことはなく、命の危険に晒されることもない。
一方的に領土を奪い取り、異世の中で自らに都合のいいように自治をおこなっていく。
「やっぱりあっちは楽しかったなぁ。もう一度、会いたいなぁ……隠雅飛彩」
邪悪な笑みを浮かべたリージェは逃げ出したヴィランたちに拒絶球を投げつけて、生き延びる未来を拒絶させた。
レギオンの猛攻から岩陰に隠れていたヴィランも例外ではなく圧倒的な強さの上に消えていく。
そう、この異世は力こそ全てなのだ。
「ふわぁ〜……張り切りすぎちゃったぁ」
背伸びをしながら異世を闊歩するリージェは返り血も浴びていないというのに鎧を払っていく。
何百という野良ヴィランを葬ったというのに何の感慨もないのか腕を回して暴れ足りない様子を見せていた。
しばらく歩いていると黒曜石で出来たような煌く城壁が現れる。
「暗黒城ベスト・ディストピア……意味なんてないくせに大層な名前つけちゃつってさぁ〜。誰が管理に手を貸してあげてると思ってるんだよ?」
一度立ち止まったリージェはため息をついてその城壁を見上げた。
嫌々帰還しているのか門も開かせずに一瞬にしてその場を飛び越えていく。
門衛たちがそれぞれの武器を向けるが、それらが地面に向けさせられたことでリージェの帰還だと気付かされる。
ここ最近気まぐれに領外に出ては野良を狩り続けてはふらりと帰還するのを繰り返しているのだ。
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