【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
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第1部 4章 〜プロミス・タッグバトル〜

苦い過去

公開日時: 2020年9月1日(火) 21:04
文字数:3,556

——刑は優等生だった。


 正確に言えば、凡人よりほんの少しだけ有能な人間だった。しかし、要領が良かった刑は特に努力もすることなくヒーローになれてしまった。

曖昧な夢も、実際に勝利の味を覚え、人々の喝采を浴びてからは天職と言わんばかりにのめり込んだ。だが、芯なき英雄に陰りが見えるのもまた、早かった。


「え? 生放送が取り消し?」


「すまないが惨刑場はゴールデンタイム向きの能力じゃ……放送は深夜に回させてもらうよ」


「ちょ、ちょっと! 待ってください!」


「すまない。世界を守っているのは君たちなのに、スポンサーに勝てないなんてね……」


その時、初めて自分の適合した能力を呪った。ジーニアスやレスキューレッドのようなカッコよく画面に映えるものだったら、表の道をずっと歩けたのに、と。


 だが、この時はまだ腐らなかった。深夜帯という時間は、顔立ちの良い刑に追い風を吹かせる。

サブカル女子たちが若手俳優を持ち上げるが如く、刑の人気は局所的にうなぎ登りだった。

応援してくれる人は限られても、応援の声は何より励みになった。ただ、それだけでは足りなかった。

表舞台で浴びていた喝采が忘れられない。自己承認欲求はとめどなく溢れ、刑の心をどんどんと歪ませていく。


 そんなある日、試験官の仕事が舞い込んだ。そこで刑の心は完全に壊れることになる。

ヒーローとしての実力、経験も豊富な刑は、志望者のレベルの高さに驚いた。


 さらに光り輝く逸材も確認できた。いかに天才だろうと、今の刑とには大きな隔たりがある。

それでもいつか追いつき、追い越されるという恐怖が刑を支配した。さらに刑は憤慨した。


 自分より弱い存在が、表舞台に立てるような世界展開に適合するかもしれない。そして自分より喝采を浴びるかもしれない。

歪な心に、とうとう闇の雫がこぼれ出した。そんな闇を抱えていた時に刑は靄のヴィランに取り憑かれてしまうことになる。


「アンタ、いい男じゃない! ……溜まってるの、アタシが発散させてあげるっ」


 本当の強さを抑え、観測計器すら騙したヴィランはあっさりと刑に斬り倒された。


「なっ!?」


 ヴィランを倒した瞬間、靄に包まれた刑は、暴走する自我を必死に抑え込んだが、全能感がじわじわと意志や性格を作り変えていく。

そして取り込んだ闇を表に押し出すのに躊躇がなくなっていった。

刑は悪人ではなかった。そして人より少し有能だったが、人より少し弱かったのだ。


 それがこの結果だと言わんばかりに、現実が飛彩たちに突き付けられていた。


「ひ、飛彩くん……」


 懇願するような声を放り出したあと、糸の切れたマリオネットのように刑の上半身だけが崩れ落ちる。

それと同じくして、ずるりと剥がれるように、刑から黒い人型の何かが飛び出した。

腰から上が二股になる形で出て来たそれは人型になった靄としか形容でにない。


「はぁー、この姿で外に出るのも久しぶりねぇー。いっつも誰かに取り憑いてるからさ!」


「ぐっ!」


 ヒーローの蹴りはスーツを越えて生身へと衝撃を与える。同時に後ろへと飛んでいなかったら内臓が破裂していたこと間違いないだろう。


「私は取り憑いている子の能力が手に取るように分かるの! だから好き放題生きてあげたわ」


 直後、惨刑場による不可視の刃が飛彩を襲った。すでに異世の展開が始まっている以上、広範囲に能力が及ぶようになっている。ノーモーションで放たれる刃をかろうじて躱していくことしか出来ない。


「だからどうしたクソカマ野郎……!」


「ヒーローの世界展開は敵と同時、もしくは敵が張っている状態からじゃないと出来ないのよ? だから必死に守らされているのよねぇ」


 幾許かの動揺が生まれた。聞かされていない事実がどんどんと明らかになっていく。それこそが刑が世界展開していた方法だと知りつつも、驚きは隠しきれない。


「ヒーローが遅れてやってくるっていう定説はそういうことか?」


「あーら、まだ冗談が言えるなんて素敵よ」


 あえて惨刑場を使わず、抱きつくように腕を大振りにして近づいてくる刑を払いながら、飛彩も果敢に鳩尾などに攻撃を繰り出すが、ヴィランズにダメージは届いていないようだった。


「私はそれを利用させてもらったの。検知にも引っかからないほどの極小の領域を展開、その後にこの子の領域を展開した」


 威力も範囲も限られるけどね、と付け足す。それでも受験生を絶望に叩き落とすことくらいは出来るだろう。さらに情報を好きなように集めるための力としても充分すぎる。


「けっ、動揺させようってんならもっとすげえ情報が必要だぜ?」


 距離を取ると同時に銃撃音が整った刑の頰を掠めた。攻撃にも慣れたと言わんばかりの挑発は、その中にいるヴィランの顔を邪悪な笑みに染め上げた。


「気持ち悪いんだよ!」


 一瞬で距離を詰め、踏み込むようにして前蹴りを放つ。

だが、まるで最初から何もいなかったところを蹴った、いや蹴ってしまった飛彩は悪寒を感じるよりも早く飛び退った。


今は刑の能力とヴィランの能力の二つが発動しているのは間違いないのである。


「まさかヒーローとヴィランズの両方と戦わされるとはな……!」


「あらー、やっぱり虚勢張ってただけかしら?」


 背後から聞こえたヴィランの声に超速反応で肘打ちを繰り出すが、全然違う方向へ攻撃を繰り出した感覚が肘を凪いだ。ハイドアウターは少し離れたところで飛彩を見つめている。


「どうなってやがる……?」


「靄が包み隠してくれるの。姿よりもっと凄いものをね」


 すると見当違いの方向から不可視の斬撃が飛彩を襲った。

しかし刑の時と違い、周りの空間を歪ませてしまう不完全な斬撃を飛彩は軽々と躱し、万能ではないことも同時に悟った。


「借り物の力なんかで、俺は倒せねぇ。とっととそっから出な」


「優しいのねぇ〜この子は坊やを殺そうとしてたのよ? 助ける気?」


「そんな生易しいもんじゃねぇさ」


 不可視の斬撃を躱しながら距離を詰め、刑の身体ことなど気にせず蹴り飛ばした。防戦一方になるのは、刑の身体に気を遣えば、である。


「がハァッ!? え、遠慮なし!?」


「当たり前だ」


転がっていくヴィランを追撃はせず、鋭い眼光で睨みつける。


「今までの刑の言葉は、お前が心から引きずり出した言葉なんだろ?」


「ぐっ……ええ、そうよ?」


「だからお前と刑を引き離して、テメェをぶっ殺す。刑もムカつくから絶対に潰す」


 すかさず腰に取り付けたホルスターから麻痺の効果をもつ拳銃を乱射する。

これは貫通力が非常に低い捕獲用の弾だ。

人間に取り憑いているがゆえに、人間に効く攻撃が非常に有効になるという現状の弱点とも言えよう。


「二回も憂さ晴らし出来んだ。とっととそこから出ろ、クソヴィラン」


「いいのかしら? 貴方たちのどっちかに取り憑いて、逃げ出せばいいだけの話よ?」


刑はだらりと力なく俯いた。そこから溢れ出る靄は勢いよく飛彩へと飛び出した。


「……けっ、どうやらその必要はなさそうだぜ」


「っ!?」


「ゲイル・サーキュレーター!」


 靄の軌道が変わった。突如吹き荒れる風に吸い込まれるように、横へ逸れていく。


「ったく、本当に応援に来てたのかよ熱太の野郎……」


屋根の上に登ってきた赤い戦士の持つ銃の中へヴィランは消えていった。


「熱い思いで世界を救う! 灼熱の魂! レスキューレッド!」


「なっ、何故ヒーローがァァァァァァァァァァ!?」


吸い込まれていくヴィランを尻目に飛彩は種明かしをするように笑う。


「テメェが教えてくれたじゃねぇか。ヒーローの世界展開リアライズは敵と同時、もしくは敵が張っている状態からじゃないと出来ないって」


巻き起こる風を物ともしない飛彩はそのまま言葉を続ける。


「ば、バカなァァァァ! ここにヒーローがいるはずないでしょ!?」


「すでに居たんだよ。いや、来たって言った方が正しいか」


「うおぉぉぉぉぉ! これで終わりだ! 靄のヴィランズ!」


レスキューレッド、もとい新師熱太は大切な後輩の応援に駆けつける暑苦しい性格なのだ。


「お節介焼きで後輩想いの、熱太先輩がな」


 しかし、今回ばかりはそれに助けられたと言っても過言ではない。

熱太が駆けつけてみると、刑の世界展開を感じて本部への申請もなしに世界展開していたのだ。


 刑の展開を弾き飛ばす必要性がないため、光の柱は上がらなかったのである。おかげで気付かれずに済んだのだが。

無数の偶然が絡み合い、今へと繋がる。この時ばかりは勝利の女神について信じたくなった飛彩だった。


「ふ、フザケルナァァァァァァァァ!?」


 掃除機のタンクのような部分へそのまま吸い込まれていくヴィランズは霧散していく。


「よしっ、やったな! 刑もだいぶ抗ったらしい! さすがだ!」


 刑と違って、護利隊の姿を映さないように仕組まれている熱太は倒れこむ刑に頭を下げる。

礼を言うのはこっちだぞと詰め寄ろうとする飛彩の襟を蘭華はため息交じりで抑えた。

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