第三誘導区域付近では、復興が急がれていた。
あれからすでに二週間が経過しており、被害の爪痕は大きい。
ヒーロー組織に疑念を抱かれるほどの犠牲に対する非難は、日を追うごとに増していくが、人々は何かに当たらないと辛い現実を直視できないだけだった。
「蘭華さん」
別の意味で辛い蘭華は、あれからずっと苦虫を噛み潰したような気持ちでいる。
とある病院に続く坂道。
後ろからの声に、嫌な顔で蘭華は反応してしまった。
「なぁに? ホリィさん?」
「さすがの私でも、そんな顔をされたら傷つきますが……」
少し抜けているホリィとはいえ、明らかに引きつった笑みを向けられるのは悲しいようだ。
「飛彩さんのお見舞いに行くのでしょう? でしたら一緒に」
「だぁー! このさいだから言っちゃうけど! 毎日毎日飛彩のお見舞い来なくていいのよ! そういうのは私の役割だから!」
「私は何度も命を救われた恩があるのです」
「だったら私の方が救われてますー! いっぱい恩ありますー!」
どうでもいい口喧嘩はヒートアップしつつも、二人の歩みは着実に病院に向かっていた。
「仕事はないの? ヒーローなんでしょ?」
「この前の大規模侵攻から頻度がだいぶ減りました……敵も注意しているのかもしれません」
「だったら訓練の一つでもした方がいいんじゃない? うかうかしてると飛彩みたいな訓練生にも抜かれるよー」
飛彩の変貌を見たヒーローたちには訓練生という形で箝口令が敷かれた。
頭のキレるエレナ辺りは気づいていると思うが、事を荒立てることはなかった。
しかし、それよりも蘭華はライバルが多い飛彩にこれ以上の女子を近づけさせまいとめちゃくちゃな論理でまくし立てている。
「別に蘭華さんと飛彩くんは恋仲でもないでしょう? 仕事の相棒なだけですよね?」
「グ、グッサー! そ、それ言っちゃう?」
途中から駆け足になっている二人はスピードを増し、病院の中に入ってからもレーシングゲームばりに全力で走り抜けていく。
「こうなったら、先に病室に入った方が勝ちよ! 二度と来なくていいから!」
「わ、私だって飛彩さんに……」
「ああああああ! やめてー! そんな甘酸っぱい反応しないでー!」
看護婦や医者の怒号を無視しながら飛彩の個室に飛び込む二人。
しかし、それと同時に転移ポータルが開いてカクリが先に部屋に入っていった。
「こんにちはお二人とも〜。カクリの勝ちですねぇ〜」
「カクリぃぃ!? 話聞いてたの?」
「合流しようと思ってたら、面白そうな競争をしているものですから〜」
そして、おっとりタレ目のカクリの眼光が鋭いものへと変わる。
「さあ、カクリが一番です。さっさと出ていくのです!」
「ぐっ! 無効よ無効!」
「そうです! 蘭華さんの言う通り! 飛彩くんもそう思いますよね?」
三人の視点がベッドに集中するも、そこはもぬけの殻だった。
絶対安静という言葉を具現化したかの如き、たくさんの拘束具や鎮静剤を取り付けられていた様子が見受けられたが、それを引き千切った痕跡だけが寂しく横たわっていた。
「「「ええぇぇぇぇ!?」」」
「騒がしいですよ!」
看護婦の叱責が女子だらけになった個室に虚しく響いた。
肝心の飛彩は黒と黒斗を相手に屋上で暴れ回っていた。
母親のようにメイが見守っている。
「馬鹿者! 傷口が開くぞ?」
「構いやしねー! クビの取り消しだけでいいんだよ!」
「あれだけヒーローになりたがっていただろう? なぜ拒む!」
先に面談に来ていた黒斗がヒーローへ転向するように命じに来たのだが、それが何故かこうして屋上の死闘へとつながっている。
「カメラも通信機もぶっ壊れてた、俺の活躍は誰にも届いてねえだろ?」
「隠せる隠せないの話じゃない。お前の力は表舞台に立つ資格がある」
包帯まみれの左腕で気怠そうに頭をかく飛彩。もはや黒斗の言い分など真面目に聞く耳など存在しないかのような態度をとっている。
「嫉妬やら復讐に塗れていた俺が表舞台? ヒーローのイメージが悪くなるだけだ」
大事なものに気づいた飛彩は、自分の本当に為すべきことを理解できていた。
それが自分が心の底から望むものだったということにも、完璧に自覚している。
「世界を守るヒーローってのは、俺には向いてねぇ」
「お前というやつは……というか見てないでメイも飛彩を止めろ!」
「飛彩、無茶はダメよー。左腕取れちゃうからねー」
物騒なことを言いつつも、メイと最強のヒーラーヒーローのアマテラスが三日三晩かけて飛彩を治療したのだ。
飛彩に吸収された悪エネルギーとでもいうべきものを取り除くだけでそれだけかかっている。
「お前の力が必要なんだ! わかるだろ? 新しい希望を皆欲しがってる!」
「……前はそういう希望の証になるのが俺の使命だと思ってた」
病み上がりのはずの飛彩は、戦意を感じさせない足運びでゆらりと距離をつめた。
反応が遅れた黒斗は簡単に組み伏せられてしまう。
動揺していたとはいえ、黒斗の額に一筋の汗が流れる。
「——本当にいいのか?」
こうなったら梃子でも動かない、飛彩の頑固さは昔からの顔なじみである黒斗の知るところだ。
「今なら分かる。あの人が俺を助けてくれたように俺も、あの人を助けたかったんだ」
馬乗りになったまま飛彩は笑って言葉を続ける。
「ヒーローを守る力……ずっと前からあったんだ」
「何を今更改まって……」
バツが悪そうに咳払いする黒斗は、どことなく恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「ありがとな。俺を護利隊に入れてくれて」
真剣な眼差しに驚いた黒斗は今までとは違う飛彩の様子にとうとう観念した。
「……お前が礼など気色悪い。さっさと退け」
「はっ、じゃあこれからもいつも通りで行くぜ?」
これからもこの問題児と一緒に戦う、黒斗はそう覚悟しつつ観念もした。
それも悪くないと思ったのか、かすかに頬を綻ばせる。
笑みに気づいた飛彩も微笑みながら黒斗に右手を差し出した。
「これからも頼むぜ? ボス」
「やめろ、司令官と呼べ」
固い握手を交わしながら、ゆっくりと起き上がる二人の耳を劈く叫び声。
「「「あぁー!」」」
二人とも肩を跳ねさせて声の主を見やる。
屋上に飛び込んできたのは、蘭華、ホリィ、カクリの三人だ。
「お、男に走ってるー!」
「こ、これはこれでアリじゃないでしょうか?」
「……ホリィさんの趣味がカクリにはよ〜くわかりました」
そんな様子を見ながら爆笑するメイ。
その心の内は、本当に良かったという安堵でいっぱいだった。
勝手に危険と決めつけ、封印効果のあるインジェクターで騙して飛彩を檻に閉じ込めていたことをメイは反省する。
「こんな立派なお仲間がいるのに……勝手に子供扱いなんて過保護もいいとこね」
開いていた情報端末には能力封印の資料が映し出されていたが、一切のためらいもなくメイは全て削除した。
新しいフォルダには、『能力の活用方法』という名称をつけて。
柔和な笑みを浮かべたメイは、大騒ぎを見つめ続けた。
「本当に良かったと……未来でも思えるようにしないとね」
しかしその平穏は緊急の通信で打ち消される。
「こちら墓柩……何? 第二誘導区域にヴィラン出現の兆候?」
その言葉に飛彩たちの顔つきが変わる。
すでに現場にはジーニアスが急行しているらしく、戦いのゴングは鳴り響いていた。
「よし……行くか!」
病院を抜け、仲間の間を駆け抜けていく飛彩たち。
彼らの戦いはこれからも続いていく。
我先にと走り出した飛彩に追いついたホリィは顔を赤らめながら小さく呟いた。
「飛彩くん……いっぱい助けてくれてありがとう」
「はっ」
青空の下。
立ち込める暗雲に向かって飛彩は、分かりきったことのように吐き捨てた。
「当たり前だ。お前らを守るのが俺の仕事なんだからよ」
飛彩は戦い続ける。
ヒーローを、人々の希望を守るために。
第一部・完
間章は飛彩と蘭華の個人経歴を明かします。
戦いは第二部に続く———
ここまで読んで面白い!と思った方は是非評価やブクマお願いいたします!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!