「げほっ、がはっ!?」
「ひ、飛彩くん!? 大丈夫ですか?!」
立ち上がりそばに駆け寄るホリィの豊満な胸が視界に飛び込んでくる。
目を見開いた飛彩は高鳴る心臓の鼓動を押さえ込み、視線を逸らす。
だが、白いロングワンピースと短い丈の薄い桃色のカーディガンという清楚な恰好が飛彩の視線の逃げ道を塞ぐ。頭に登っていく血を必死で堪えた飛彩は、何とか声を捻り出す。
「——似合ってるな、その服」
「本当ですか! ありがとうございます!」
咄嗟のことでガラでもない言葉を放ってしまったものの、ホリィに対しては効果的面だったようだ。
胸を凝視してしまったことを気づかれなかっただけマシだと息を整える。
「で、何かあったのか? 俺を呼び出すなんて珍しいじゃねーの」
「び、びっくりさせちゃいましたよね……」
再び対面に座るホリィは頼んでいたアイスティーを口元へと運んだ。
飛彩もアイスコーヒーを頼もうと広さのせいで閑散とした店内で注文を告げる。
それで貸切のような状況を意識してしまった飛彩はより「二人きり」という状況を意識してしまい顔を赤らめた。
それに気づいたホリィも恥ずかしさで目を伏せるようにアイスティーに視線を落とす。
「ま、まぁな……最近はどうなんだ? 奪還作戦の話とか進んでるのか?」
「え、えぇ。まぁ……」
歯切れの悪い返事とともに表情が暗くなる。
恥ずかしさから来るものではないと鈍感な飛彩でも分かり、どう扱って良いのか頬をかいた。
「——あー、悪ぃな。せっかくの非番なのに仕事の話振っちまって。忘れてくれ」
「……そう、ですね。悪いです!」
気にしないで欲しい、のような返答が来るとおぼろげに考えていた飛彩は少しだけ驚いた。
なけなしの勇気を振り絞って前のめりになったホリィは誰もいない店内で囁くように言葉を繋げる。
「今日は普通に遊びたいんです。ヒーローのことは、一回忘れませんか!」
共に傷ついた人々を救うために奪還作戦を提唱しているホリィから出た言葉とは思えない内容に面食らう飛彩だったが、謎の気迫に押されて何度も首を縦に振ってしまう。
「せ、せっかくの休みだもんな。ヒーローにも休日は必要だ……でも、箱入りのお嬢さんを楽しませる方法なんて知らないぜ俺ぁ?」
「大丈夫です大丈夫です」
ガラでもないことを言ったホリィに釣られてか飛彩も似合わない言葉を吐いていた。
ペースを完全に乱されていると焦ったのかアイスコーヒーを味わうことなく喉奥へと流し込んだ。
「今日は私のお願いを全部聞いてくださいね!」
「——あー、金持ちお嬢様のご要望を聴けるかどうか……」
「もう! 私を何だと思ってるんですか!」
口元を押さえて笑うその姿はまさにお嬢様といった様相である。
これから本格的に始まる1日に飛彩はヴィランと戦う以上の緊張感を覚えたのであった。
カフェで涼んだ後、迎えの車も使わないホリィと飛彩は一つ目の目的地に向かって歩いていた。
日傘をさすホリィと飛彩が並んで歩く姿はデートというよりは若い護衛を連れているかのようで、逆に人々の目を引く。
服装に似合わぬ大きな肩掛けカバンを携えていたホリィは重さも気にせず微笑を浮かべながら歩き続けた。
「日傘で顔が隠せるから便利だな〜」
「飛彩さんも入りますか?」
「おいおい。有名人なんだからもう少し気を遣った方がいいんじゃねぇか?」
人気ならばナンバーワンヒーローと言っても過言ではないホリィだが、人の悪意というものには慣れていないらしい。
「せっかくのお休みなので羽根を伸ばさせてください」
傘の奥に見える疲れた笑みは、ヒーローの仕事だけでなく財閥の家庭環境によるものも含まれていそうで飛彩の胸を切なさが刺す。
(俺の知らねぇところで色んな気苦労があるんだろーな)
そんな羽を伸ばす日の相方として選ばれたのならば、どんな障害からもホリィを守り抜くのが今日の使命だと飛彩は思考を繋げた。
ヒーローの日常を守ることも、己の務めだと胸に秘めて。
並んで歩く飛彩の横顔が妙に気合の入ったものに変わったことに気づいたホリィは、その真剣な表情に見入ってしまう。
「うあっ!」
ヒーローといえどよそ見をしていれば段差に躓くこともある。
白いパンプスが段差にとられ、ホリィは前のめりに倒れていくも飛彩がすぐさまホリィの方を掴み、元の位置へと戻した。
その早技たるや、つまずいていなかったかのようで。転びかけたはずのホリィの脳が混乱してしまう。
「危なかったな」
「あ、ありがとう……」
その一言で助けられたことは理解したようだが、デートという状況下だからかもっと抱きかかえるような助け方でもよかったのにとぶつぶつ呟いてしまう。
このような時に日傘は顔を隠せて便利だと少なからず感謝しているようだ。
対する飛彩は差し向けられた視線を鋭敏に感じ取り、道路の向かい側にある小高いビル群の隙間に隠れた人物を睨んだ。
一般人が持つには不釣り合いな高性能そうなカメラにパパラッチの存在が過ぎる。
「……」
まだ傘の奥でぶつぶつ言っているホリィにこのことを伝えるべきかどうか逡巡する。
争い事を好まないホリィは人間相手ならば間違いなく放っておけと言うだろう。
しかし人気ナンバーワンヒーロー男と密会か、などという記事を出されてしまったら間違いなく炎上し、人々の悪意に慣れていないホリィは憔悴してしまうのは目に見えていた。
「ま、こいつの男ってことで記事になるなら悪い気はしねぇけど……ホリィ、ちょっとだけ目を閉じてろ」
「え!? あ、はい!」
傘の下、俯いたままのホリィは硬く瞳を閉じる。
そして少女漫画の読みすぎが露呈してしまうほどの様々な妄想が脳内を駆け巡っていく。
だが、飛彩は冗談っぽく笑った後に何の遠慮もなく残虐ノ王を右足へと顕現させる。
そのまま、一般市民では目で追うことの出来ない猛スピードで跳躍を利用して壁を蹴り進んだ。
「あ? 男の方が消えたぞ?」
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