素っ頓狂な表情を浮かべるララクに全員の視線が集まる。
「飛彩ちゃんが目を覚ませば良いのよ」
重苦しい空気が一瞬にして緩む。
目を丸くするホリィや蘭華に対して、小さく笑みをこぼしたのは意外にも黒斗だった。
「そうだな」
「ちょっ、ちょっと司令官?」
「カエザール氏が必要以上に権力を持つ必要はないだろう。すでにかなりの権力をお持ちだしな」
新しい世界を作るなどと、飛彩達は考えていない。
「とはいえ、それを飛彩が許すならそれでも良いだろう。結局はあいつがどうしたいかを俺は重視したい」
実の親の野心にホリィはますます気持ちを暗くする。
飛彩達はは今までの日常を守るために戦い、金持ちに権力を集中しやすい土壌を作りたいわけではなかった。
故に、このまま偶像としてカエザールに支持が集まるように援護するなど、フェイウォンの味方をしたも同然で。
「全く、とっとと起きて欲しいものだ。いつもギャーギャー騒がしいのに、な……」
一同の視線はガラスの向こうにいる飛彩へと集中する。
穏やかな表情は、今にも起き上がりそうな錯覚すら覚えてしまう。
「飛彩くん……」
ひとまず、これ以上話し込んでも仕方ないということで一同は解散する。
ホリィと蘭華がそのまま廊下に残り、メイとララクは仮眠室に向かった。
黒斗は出来るだけ式の日取りをズラせないかと模索するため、再び病院から去っていく。
その夜、着替えを取りに行ってくると蘭華が一時的に病院から去っていった。
ホリィだけが廊下に残り、茫然と眠っている飛彩を見つめている。
「今度はお父様とも争わないといけないなんて」
独り言は暗くなった廊下に溶けて消えていく。
面会の時間はとうに終わっている中で、明らかに戦闘経験者の足音が近づいて来るが故にホリィは階段の方角に目を凝らした。
「おや、ホリィちゃんだけかい?」
「蘭華はいないのか……まあ都合がいい。最近はいつもこの男といるせいで変な疑いをかけられているからな」
「それは本人のいないところで言ってよ」
「刑さんに春嶺ちゃん……それにカクリちゃんも? 退院できたんですか?」
「カクリのは軽症ですからね。すーぐ治りました」
入院は慣れっこ、と言葉を続けるが微妙に反応しにくい自虐ネタに一同は困った笑みを浮かべる。
「ただ、こうやって付き添ってくれる人がいないと不安ですが」
「でも、すぐ回復してくれてよかった。飛彩くんもきっと喜んでるよ」
「あはは、そうですねぇ〜。飛彩さんも、すぐにパッと目が覚めてくれればいいんですが」
ガラスに手をつき、全員に背を向けたカクリには近寄りがたい雰囲気が見えた。
特に飛彩に想いを寄せる面々が時折見せる、鬱々とした様子には何と声をかければ良いのか戸惑うほどで。
「……この様子では、まだ目覚めそうにない、か」
「ええ。最新の設備なども導入しましたが、展開力があれば……」
一時的に生命ノ奔流だけでも復活すれば、飛彩はいつも通り元気よく飛び出して来るだろう。
しかし、その力はもう無い物ねだりにしかならない。
「展開力で思い出したが……ホリィちゃんのところにも来たろ? 式典の話」
「はい。昼に黒斗さん達と話しました。場合によっては早まるようで」
複雑な胸中なのは刑も同じで、唯一登壇を求められていない春嶺は全員の心労に対して申し訳なさがある。
「飛彩くんの功績を自分たちのものにして、お父様の支持を盤石にするなんて……私たちはそんなもののために戦ったんじゃないのに」
漁夫の利を狙う相手がホリィの父親ということもあり、憎しみの言葉を吐くわけにもいかず。
刑も春嶺も、今後の身の振り方に悩まされた。
「……いいんじゃないですか? お父さんに従っても」
「え?」
そう溢したのは無表情なまま振り返ったカクリで。
意外な言葉を放った相手に、春嶺ですら前髪の切れ目から揺れた瞳を晒す。
「今までたくさん戦ってきて、今も傷ついてる飛彩さんをまだ働かせるべきなんですかねぇ」
世界を救った英雄と名乗りをあげるのはフェイウォンレベルの敵との対峙を意味する。
カエザールの指示に対抗するのであれば、世界を導く対案が必要なのは間違いない。
そして、その矢面に飛彩を立たせるべきなのか。
カクリの呟きは、ヒーローだった者たちの心を揺さぶるには充分すぎた。
「……あ! な、なんか生意気言ってごめんなさい!」
他意はなく、ただただ飛彩を心配する後輩故に、慌てて口を手で抑える。
「いや、いいんだ。その考えも正しいよ」
カクリが余計な罪の意識を背負わぬように優しく語る刑だが、呟きは胸に疼痛をもたらす。
自分たちはどれだけ飛彩に頼り切りだったのか、それが痛いほど理解できて。
「見舞いに来て早々だが……僕らは帰ろうか。ここで飛彩くんの身を案じるのは僕や春嶺ちゃんの役目じゃない気がする」
「ええ、そうだな……」
飛彩が復帰しようとしなかろうと、己がどうすべきなのか考えなければならない。
増えた選択肢に戸惑いを感じつつも、刑と春嶺は飛彩の顔を少しだけ見つめて歩き去っていく。
「やっぱりカクリが余計なことを言ったから……」
「違うよ。私たちは心のどこかで飛彩くんが目を覚ませばなんとかなると思ってたんだよ」
どれだけ飛彩を頼っていたのか、それが嫌でも自覚させられて。
「だから、どうするのが飛彩くんにとって一番なのか、やっぱり考えなくちゃいけないなって思ったんだ」
「ホリィさん……」
何気なく発した考えで、カクリ自身もどうするのが正解なのかは分からない。
悩む気持ちを抱えたまま、メイにも挨拶に行かなければと複雑そうな面持ちでカクリも去っていった。
「あえて、お父様の誘いに乗って世界をより良くするために奮闘する、か……」
一人残されたホリィは廊下にある長椅子に座り込み、残されたヒーローがどうあるべきなのかを思案する。
今や変身能力の無い少年少女達には考えることしか出来ないのだから。
そして、もう何分経っただろうか。
薄暗い廊下で悩み続けても答えは見つからず、思考の迷宮にホリィは閉じ込められている。
「ホリィ」
「蘭華ちゃん……」
着替えを持ってきた蘭華は、ホリィの寝巻きなども持ってきており大きな手提げに詰められるだけ詰めてきたようだ。
そのまま難しい表情を浮かべたまま、縮こまっているホリィの隣へと音を立てて座った。
「来る時、カクリに会ってね。あの子が何を言ったのか、大体聞いたわ」
乱雑に荷物を投げ、音を立ててホリィの隣へ蘭華も座り込む。
前のめりになって頬杖をつく姿は、着替えを取りに行った疲れではなさそうで。
「飛彩くんにとって一番いい選択……それって何なのでしょう」
「私も分からない。まあ飛彩は、世界の今後を導くとかめんどくせぇって言いそうだけど」
気怠そうに飛彩が呟く姿をホリィもリアルに想像出来る。
カエザールの導く世界も、全ての民を救うものではないだろうが、平和が脅かされるようなことはないはずだ。
「何で、こんなにもお父様の考えが憎く思えるのでしょう。こんな気持ちじゃ、飛彩くんに顔向けできません……」
「深刻過ぎよ。もっと冷静に考えればわかるわ。私たちは別にホリィのお父さんがやろうとしていることに苛立ってるんじゃない」
同じ気持ちであると察した蘭華が、そのまま持論を語ろうとホリィを見つめる。
ホリィの青い瞳が真剣に見つめ返してきたこともあり、力が抜けるようにあえて笑って。
「黒斗司令官も言ってたでしょ? 世界を救った飛彩が蔑ろにされるのが許せないだけ。そんな簡単な理由よ」
「確かに……難しい考えを羅列してましたが、根底にはそれがあるのでしょう」
「でしょ? 素直に従うってことは、飛彩を侮辱しているようで嫌だと思うんだよね」
そう述べる蘭華は護利隊員という闇に葬られる存在のため、一歩引いた目線で考えられていた。
重荷を背負うことを許されない存在として、それに向き合うヒーロー達の心を軽くしようと努めている。
「飛彩は目を覚まして、みんなの功績で世界を救ったことにされてても怒ったりしないよ。むしろ私たちはそういう世界で生きてきたし」
功績をヒーロー達に与えるように戦ってきた裏方故に慣れていると蘭華は笑みを添えた。
「まー、いろいろ言ったけどさ。そんなことより早く目を覚まして欲しい」
寂しげに微笑む蘭華もまた、本当は涙を枯らすほどに喚きたいのだろう。
その心の強さに迷ってばかりのホリィは、己の姿勢を反省する。
「一生このままなんて、私いやよ」
様々な要因が迷いを複雑にするが、とにかく目を覚まして欲しいというのが少女達の願いで。
「世界がどうなるかなんてどうでも良いの。私は、飛彩が元気になってくれるならどうなってもいいわ」
「飛彩くん……のため……」
そこでホリィはフェイウォンとの戦いを振り返る。
未来確定の力は悪の始祖をも驚嘆させる能力で、飛彩の窮地を幾度となく救ってきた。
力が完全に消え去ったから、何もしないのか? とホリィは己へ奮起の誓いを立てさせる。
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