カクリへの通信が終わり熱太に駆け寄った刑のところにジュラルミンアタッシュケースに格納された展開回復力が即座に次元の壁を破って現れた。
カクリとメイの迅速な対応に感謝しつつ変身解除状態のレスキューワールドにそれを投与するとわずかに指先が動き、早くも回復の兆しが見える。
「よかった……これで何とか——」
やっとのことでやってきた希望はあっという間に追いついた絶望に簡単に打ち砕かれた。
「オワリダ」
視界にあったはずの荒れ狂う展開領域がいつの間にか消え去り、目の前に現れた龍の鎧に形取られた恐怖そのものが刑を襲う。
「無盾!」
不可視の防御壁を全方位にはりめぐらせたが、鎧から伸びた爪は一瞬でそれを破り去る。
その勢いから発生した真空派が刑を切り刻んだ。
「べ、別格……これは……!?」
鎧にも関わらず薄く黒い瘴気を纏った姿は禍々しい悪魔龍と言えるだろう。
受肉した存在以上に生命体という感覚を与えてくる相手に、刑は恐怖の概念が実体化したような気にもなっていた。
(ま、まずい……明らかに先ほどまでとは違う!)
「ワレハ恐怖ナリ……怯エナガラ死ネ!」
膝から崩れ落ちた刑は展開を解除しまいと必死に歯を食い縛りながら、目の前に現れた恐怖そのものへの対応策を演算し始めた。
もはや能力の方が宿主を喰らい尽くし、暴虐の限りを尽くすことになろうとはという現実離れした現象がむしろ刑を冷静にさせている。
(飛彩くんが全力で向かってきてくれても数分……どうやって皆を守り切る!? 後ろには外につながる穴まであるんだ……ここで止められなかったら全てが終わる!)
雑念に塗れながらも微かな展開力を練り上げて右腕に螺旋状の刺突槍を作り上げた。
恐怖を撃ち抜く槍撃がコクジョーだったものの頭部へと近づいていく。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
しかし、刑の目にしか映らない透明のガラスのような槍は灰色の砂のように可視化できるものとなり塵となって消え去っていく。
コクジョーだったものは何もしていないというのに。
「な、なんだ!?」
頭では理解できなかったものの、本能に訴えかけてくる恐怖が刑に無理やり起こった事象を理解させた。
それは何もせずとも攻撃に込めた展開力すら恐怖させ、四散させてしまうという無慈悲なる恐怖。
万物にその場にいることを形ある生をやめさせる存在にその場にいる命ある者は魂を恐怖に振るわせることになる。
崩壊していく槍を眺めることしか出来ず、崩壊の余波に巻き込まれそうになった刑がやっとのことで意識を取り戻した時には指先に崩壊が差し掛かっていた。
「そんなッ……!?」
唐突に訪れた死に対し、理解が追いつかず恐怖を覚えるどころか一歩下がることすら忘れてしまった刑とコクジョーだったものの間に黒い疾風が割り込む。
「ドラァ!」
携えていた小太刀を思い切り振り回して龍の頭部に叩き込むことでコクジョーだったものは大きくよろめく。
「ちっ!」
「あーもう! 言ったじゃない、攻撃が崩壊しちゃうって」
「だったらとっとと降りろ。お前おぶって全力疾走なんて早々できるもんじゃねぇ」
「重いってこと……?」
「鎧に身を包まれてたお前がそんなこと気にするとはな」
崩壊が始まっていた小太刀を投げ捨て、ゆっくりと背中にいたララクを降ろす。
刑はやっと我に帰り、救援に来た飛彩の顔を信じられないものを見るかのように目を丸くした。
「ど、どうしてこんな速く?」
「見えちまったんだよ。コクジョーがそっちに全力で向かってるのがな」
位置的に有利なところにいた飛彩は作戦を練る暇も与えられずに救援に飛び出したのだ。
さらに連れていけと喚くララクを背負ってまで。
「天弾とホリィも目を覚ましたが未だに戦隊不能状態だ」
「それに関しては展開回復薬を送るようにカクリちゃんにお願いしておいた……二人が復帰するまで時間を稼ごう」
「おいおい。お前らはヒーローだろ? ヒーローを守ったり待ったりするのは仕事じゃねぇはずだ」
額から汗を流しながらも飛彩は気丈に振る舞う。
唯一飛彩だけがコクジョーの全容を把握できているのかもしれない。
それでもなお戦おうという意思に刑の恐怖も消え去っていく。
「お前らの全ての展開力を込めた一撃をぶつけてやれ。恐怖で消えないくらいのな」
側にいたララクはゆっくりと離れ、砂地を一望できる場所でゆっくりと両手を合わせ瞳を見開く精神を集中させる。
その様子は飛彩の勝利を祈る修道女のようで、加護が与えられていくようにも思える。
「その時間は……俺が稼ぐ!」
頭を振って威嚇の叫びをあげる鎧の龍へと飛彩は一気に駆け出し黒光りする左拳を引きながら再び頭部に狙いを定める。
「ダメだ! 消えてしまうぞ!」
その忠告を裏付けるように龍は両手をダラリと下げたまま攻撃を受け入れるような素振りを見せていた。
不適な笑みにも感じられるそれに飛彩は一切の怯えも見せず拳を振り抜く。
「ドミネートブレイク!」
終わった、と刑が感じたのも束の間に金属を殴りつける鈍い音が暗い闇の世界に響き渡る。
「ガブハッ!?」
「当たった!」
大きくよろめいた鎧龍は薄く纏っていた展開力にノイズを走らせる形でダメージが入ったことを露呈させてしまう。
久しぶりに転がされた地面の感覚に苛立ちを覚え、再び咆哮を上げて突撃した。
刑の目には映らない速さだが、飛彩は機敏に反応して飛びかかる龍の下へと潜り込む。
二足歩行の龍は怒りのあまり想定以上に力がこもり、跳躍に高さが出てしまったようだ。
それだけの隙があれば飛彩の拳は確実に敵へと突き刺さる。
「今度はテメェが俺たちにビビる番だ!」
「オグっ!?」
低い位置から黒光の円弧を描くアッパーが鳩尾部分に突き刺さり、鎧龍は宙へと投げ出される。
飛彩はアッパーの勢いを殺さず飛び上がりながら回転し、右足をオーバーヘッドキックの容量で鎧の脇腹部分へと減り込ませる。
「もう一発!」
「バガナ!? 何故、消エヌ!?」
柔らかい砂地に何度も叩きつけられたことは屈辱に他ならなく四足歩行の構えで低いところから飛彩を睨みつける。
「おーおー、そうやって俺に見下されてるのがお似合いだぜ」
「何ダト!」
依代の意識が消え、能力そのものの暴走が故に駆け引きなどは得意ではなく簡単に鎧龍は乗ってしまった。
四肢を爆発させたかのような加速も直線では飛彩にかすることもなく、砂地の斜面に減り込むだけだった。
打って変わって飛彩が圧倒する展開に驚く刑は必殺の一撃を撃ち込む展開力を練れずにいた。
「おい、刑! いつまでボーッとしてんだよ!」
「お、お前、どうやってあの障壁を……」
「俺は何もしてねぇ。ただ信じてるだけだ」
「……は?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!