わずかな意識で驚愕するメイだが、影から現れるように薄い紫色の髪を煌めかせるユリラが傅きながら現れる。
「フェイウォン様、よろしいのですか? こやつは世界を手中に収めるために何をするかわかりません」
「かまわん。私はクリエメイトが大切に治めてきた世界を献上されるという遊びを思いついただけにすぎん」
それはメイに対してあまりにも趣味が悪く酷な発想と言えよう。
名実ともに再びフェイウォンの臣下になれという宣言に他ならない。
「し、しかし……」
「この私に抗ってまで手中に収めておきたい世界だ。それを自ら壊して差し出すなど死に等しい屈辱であろう?」
薄ら笑いを浮かべる暗黒の主に、呪詛の言葉も吐けない現状がメイにとっては腑が煮えくりかえる思いだった。
「それに。もはやクリエメイトに逆らう力など残っておるまい。暴走する自我を抑えて私の命令に従うの精一杯だろうからな」
「で、では、行ってまいります」
「ああ。期待してるぞ。わが眷属よ」
立ち上がったメイはそのまま倒れ込むように異世への亀裂の中へ倒れ込む。
誘導装置について調べ上げているメイにとって、落下しながらでも別の地区へ落ちることは容易い。
どうか黒斗達が自分の想像を超える作戦を展開していてくれ、とメイは薄れる意識の中でそう思うしかなかった。
闇の城に再び静寂が戻る。意識のない人形のようなララクとリージェが崩れるように座り込んだ。ガチャリという無機質な音だけが響いた室内で唯一申し開きが出来るユリラが傅いたままでおずおずとその口を開く。
「フェイウォン様、この作戦は我らの世界にとって重要なもの。にも関わらずあのような裏切り者に重要な役目を任せては……」
「問題ない」
「しかし」
「私が出れば敵の策も我が兵も何の意味もないのだからな」
その言葉はただ呟かれただけだったが、威圧的な言霊となりユリラの呼吸を早めていく。
「確かに私はすぐにあの世界が欲しい。だがクリエメイトを手中に収めた今、両方の世界を制したも同然だ」
だからこそフェイウォンは悠々と戦いを眺める立場になれたのだ。労せず世界を手中に収め、娯楽だけを享受する。
もはや支配したも同然という余裕が多少のトラブルにも目くじらを立てない理由なのかもしれない。
「それに雑魚どもはともかくヒーローだった連中はクリエメイトの顔見知りだろう? そんな連中がクリエメイトを攻撃できるかな?」
「仲間だった存在に刃を向けられないことこそ人間の弱点、と?」
「ああ。甘ったるい雰囲気が奴らには立ち込めていたからな。一度暴走させれば鏖殺の始まりよ」
もはやフェイウォンにとってこの戦いは余興となっている。神はすでに世界を手に入れたつもりになっているのだ。
飛彩と数回拳を交えたからこその油断。そして悪の祖が知らぬ仲間の絆、いや絆という感情。それらが上位者に一矢報いる希望となり、密かに神の命を穿とうとしていた。
亀裂への一斉掃射は続き、遠く離れた場所の空気すら震わす。
避難民達を不安にさせる爆音は絶え間なくヴィラン達を異次元へと押し返していた。
「いけ! とにかく押せ!」
「この出口を塞いで他のところへ応援に行くぞ!」
士気も高まった状態の連合部隊は護利隊、ヒーローだったもの、自衛隊、警察、センテイア財閥の私設武装組織などバラバラな組織が世界の危機を前に完全に団結している。
黒斗の作戦が完全に刺さったこともあり、小さく漏れていた不満も完璧に消え去っていた。
「これなら侵攻を完全に防げるぜ!」
「負傷者もゼロ、被害もなし、こりゃ敵を買いかぶりすぎたんじゃねえか?」
一つ失敗があるとするならば、作戦が功を奏しすぎたことにある。
わずかな種子から芽生えた『勝てる』という油断の芽は小さくとも各地で脈々と成長してしまっていた。
もはや『世界を揺るがす脅威』は『勝てる相手』へと心の中で形を変えてしまっている。
「ん……なんだあれ?」
ドームの頂点、そもそもある程度の高さからは誘導装置が設置出来ないためヴィランの襲撃はないと現場は説明されていた。
しかし、いくら油断しようとも世界を渡ってくるヴィランが何か仕掛けてくるという可能性も捨て切ってはいない。
「各方面の部隊の二割に上へと発生した亀裂を攻撃させろ」
短く呟かれた黒斗の号令が、各部隊へと迅速に伝えられる。
新しく開いた穴へと連射する部隊と抜けた部隊をカバーするように動き出す連携。
今の人類側が出来る精一杯の動きだが、荒れ狂う上位者を止められるはずもなく。
「う、う、うう……ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
突如響き渡る破鐘の咆哮。
何重にも音声加工が施されたような叫び声に現場を取り囲むように配置されていた部隊が耳を塞ぎたくなるような恐怖に襲われる。
「あれは……!?」
情報を手に入れるために大量に投入されているドローンカメラが指令室にその状況を映し出した。
頭部の鎧から垂れている緑がかった髪に黒斗はその切れ長な目を見開く。
「司令! 一体のヴィランがこちらへと侵入! 各部隊に壊滅的なダメージを与えていきます!」
後方に控えさせていた部隊がヘリコプターに乗って空から射撃に向かうものの、緑がかった軌跡を残して宙を駆けるメイを捉えることは出来ない。
「被害甚大! このままでは壊滅に……」
「やはりヒーローがいないとヴィランに勝てないのか?」
一瞬にして淀んだ雰囲気が立ち込める中、黒斗だけが冷静な表情を崩していなかった。
(ここからは飛彩達には話していなかった展開、になるな)
覚悟を決めていた黒斗は、敵の考え方も読み切っていたのだ。
ヴィランならばメイを無理やりにでも暴走させ、確実にこちらの世界に放ってくる、と。
「どれだけ飛彩が強くなろうと、ヒーローが復活しようとアイツのことは殴れまい……」
「は? 墓棺司令官何言ってるんです? 早く隠雅飛彩をあそこに向かわせないと」
その小さな呟きを拾った英人が慌てている。
暴れる鎧のヴィランを倒すでもなく抑え込めればまだ戦況は盛り返せると感じているのだろう。
「いや」
そして、打ち合わせにて『可能性』として黒斗がオペレーター陣に念押ししていたことが再び口から紡がれた。
「俺が出る」
会議の時は責任の取り方を比喩したものだろうかと全員が流していたが、いざその状況となるとなんと話せば良いのかオペレーター達は額に汗を流した。
嘘をついているとは思えない冷静な黒斗はそのまま立ち上がり、踵を返しながらネクタイを投げ捨てた。
「奴を抑え込みながら指揮も執る。情報は逐一送ってくれ。君たちも作戦は全て頭に入れているだろうから細かい判断は英人に任せる」
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