「貴様! 仲間を何だと思っている!」
「ふぅ〜。とりあえずこれで腕の鎧は元通りだね」
刑の問いに答えないリージェは両手を握り、開くを何度か繰り返して自然体な構えを見せる。
「鬱陶しいお目付役を殺してくれて感謝するよ」
何も変わらぬ態度と、窮地に陥ってもなお笑みを絶やさないリージェに刑は悪寒を抱かされた。
やはりヴィランは人とは異なると熱太と同じような感想を覚えてしまうのも無理はない。
「……さて! 赤い君! 次は君が無残に死ぬ番だよ」
「何度やったところで、俺たちの勝利は変わらん!」
「五人がかりだからって? そういうんじゃもう僕は倒せないからね?」
調子を取り戻したことが喜ばしいのかリージェはにこやかな笑みを携えて、跳ねながら拳を振り回している。
ヴィランに準備運動が必要なのかは不明だが、その様子に対して熱太は仮面の奥で苦々しい表情へと変わった。
「違う。お前が命の重みを理解していないからだ!」
何度でもリージェの嫌う言葉で容赦無く熱太は糾弾した。
相手を言葉で貶めるような人物ではないのだが、仲間への侮辱と味方を味方とも思わない態度に救いはないと考えたのだろう。
「お前の野望が良い方向に向かうのならば、ララクと共に手を取り合えると思っていたが……俺の目が節穴だったようだ」
「あっそ。支配すべき命に何言われても響かないね。ていうか節穴なら繰り抜いてあげるよ!」
拒絶の力を纏った拳と共に熱太へと殴りかかるリージェは波動として離さずに自ら殴りにいくほどの殺意を覚えていた。
対する熱太は駆けつけてくれた仲間達に対する感謝と共に、守るために剣を振るう。
再び灼熱と拒絶の展開力が周囲へと迸った瞬間、住居区画を吹き飛ばしながら人影が乱入し、そのまま瓦礫の中で横たわる。
「ぐっ……ぐふっ━━っ!?」
「なっ……飛彩!?」
ガラガラと瓦礫が崩れる音の先に、仰向けで横たわる飛彩の姿がその場にいた全員に飛び込んでくる。
やっと止まったというような状況に対し、リージェ以外の展開力など感じていなかったヒーロー達に動揺が走った。
「まだ敵の幹部が?」
「いや……」
熱太の問いに答えたのは意外にもリージェで、面倒ごとに顔を苦いものへと変えている。
二人は鍔迫り合いをやめ、数歩離れた間合いで飛彩が吹き飛ばされてきた方向を睨んでいた。
「ボスが本気を出し始めたんだ」
「馬鹿な! そんな気配どこにも……!」
「いーや、最初っからあったんだよ」
饒舌なリージェは半ば投げやりな態度で解説を続ける。
嘘をつくような状況でもないが故に熱太以外のヒーロー達もリージェの動作に見入ってしまう。
「この異世は始祖フェイウォンが作り出したもの。もし展開域ってものがあるなら、それはこの異世全てに広がってる」
「なっ……!?」
「世界全てが、展開域……だと?」
前髪の奥で瞳を揺らす春嶺は自身の展開域を研ぎ澄まし、リージェと他のヒーロー達の気配しかないはずだと集中する。
言葉には出さないだけで、エレナや翔香、熱太や刑も自身の足元へ意識を張り巡らせた。
「ふっ……」
リージェにとっては有利な状況で、その隙を突けば五人のヒーローの命を奪えたかもしれない。
しかし、それを行わなかった理由はただ一つ。その方が、深い絶望に叩き落とせるからだ。
「始祖のお方は気にくわないけど、君たちも気にくわないからねぇ」
禍々しい笑みを浮かぶと同時に熱太達も気づかされる。異世独特の息苦しさの正体を。
「最初からこうだったから気づかなかっただけ、ってこと?」
急に踏み締める大地すら敵だったのか、と翔香は足を震わせる。
全員その気持ちがわかるのか、翼があるのなら飛び上がりたいという気持ちだった。
深く広い展開域の上に自分たちの展開域がレイヤーのように重なっていることを理解したヒーロー達はリージェへの包囲を解いて飛彩が吹き飛ばされた方角へと警戒を飛ばす。
「おいおい、僕は用無しっていうのかい? 君たち五人よりは充分強いと思うけど?」
そのまま背を向けた熱太へと右拳を向けるが、鈍く気味の悪い音が背後から聞こえたことでリージェは何気なしに振り向く。
「では、何故手間取っているのだ?」
その場に一瞬にして広がる重圧。
全員が冷や汗を吹き出す中で、リージェはあり得ない方向に捻り曲げられた自身の右腕を抑えて蹲った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
声にならない声を歯で食い縛って押さえ込むのは、痛みに抗いつつも強者の意地が働いたからなのかもしれない。
もし、情けなく声を上げていたとしたら、使えない部下として突然現れたフェイウォンに粉々にされていただろう。
「ユリラも死んだか……結局、己が動かなければ願いは成し得ぬというわけだな」
(ローブを外してる? じゃあ何だ? 隠雅飛彩が始祖を本気にさせたってわけか?)
自身が何度か手合わせした経験を手繰り寄せるも、フェイウォンのローブを脱がせたことはなかった。
初めて目の当たりにする軽装の薄い鎧は展開力に満ちており、鎧でありながら生きているという印象をリージェへともたらす。
そしてそれはフェイウォンに屈服させられる現状と、飛彩に及ばない現実という苦い味となり心へと広がっていった。
有頂天から叩き落とされたリージェが戦線に戻るには時間を要するだろう。
そのような状況でも立ち上がれるか否かがヴィランとヒーローを分けるのかもしれない。
反射的に動いた熱太は、波打つ展開域を必死で制御して攻撃のエネルギーを捻り出した。
失敗するかもしれない、飛彩が勝てない相手だ、という言葉が脳を席巻するものの燃え上がる炎は思考をも燃やしていく。
いや、熱太はそうせざるを得ないのだ。
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