【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

ストレンジャー・カミング

公開日時: 2021年2月4日(木) 00:03
文字数:2,244

 駆け出した飛彩は訓練場が使えないことを思い出し、近くにある運動公園まで一気に走り抜けていた。


「よし、ここまでくりゃあ準備運動は終わりでいいだろ」


 隊服のブレザーとバックパックをグラウンドに投げ捨て、シャツと動きの硬いパンツで素早いコンボを繰り出していく。


「シッ!」


 仮想敵は己の中で一番強い相手として君臨するリージェ。

 暗いグラウンドの真ん中にはか細い該当がわずかに光を届けているが、闇が勝り黒い空間の中にいるリージェの想像がより色濃いものになっていく。


「——チッ、俺としたことが腑抜けてたぜ」


 あの時よりもコンマ数秒遅い、今の攻撃はリージェに避けられてしまった、あの拳を受け止めきれない、など過去の反芻に追いつけない悪い想像ばかりが働いた。


「オラァ!」


 素早く振り抜いたつもりでも、実戦だったら手応えのあるものではなかっただろう、とだらりと右腕を下げる。


「……」


 自分の力の増長を感じていた、対人間の戦いですら凄まじい暗殺者が如き執事にも打ち勝った。

 能力、身体の両方で敵はいないと感じていた飛彩だったが、明らかな奢りではないかと自問する。


「くそっ……雑魚相手にイキがるヴィランと同じじゃねぇか……」


 確かに侵略区域の奪還は人類にとって栄光ある行為だ。

 だが、ヴィランの立場から見ればいきなりやってきて圧倒的な力で蹂躙していく悪虐の徒でしかない。


 弱いヴィランが群れをなして生きていた場所を一方的に奪っただけで何も前進していないことを飛彩は恥じた。


「派手な結果残せば偉いのか? 違ぇだろ、この野郎……」


 その点を見抜いていたクラッシャーは黙々と努力を重ねているのだろう。


 喜ぶべき時があるとしたら完璧にヴィランとの戦いが終わり、二つの世界の間を渡る事が出来ない場合のみだ。


「一回戦に勝っただけで全国制覇したみてぇに喜ぶなんてガキか俺は……」


 自分が行うべきは誰にも負けないほどに力を高めること、次の戦いに備えて黒斗やメイと共に作戦を寝ることだったと猛省する。


 たった数時間だが、何ヶ月も練習に出なかったような気持ちにさせられた飛彩は深呼吸をして再びダッシュを開始する。


 いつものトレーニングメニューをがむしゃらに繰り返す中、やはりシャドウゲームという名の空想の相手と戦うイメージを膨らませていく。


「今日の戦いも、全部の力を解放するまでもなかったはずだ……」


 必ず相手の息の根を止めるヴィランとの戦いにおいて出し惜しむ必要などないが、一つ一つの能力を極めるという意味では今の戦い方では器用貧乏になること間違いなしだ。


「って、言ってもなぁ……生身で俺の能力と渡り合えるやつなんていねぇし、やたらめったら使うなって言われてるしなぁ……」


 少なくとも目覚めるであろう右腕の力以前に、今までの力を全て理解できているのかと問われれば飛彩はノーと答えるしかあるまい。


「仕方ねぇ、黒斗に組み手の相談もしてみるか……」


 自主練習だけでは限界があると感じた飛彩が踵を返した瞬間。



「もう帰っちゃうの?」



「!?」


 街頭の光すら届かないぼんやりとしたグラウンドの奥から一人の少女がわざとらしい足音を立てながら近づいていた。


「すごい強いんだねー、そんな動きできるなんてヒーローみたい」


 自主練習をしているときに話しかけられたことのない飛彩は何者かと疑り深い視線を向けてしまう。


 そんな眼差しに気づいたのか闇よりも黒いブラウスとスカートを纏いつつ、薄い青色の髪を短いツインテールに束ねた少女がにこやかな笑顔を覗かせた。


「驚かせちゃった? 近づいてるのに気づかないなんて随分と集中してたんだねぇ?」


「——武術か何かやってるのか? 随分と足音殺して歩くんだな」


「こんなヒール履いて、そんなわけないでしょ。君が不注意だったのよ」


 運動公園には不釣り合いな様相の少女にますます疑念を抱く飛彩。

 スティージェンとの戦闘が、一見頼りない見た目の相手でも何を隠し持っているかわからないという疑り深さを飛彩に植え付けていた。


「——ホリィんとこのボディーガードか? 悪いけどあいつは帰らねぇし、俺を脅そうったってそうはいかないのはスティージェンから聞いてねぇのか?」


「えっと? 何の話?」


 ただものではない雰囲気を纏っているように見えたのは自分が殺気立っているだけで、この少女の言うように自分が集中しすぎていて周りが見えていなかっただけかもしれないと小さく反省した。


 この少女はどうも嘘などの駆け引きなどは苦手なようで、顔に何も知らないと書かれているくらいに不思議そうな表情を浮かべている。


「悪い、知らねぇなら聞き流してくれ」


「じゃあ、そうさせてもらうよ。ところで貴方とっても強いのね? 私のボディーガードとか興味ない?」


「——はぁ?」


 いっそのこと刺客であった方が御しやすかったと震える声を出す飛彩。

 深夜に頭がお花畑なメルヘン女に絡まれる想像などしていなかっただろう。


 こういう相手をどう制すればいいのか分からなくなった飛彩は辿々しい口調で申し出を断る。


「い、色々忙しくてな……」


「たまにでいいんだよ?」


「そういう問題じゃないだろ。そもそもなぁ、お前の名前だって知らねぇんだぞ」


 苦手なタイプだと思っていたが一つの異変に飛彩は気づいた。


 今となっては女性陣に囲まれている飛彩だが、そもそも会話は苦手な方で凶暴な性格が災いし同性の友人を作るのも一苦労なのだ。


 気味が悪いと思いつつも平然と美少女と言える存在と何故話しているのか、と飛彩は目を細める。


「——慣れたのか?」


「一人で何ぶつぶつ言ってるのかしら?」

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