「はえ〜、でしたらフルーツとかの方がよかったですかねぇ」
「——私のミスだ。皆、ケーキを食べれば喜ぶと思って……」
手前にチーズケーキを運び、友人達とケーキを食べる青春度の高いイベントを楽しもうとしていた春嶺は桃色の明るい髪と裏腹に暗い影を落とす。
「い、いいのよ春嶺ちゃん。明日の練習メニュー五倍にすればいいだけだから」
「涼しい顔して何言ってるんです!?」
レスキューワールドの鍛錬項目を決めているのは実は熱太ではなくエレナなのだ。
誰よりも厳しいメニューを涼しい顔をしてやってのけるだけあって、己のカロリー摂取も惜しまない。
「たまにはこうやって息抜きする日も必要よ?」
「ぅぅ……明日が憂鬱です……」
「気分暗くしてる場合か。ヒーローならいつでも笑っとけ」
鋭い視線で春嶺に睨み付けられたことも忘れたのか、甘いものを求めて飛彩は残っていたモンブランを鷲掴みにした。
女子達のあっと驚く眼差しを物ともせずに一口で胃の中へと送り込む。
「たまには甘いもんもいいな」
「隠雅飛彩、他にそれを食べたがっていた人がいたかもしれないのに……」
「お前は気を遣いすぎだっつーの」
「貴様が気を遣わなすぎるんだ」
一触即発の雰囲気の中で呑気にモンブランを咀嚼する飛彩は、出入り口を見つめる。
話を逸らすというよりかは何かを気にする素振りを見せていた。
「何を気にしている? 追加の食事は来ないぞ?」
「いや、あの戦いに出たヒーローが全員来てるんだからクラッシャーって野郎も来るんじゃねぇかと思ったんだがな」
誤魔化す気持ちなど微塵もなく、本当にふとそう思っただけの飛彩だったが短くなった髪を逆立たせる春嶺は前髪の切れ目から鋭い眼光を覗かせた。
「そんなことでモンブランの恨みはごまかせないぞ……」
「お前が食いたかったのかよ! わ、悪かった悪かった今度奢ってやるから食いに行こうぜ」
何気なしにモンブランを食べてしまったことを後悔せざるを得ない飛彩は苦々しい表情でいながらも蘭華の機嫌を損ねてしまった時の対処法を見せつける。
「わ、私とケーキを食べに行くだと……!?」
異性として飛彩を意識しない春嶺だが、男子と二人でカフェに赴くという青春度の高いイベントに心がときめく。
刺々しい少女の弱点は、欲していた青春度の高い事柄なのだろう。
「モ、モンブラン一つでは済まさんぞ……」
上目遣いのような形で飛彩を見上げるが、相変わらず前髪でその瞳は隠れていた。
しかし少女達は乙女の機微を一早く察知して名乗りを上げていく。
「え、じゃあ私も!」
「カクリも!」
「わ、私も……いいですか?」
「なになに? 皆行くなら私も行こっかな〜」
「おい、奢るのは天弾だけだからな!」
その騒がしい様子を冷静に見つめているエレナは日常を忘れないこのどんちゃん騒ぎが何よりも大事なことと思えた。
「こういう何気ない日常を私たちは守っているのよね」
「ああ。そして俺たちにも帰ってくる場所があると教えてくれる」
ストイックに鶏肉を頬張り続ける熱太は食事が栄養摂取という目的に変わっており、真剣な様子になっている。
声がデカい天然な男だと飛彩は感じているが、戦いのために冷静に自己分析が出来るクレバーさも持ち合わせているのが熱太の強みなのだ。
「エレナは飛彩に奢ってもらわなくていいのか?」
「私は……熱太くんに奢ってもらおうかな? 後輩にたかるわけにはいかないし?」
妖艶な笑みを見せられつつも熱太は平然とした様子で肉を食べ続けていた。
自分のこととなると飛彩以上の鈍感さで首を傾げる。
「ん? まあ、かまわんぞ?」
「——もうっ」
大人びたエレナも熱太の前では少女に戻るということか。
なかなかうまくいかない自分の恋路を蘭華達に重ね、互いに難儀な相手に恋をしてしまったなと心の中でため息をついた。
騒がしい食卓はのちに飛彩が全員分のケーキを奢ることが決定する騒動もありつつ、全員お腹も膨れたのか落ち着いた様子に戻る。
「ふー、メイさんは美味い店知ってるんだなぁ。今度は持ち帰りじゃなくて直接行ってみるか」
「次の祝勝会はそれで決まりね」
どこか気の緩んだ空気がありつつも、今日くらいはいいだろうと全員が流してしまう。
水を差すのも悪い、そう感じてしまうのも若い飛彩たちには仕方ないのかもしれない。
「結局クラッシャーの野郎は来なかったな」
「やつは寡黙だからな。俺なんて何度声をかけても無視されているぞ」
「あー、いや、無視する気持ちはわかる」
「ちょっと待って! じゃあ熱太さんはクラッシャーの素顔を見たことあるの?」
冷酷な飛彩のツッコミを遮るように蘭華が身を乗り出した。
素顔を明かしたことがない新ヒーローの情報は確かに気になるものだろう。
「いや、あいつはいつも仮面をかぶっていてな」
「変身後の姿じゃなかったんだアレ!」
素っ頓狂に驚く蘭華だが、情報を集めることを生業としている節もあるゆえにそんな情報が入ってこないことにも驚いた。
常に隠密で行動する訓練でもするためにむしろ目立つ行いをしているのだろうかなど様々な憶測が飛び交う。
「あいつは首から下は私服でも顔は白銀のマスクをかぶったままさ」
「ダッセーな。むしろ目立つだろ」
クラッシャーというヒーローが常にマスクをつけていることをバッサリと一刀両断する飛彩は集団から離れた位置に座り直し、テーブルに足を乗せる行儀の悪さを披露していた。
とはいえ、流れるような投擲攻撃は一朝一夕の努力ではないことを飛彩は見抜いている。
そして、この場に訪れない理由も知り合いがいないからなどという庶民じみた理由ではないことにも気づく。
「それにこの会にも来ない理由だが、やつはいつも……」
「あー、それ以上はいいよ。言わねーで」
その先の言葉に気づいてしまった飛彩は、祝勝会だなんだと浮かれていた自分に嫌気が刺したようで勢いよく立ち上がった。
「腹もいっぱいになったし、今日は解散しようぜ」
「え、ちょ、ちょっと飛彩くん!?」
お開きという空気ではなく少し刺々しい雰囲気が出てしまう中、ホリィが飛彩を追いかけようとする。
「あ……」
手を伸ばしたときにはすでに食堂から出て行ったようで、ホリィの掌は虚空を撫でるだけに終わった。
「まあまあ。クラッシャーに嫉妬しちゃっただけよ。放っておきなさいって」
「どーゆうこと?」
心の機微を読みきれない翔香の声に、まだまだ飛彩への理解が足りないと蘭華が先輩風を吹かせながら語り出した。
「ま、クラッシャーは今頃、浮かれずに鍛錬してるって思い込んじゃったんでしょ」
「えー? 思い込みだけで? 隠雅って結構変なとこあるね」
口を噤んでいた熱太は瞳を閉じて腕を組んでいた状態のまま静かに語り出した。
己の口でクラッシャーの説明をしながらも飛彩の考えていることに気づき、今すぐにでも鍛錬したいという気持ちに駆られているのかもしれない。
それに耐えるように強く腕を組む熱太は、冷静であろうと心掛けているようにも見える。
「実際そうだろうな。やつのそういう姿勢は見習うべきところもあるが……」
しかし日常にいると自覚することも大事な修行だと悟っている熱太だ。
ただ、それでも焦燥感にかられる気持ちは理解できた。
とはいえ、レスキューワールドのリーダーとしてどっしり構えていなければならないこともあり、再度個人の意思で好き勝手に動くことは出来ないと心の中で己を戒める。
「そこまで深く考えてないと思いますよ? 飛彩は単純に負けず嫌いなだけですから」
「さすが蘭華さん。幼馴染は伊達じゃないですねぇ〜。もはやストーカーの域です」
頬杖をついて嫌味ったらしく呟いたカクリの一言にも自慢げに胸を張っている。
もはや重症だとカクリがため息をついた瞬間、ホリィが椅子を倒しながら駆け出した。
「——でも、こういう時は側にいないとダメな気がします!」
全員に一礼した後、素早く踵を返して駆け出したホリィは金色の髪をなびかせて光の軌跡を描くようにして走り去っていく。
「わ、分かってないわねぇ。飛彩はこういう時は一人に……」
「あっちの方がヒロインっぽいけど?」
少女漫画思考な春嶺の何気ない一言が蘭華の自尊心を串刺しにし、テーブルへと突っ伏させた。
数秒かけて深く息を吸い込んだかと思えばテーブルを飛び越す勢いで蘭華も駆け抜けていく。
「待ちなさぁぁぁぁい!」
一瞬にして食堂の外に消えていった二人を眺めていた熱太は大笑いしながらことの顛末を見守る。
「翔香ちゃんとカクリちゃんは追わなくていいの?」
同じように飛彩を思う少女たちに素朴な疑問をぶつけるエレナだが、少女たちにはそれぞれの思惑があるようだ。
「んー、隠雅の気持ちがすっごくわかるっていうか……考えたら私も特訓したくなっちゃいました!」
「カクリはもっとスマートな方法で追いかけますので。失礼します」
座っている席の真横に異空間への扉を開いたカクリはスカイダイビングをする時のようにふらりとその中へと消えていった。
メイの技術力を使って場所の特定でもするのだろう。
「解散ですね! 私たちも修行です! さあ、行きましょう!」
飛彩の行動にこれだけヒーローが振り回されるのだから、もはや飛彩は皆の中心になっているのだろう。
ガラじゃないと言いつつも、皆が飛彩を頼りにして目標にしている。
いつしか自分は飛彩を追いかけているだけなのでは、と脳裏によぎった熱太は頬を叩き勢いよく立ち上がった。
「全く、俺より熱い奴らだな! よし、特訓だ!」
「え……私も付き合う流れになってる?」
巻き込まれるようにして春嶺も熱太たちに連れ去られ、食堂はあっという間にもぬけのからになり食べ散らかしたままなことで誰かがとばっちりを受けるのは間違いない未来となる……
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