【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

悪の祖

公開日時: 2020年9月3日(木) 19:04
文字数:3,506

「司令官! もうわけわかんないんだけど! 飛彩がめっちゃ強い! な、何あれ!」


 耳をつんざくような蘭華の叫びに黒斗は怒号を飛ばす。


「知らん! 私も把握していない! とにかく飛彩のアシストに集中しろっ!」


「メイさん、何か知ってるんですかぁ!?」


「……私はあの子の能力を前から知っていたわ。いつかこうなることも知って」


 悲しそうに話すメイは、近くにあった椅子に深く腰掛ける。


「インジェクターはあの子の力を抑えるための薬、あの力は人間の身には余るわ」


「で、でも! あんなに強いんですよ! あのヴィランだって!」


「勝てるかもしれない……でも、飛彩もただじゃすまない」


 通信機越しに聞こえていた飛彩の能力『封印されていた左腕オリジンズ・ドミネーション』それと、敵の攻撃を吸い込んでいるかのような状態に、メイは独自の見解を述べる。


「飛彩の能力は悪の祖とも言える……悪の力を支配下におく、最強の力」


 悪の祖、という言葉に黒斗やメイは困惑する。

まるで人間ではなくヴィランのようなメイの物言いに。

そんな憂慮する司令室を余所に、飛彩はギャブランを圧倒していた。



 展開から発生した左腕だけでなく全体的に上昇した身体能力が多彩な攻撃を生み、何度も何度もギャブランを地に伏せさせた。

憤慨するギャブランは弱者と侮っていた人物に簡単に組み伏せられる現実が許せずに賭けを乱発し猛攻を繰り出す。


「お前は私の攻撃を避けられん! 私は表に賭ける!」


勢いよく飛彩の顔面へと飛んでいく闇のコインは、靄となり左腕へと消えていく。


「もう賭けなんかが成立すると思うなよ」


 そう言って逆に飛彩は闇のオーラで作られたコインを弾き出し、ギャブランの兜の隙間目掛けて投げ飛ばした。

寸分狂わぬ投擲は賭けも何も発動しない。

命の奪い合いという極限の状況で、ただコインを投げつけただけという最上級の挑発にギャブランも冷静ではいられなくなった。


「殺す……最大級の苦しみを味わわせてなぁ!」


「便利な能力だが」


動揺するギャブランの懐に潜り込んでいた飛彩の目にも留まらぬ大振りの拳が一直線に解き放たれた。


「もう俺の支配下だ」


「グファッ!?」


 腹部への攻撃で、くの字になったギャブランの背中に素早く肘打ちが突き刺さる。

吹き飛ぶギャブランより早く移動する歩法は闇に溶ける影を移動するが如き速さ。

鋭い針のような一撃にギャブランの硬い装甲にわずかな亀裂が入る。

呼吸器など存在するはずもないギャブランですら、肩で息をするような状況だった。


 対する飛彩は完全回復の勢いだが、世界展開で体を無理やり動かしているにすぎない。

流れ込んでくるギャブランのエネルギーを耐えながら戦っているのだ。


「とんだ伏兵だ。ホーリーフォーチュンさえ殺せば良いと思っていたが……」


「なんだと?」


 苛立つ飛彩を余所に、強大な敵に狙われている事実を再確認したホリィは奮起した。

自分を殺すほど警戒するのなら、自分の能力が必ず戦いに役立つと。


「待っ、てて……!」

 息を整えた様子を見せるギャブランは、展開を大きく広げ世界を圧倒した。


 領域を狭めていた時と同じくらいの濃度で広がる世界展開リアライズ

これがギャブランの怒りがもたらす限界突破。

ヒーローが想いで強くなるのなら、ヴィランもまた想いの力で強くのは道理だろう。

その想いが正義によるものか悪によるものか、質はどうあれ覚悟は戦士を作り変えるものなのかもしれない。


「お前は必ず殺す! 人間共が我が領土を奪うような芽は即刻摘み取らねばならん!」


 賭けの能力がなかったとしても、ギャブランの格闘術が消えた訳ではない。

むしろ攻撃に専念するようになったが故に、多種多様な駆け引きで飛彩を惑わせて着実に傷を負わせていく。


「ごはっ!? くそ、こっちは生身だぜ?」


 飛彩から放たれる世界展開リアライズがあるとはいえ、そもそもの耐久値がギャブランとは大きく異なる。

もはや飛彩には少しのダメージでも無視できないほど大きくなっていた。


(ちっ、せっかく押せてるってのによぉ!)


「能力は支配できても、この私までは支配できなかったようだなぁ!」


 そんな二人の間に割って入るようにホーリーフォーチュンの展開が混ざり合う。

発生したヴィジョンが飛彩とギャブランを大きく引き離す形で発生し、強制的にその未来へと向かった。


「何っ!?」


 大きく攻撃を空振りしたギャブランは土壇場で進化したホリィを睨みつける。

兜の奥が赤く光り、怒りを露わにしているのが丸分かりだった。

対する飛彩はホリィの真横まで移動させられている。


「飛彩くん、無茶しすぎです……いくら強くてもまだ訓練生なんでしょ? こういうのはヒーローに任せてください」


「——はっ、おめでたい奴だなお前は」


「な、何ですか? せっかく助けてあげたのに」


 これが飛彩の素なのか、と理解したがそこまでホリィは嫌悪感を抱かなかった。

未だに護利隊に影から守られていることに気づけないのはお嬢様育ちが原因なのだろうか。


「そんなことより、ここから私が代わります」


「立ってるだけでも精一杯だろ? ふざけるのも大概にしろよ」


「飛彩くんには……ずっと助けられっぱなしなんです! いや、忍者のヒーローさん!」


ここが恩を返す時だと意気込むホリィだが、飛彩はため息をつきながらホリィの頭を撫でた。


「言ったろ? 会う資格がねぇって」


 あの言葉は飛彩の心情そのものだったとホリィはすぐさま理解した。

忍者のように陰ながらヒーローを守ってきた自身がヒーローに憧れられるなど、あり得ないと言わんばかりの様子の飛彩にホリィは口を閉じた。


「だから待っててくれ」


「えっ?」


 蘭華やカクリが血涙を流しながら見守っているとも知らぬ飛彩は、そのまま言葉を続ける。


「お前がすごいって言ってくれたように、俺もお前がすげえと思っちまった。腐りたくなるような環境に負けず、ヒーローになったお前を」


真剣な告白のような状況。なんと飛彩は戦いの最中にホリィも顔を赤らめた。


「お前も、熱太も……刑だって、めっちゃすげぇって認めたくないだけで理解してた」


 燻っていた気持ちをやっと届けた後に、飛彩は再びギャブランへと展開を広げる。

初めて使う能力だというのに長年の相棒と言ったような様子だった。


「俺は、ヒーローになれなくてもいい。ただ、胸張ってお前に会える、熱太に会える、皆の前に立てる、そんな俺になりたかった」


「いつまで無駄口を!」


 音を置き去りにするほどの飛び蹴りを軽々と左手で払い、ギャブランを瓦礫の山へと吹き飛ばす。

此処一番で冷静な飛彩は広い視野で戦況を把握していた。

ここまで冷静に戦えた経験はない、と飛彩は改めて世界展開の凄まじさを体感する。

そして想いの強さというものも。


「ただ、世界を救うのはガラじゃねぇ、人前に出るのも嫌いだ。俺が希望ってのも変だろ?」


 わざと目つきを悪くする飛彩にホリィは笑ってしまった。

ヒーローでもない守る対象だった飛彩に完全にペースを握られていることを恥ずかしがりながらも、ホリィは初めて人を心の底から頼れたような気がした。


「だから、そういうのはお前たちに任せる。俺はそんなお前たちを全力で守るからよ」


「ふざけるな小僧ぉぉぉぉぉぉ!」


 再び勢いよく突撃するギャブランだが、ホリィの未来確定能力で飛彩に懐に潜り込まれてしまう。

その交差は、時間にしてはあまりにもわずかなものだったがギャブランに走馬灯を十分よぎらせるものだった。


そして飛彩には勝利を確信させる。


「勝利の女神がやっと微笑んでくれたみてぇだな」


「じゃあ、決めてください。ヒーローのヒーローさん」


「ああ。何もできなかった俺の拳は……」


 一気に凝縮された展開が、左手一本にだけ集まりギャブラン自身も吸い寄せられるように動いた。

炸裂するカウンターパンチが兜の中心へとめり込み、崩壊の音色を奏でた。


「今なら届く!」


 鎧が砕け散りながら、空中へと飛び上がっていくギャブランへと一瞬で追いついた飛彩は悪のエネルギーを吸い取りながら今まで支配下に置いてきたものも全て拳にのせる。


「ぶっ飛べ、クソ雑魚がぁぁぁぁ!」


 すでに入っていた亀裂が暴走をはじめ、ギャブランを終焉へと走らせていく。

さらにひび割れた心臓の位置へ叩き込まれた追撃。

それと同時にギャブランの鎧に走ったヒビから崩れ去っていく。

そこから漏れ出すギャブランがギャブランたるための源も全て飛彩に吸われていった。


「くっ!?」


「そうか、それもそうだな。ただの人間が私を完全に支配下に置くことなどできまい」


 壊れた鎧から聞こえるか細い声。

ギャブランの言う通り、飛彩はギャブランから流れ込んでくる悪のエネルギーに悲鳴をあげて吸収を中断してしまう。

これがメイの危惧していた限界か。


現に、飛彩は身体に劇毒を吸収しているようなものなのだから。

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