少しでも飛彩の女性の影を作りたくない二人だからか躍起になって牽制の言葉を吐き続ける。
屋上の暴風にも負けない少女たちの高音は通信機ではなく生の音声のように聞こえてしまっていた。
「とにかく下に降りるぜ」
「パーティーの出席準備してるだろうからクローゼット系は危険よ? 深追いは禁物だからね」
「わかってる。俺だってこんな真似したくねぇからな。他の証拠があるならそっちで探す」
生活階層であるが故に三十四階層から三十一階層をつなぐ専用のエレベーターが存在していた。
とはいえ、今タイミングで一階ずつ降りる行為が不審に思われる可能性が高いことから、階段を探していく。
「ったく、返事くらいしろよなホリィ……あいつが今何階にいるか分かれば楽なのによ」
「そうね。ここまで連絡を絶ってることを考えると今は奪還作戦の熱りが冷めるまで軟禁状態なんだと思うわ」
「——本当に人の親なのかよ……!」
怒る気持ちを抑えつつ下の階へと移動する方法を探すために奔走する。
パーティーという名の人の出入りがある間が作戦時間の限界だ。
それを超えてしまえばこの階層にも使用人たちが現れ出すのも時間の問題だ。
「蘭華、なんとかしてホリィがどこにいるのか探ってくれ」
「任せて任せて」
頼みつつも飛彩は先ほどと同じ最終手段に手を出すしかないという予感を抱きつつ、下への道を探し続けるのであった。
「わ、私……本当にパーティー出なくていいのかな? ヒーロー本部の人も来るだろうし……」
「気にしないで。ゆっくり休んでなさい」
「ま、お姉ちゃんの分まで私たちが楽しんできちゃうけどねぇ〜!」
「言い訳はお父様がしてくれるわ」
妖艶に微笑むホリィの姉。
そして無著に笑うホリィの妹。
二人はホリィのいる階層、三十一階層のエントランス部分にて談笑に花を咲かせていた。
微笑ましい姉妹の会話に見えつつも、父親がホリィを卑下するせいで娘たちにも完全にホリィは下の立場なのだという考え方が染み付いてしまっている。
「うらやましいわ。変に失敗しないで済むじゃない」
悪意のない悪意を振りまく天然な姉、マリアージュ・センテイア。
「お姉ちゃんが失敗したら私の評価まで下がっちゃうから来なくて安心したってとこかな」
無邪気な笑顔を浮かべながら悪意をこれでもかと突き刺す妹、ライティー・センテイア。
この二人こそホリィの自己評価を下げ、家庭を苦しみの巣に変えている父親を助長している存在である。
現にマリアージュはセンテイア財閥の重役に上り詰める才覚を持ち、ライティーは中学生ながらも様々な方面で論文を書き上げる天才だ。
ホリィも勉学や運動でも天才と呼ぶにふさわしいものを持っているがあくまでもそれは凡才が手に届く範囲の才能だ。
その点、マリアージュとライティーは生まれ持って別格な力を持っていると言えよう。
ヒーローとしては類稀なる才能を持っていたホリィも平時では間違いなくこの家にとって足手まといでしかないのだ。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くから」
「パパに気に入られるまで頑張ってお留守番しててね〜! ま、永遠にお留守番かもしれないけど」
煌びやかな姉妹とは対照的に、ため息に取り巻かれて曇り続けるホリィは自分の階層である三十一階層の客用エントランスの場所に残り続けた。
「みんな、どうしているだろう……」
飛彩たちの読み通り、スマートフォンなども奪われてしまい外界との情報を遮断されてしまっている。
ほぼほぼ軟禁状態と言っても過言ではないホリィの心の孤独は絶頂に達していた。
折れそうな心を飛彩たちとの思い出が支えるが、家族の毒があまりにも強く傀儡のヒーローになれと悪魔が囁いてくる。
「私はセンテイア家の次女、ならばやることは決まっている……のに」
家のため、ある意味では世界よりも家名を優先するという気持ちで始めたヒーローもいつしか本当に世界のために戦うという意味合いに変わっていった。
たくさんの救わなければならないものがあると知ったからからこそ、奪還作戦を提唱したホリィは完全に迷える子羊となのしかっている。
だからこそ飛彩にヒーローになれと言われれば従おうと思い、家族に傀儡となれと言われれば従おうと思ってしまうほど意思がすり減っている。
そこで一台のエレベーターがこの階層へと到着した。
家族の出番も近い中、誰が訪れるのだろうとホリィが思案していると扉がゆっくりと開いた。
「あ……スティージェン? お父様の警護では?」
そこから現れた男は身なりはきちっとしているも疲れた表情と疲れを携えたスティージェンだった。
「はい。その一環で、お嬢様をお迎えにあがりました」
「えっ、じゃあ……?」
「天の間へと向かいましょう。きっとお嬢さんたち全員を改めて紹介するつもりですよ」
パーマがかった頭を気怠そうに掻きながら歩いてくる様子は執事とは思えぬ様相だが、ホリィは心の中に喜びが満ちていくことを自覚した。
(やっぱり、お父様は私を認めてくださって……!)
センテイア家としての礼儀作法は全て会得したつもりのホリィはすでにパーティーの準備を終えており、自身満々にソファから解放される。
「お姉様もライティーも知らないんですよね? ふふっ、二人とも驚くだろうなぁ」
迷える表情が吹き飛んだことは今まであまり関わりを持とうとしてこなかったスティージェンでも理解できた。
「よかった……私、今のままでもいいんだ」
故に少女の迷いを認識した瞬間、初めてホリィに対し苛立ちが湧き上がっていく。
他の使用人たちはホリィが見下されているから自分も見下していいと勘違いしている哀れな存在だった。
しかしスティージェンだけは接する必要があった際に真摯に対応してきた過去がある。
この数秒の会話で、その理由をスティージェンは思い出した。
そして、心の奥底で苛立ちとなったそれをゆっくりと呟く。
「——お嬢様は私と似ている」
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