離れた位置で拳を構え直すも、消極的な防御の構えからか今度は飛彩が爪や翼、さらには尻尾の縦横無尽な攻撃に苦しめられる。
範囲の大きい尾を振った攻撃が飛んできたかと思えば、その遠心力を利用して通常の跳躍よりも速く間合いを詰めていく。
「恐怖を拭き剥がすのが追いつかないよ!」
「ララクはそれに集中しろ! 刑たちも心配すんじゃねぇからな!」
生きることをやめさせてしまう防御壁を張っている鎧龍がララクの祈りを振り切ってしまえば命奪の雨を飛彩たちに降り注がせるだけだ。
それら全てを避けていく飛彩だが、集中力にも限度というものがある。
恐怖と焦りに意識が裂かれてしまう中、飛彩の眼前に翼で隠して近づいていた尻尾の刺突が襲い掛かる。
(しまっ——!)
「ララク! 合わせて!」
それはまさに阿吽の呼吸。
声が聞こえると同時に尻尾の展開を剥がしたララクと、そこに向かってセミオートの狙撃銃を連射していた蘭華。
寸分狂わぬ射撃により尻尾の起動は頭一つ分押し出されるように逸れていく。
「蘭華! ララク!」
「アンタがヒーローを守ってる間を守るのは私の仕事なんだから! さあ、ボケッとしてないで追撃して!」
「——ありがとな!」
背中を押されるような援護で再び視界がひらけた飛彩は獣の反射神経と敏捷さを超え、まさに龍の領域へと踏み込むような猛烈な練撃を開始する。
ララクも全ての力を振り絞り、鎧龍の背中側へと致命の展開を押しとどめさせた。
「何故だ! 貴様らは何故諦めぬ! 恐怖に屈するのが人間であろう!」
「人間は弱いからな……すぐ楽な方に逃げたがっちまう」
左手の鋭い手刀を手足の関節に突き刺して機動力を奪い、動体への度重なる攻撃で亀裂の入り始めた部分に素早く左の正拳突きが炸裂する。
「だが、強くあろうと立ち向かうのも人間なんだ!」
「グヴァハ!?」
流れるような攻撃の中で勢いよく回転して放たれた左ストレートが鎧龍の側頭部へと炸裂する。
大きくよろけた鎧龍はララクの展開操作がなくとも身に纏う障壁に乱れが生じていた。
その絶好のチャンスに呼応してか刑の展開力が飛彩や鎧龍のそれを遥かに上回る形で畜力を完了させる。
「最高の時間稼ぎだ!」
「最高の褒め言葉だぜ! ぶちかましてやれ! 刑!」
銀色の展開力が迸った刹那、飛彩が深緑の展開で蔦を発生させて動きを縛ろうと全方位から襲いかかった。
恐怖の展開ですぐさま朽ちていくもののその場に数秒でも足止めすることに大きな意味がある。
地面を走る銀色の展開が形絵を変えて刑から一直線に鎧龍を捕らえた。
「こ、この展開は!」
「もはや処刑場から逃げることは許されない! 大人しくあの世へ行け!」
再び首を差し出すように両膝をつかされた鎧龍は刑の展開によって鎖に繋がれた死刑囚となる。
もがくように見上げた空中には巨大な銀色の雲が立ち込め、そこから巨大な断頭台の刃が姿を現す。
「これは地獄の王が罪人を引き裂く最上級の処刑だ……主君を裏切り、世界を脅かそうとした君にはふさわしいだろう!」
巨大隕石のような規模で振り下ろされた断頭台の刃が空を切り裂きながら一直線に鎧龍へと落下する。
「獄鏖皇の天刑!」
刑が鎌を振り下ろすと同時に勢いよく地表へと落下した刃は凄まじい火花を散らしつつも鎧龍の両手で受け止められてしまった。
威力の余波が砂地を吹き飛ばし、煙幕のように全員の視界を奪っていく。
視界を両手で覆う刑以外の一同だが、まだ鎧龍は死んでいないことだけは理理解出来ていた。
「飛彩くん! こっちも準備出来ました!」
「隠雅! 視界をお願い!」
「任せておけ!」
刑の援護に回るために天高く振り上げた右足を展開力を高めながら地面へと叩きつける。
相撲でいう四股の動きだが、その効果は絶大で飛彩を中心に渦を描くようにして砂埃は消えていった。
そこでは鎧龍目掛けて展開力をさらに注入している刑と受け止めつつ攻撃を消滅させようと抗う者の二人の戦いが拮抗する形で続いている。
その熾烈な戦いには弱ったララクではもはやどうすることも出来ずに、うつ伏せで倒れ込んでいた。
ホリィたちの攻撃が来る前に飛彩はララクを小脇にかけて一気に住宅街の蘭華たちが攻撃を構えている方へと跳んでいく。
「準備完了だ!」
「外側からの攻撃は刑さんに任せます! 蘭華ちゃん! 力を貸して!」
「え? 私!?」
春嶺から借りている狙撃銃しか持っていない蘭華は自分の出番はもうないと感じていたがゆえに素っ頓狂な声をあげる。
「私たちの力を全て一発の弾丸に注ぎ込む。それに集中しなきゃならないから、攻撃は蘭華にお願いしたいの」
ヒーロー二人に頼られるとは思っていなかった蘭華だが、それが勝利に繋がるのならとプレッシャーを押し除けて頷いた。
すぐに寝転んで狙撃体勢をとる蘭華の弾倉にホリィと春嶺が全ての展開力を凝縮していく。
迸るエネルギーを感じる二人は一般的な能力しかない蘭華にこんな震える銃口で攻撃を任せるしかないのか、と申し訳なく感じてしまうほどだった。
「わかった。二人は展開力を高めることに集中して」
恐怖に怯えていた蘭華は存在せず、ヒーローたちも頼もしさを覚える。飛彩が人間離れした力を発揮するのならば、隣に立つために自分も限界をいくらでも超えてやろうという気概が染みついているのだ。
「私は……いつでもいけるから」
スコープ越しに見つめる鎧龍の心臓部位。
この戦いはヴィランを救おうとする戦いだと、引き金に指をかけながら蘭華は思った。
ララクを助けても組織内に禍根を残すということもわかる。
冷静に考えればララクを救おうとする飛彩もホリィも普通ではないと非情な計算も出来ていた。
しかし、それは護利隊員であればの話だ。
「無理やり連れてこられたんじゃない! 私は友達を助けにきただけ!」
その場で上空へと立ち込めていたホリィと春嶺の展開が一気に蘭華の狙撃銃の中へと消えていった。
引き金を引くと同時に真っ白な弾丸が螺旋を描いて一直線に跳んでいく。
その威力は狙撃銃の銃口を全壊させ、反動で蘭華を後方へと吹き飛ばすほどだった。
跳んでいく弾丸にも展開に集中させるホリィと春嶺はあえて蘭華を助けずに己の職務を全うする。
それはもちろん、ヒーローの戦いを援護する存在がいるという確固たる信頼があるからだ。
吹き飛ぶ先には瓦礫や鋭い破片で満ちた廃墟街だ。
いくら強化スーツも着ていない蘭華では一瞬のうちに肉片になってしまうだろうが、そんな未来は飛彩がいる限り訪れることはない。
「——流石だぜ蘭華」
「アンタの相棒やるんだからこれくらい出来なきゃね」
柔らかく抱き留められた蘭華は自分の弾道へと顔を向ける。
お姫様抱っこの形になる中で、未だに刑の攻撃と力比べを続ける鎧龍は何も起こっていないかのように踏ん張り続けている。
外したのかと表情が曇る蘭華だが、未だに決死の表情で展開を広げているホリィと春嶺の後ろ姿を見他ことで攻撃の着弾を確信する。
「何不安そうにしてんだ。間違いなくあいつの心臓に着弾したぜ」
「——は〜、よかった、実はプレッシャーが凄すぎでさ……」
と、蘭華が安心した瞬間、鎧龍はその場で力なく片膝をつく。
ホリィと春嶺は自らの手から離れた極大の展開力を小さな弾丸の形に押しとどめて暴発を防ぎ続ける針に糸を通すような繊細な展開コントロールを要求されていたのだ。
「春嶺さん!」
「こっちが合わせる!」
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