部屋を出た飛彩は一人廊下を進みながら、再び沈んでいた。
少し年上の女性から応援されただけで心が軽くなった自分を恥じた。
「結局、何も解決してねーしなぁ」
いくら強くなってもヒーローになれるわけではない。
だが所詮広告塔のヒーローならば、誰でもいいではないか。
強い自分がなってもいいではないか。そんな子供じみた発想が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
「俺と、アイツらの違いってなんなんだろーな」
人々に与える安心感もカメラを通して作られた虚構。敵を圧倒する力も世界展開を使った虚構。色んなものが偽物にもかかわらず、そんな偽物の希望になることすら叶わない自分。
ヒーローと自分の違い、これを真に理解出来ない限り、飛彩はあの日亡くした人類の希望に代われていない。
答えは見つからぬまま、すでに十年は経とうとしている。複雑な感情を抱いたまま、待機室に戻ると小綺麗にまとめられた自分の荷物を見つけた。
「蘭華か……世話焼きやがって」
素早く着替えを済ませていると、一枚の紙切れに気づいた。それはヒーロー試験の推薦書に重なるように仕舞われている。
『土曜のヒーロー試験。忘れないでよね』
ちょうどその時、メイの言葉を思い出した。色んな人が自分を見ている、と。
常に自分と戦ってきた最高の相棒のことを思い出し、好物のミルクレープでも買って帰ろうと考えるのであった。
「俺とアイツらの違い……間近で見せてもらおうじゃねーか」
地獄のテスト週間を戦う時以上の気迫で潜り抜けた飛彩は万年補習から初めて抜け出す。担任も泣いて喜ぶほどだった。
そして、ヒーロー試験当日。ほぼ飛び入り参加に近かった飛彩は受付からも不思議な目で見られたが、レスキューレッドの強い推薦ということでそれもすぐに消えていった。
会場は秘密裏の試験会場としてヒーロー本部が保有している様々なレクリエーションが行える市民センターのような場所だった。到着した途端にかかってきた電話をすぐにとる。
「んだよ熱太かよ」
「今日は試験日だったよな! 頑張れよ! 俺も今、応援にかけつけている!」
「だぁー! 絶対小っ恥ずかしい思いするだけだからやめてくれ!」
「恥ずかしがるな! 応援は素晴らしい力になるぞ!」
「やめろ! 絶対くんな! ……くそ、切りやがった、あの野郎ふざけやがって」
大声で電話しいていたこともあり、白い目で見られた飛彩はそそくさと端の方へと消えた。
体育館のような場所で周りの受験者をゆっくりと眺める。
筋骨隆々とした猛者が多いが、敵になるとは感じていなかった。実戦に出たこともない小物、それが率直な感想である。
「けっ、こんな奴らがヒーローになれるのかよ」
ざわつく会場で、そんな独り言は霞んで消えていく。そこにとうとう試験官が現れた。
「どうもー皆さん、こんにちは。今回の試験官を務める苦原刑です」
「現役ヒーローが試験官!?」
ヒーローの登場はさらに現場をざわつかせた。刑の人となりを知る飛彩だけが苦虫を噛み潰したような表情をする。
「驚くのも無理はないか。まあ、落ち着いて聞いてくれ」
低いが安心感を与える声。長く伸びた銀髪の髪から覗く眼光はいつもとは違い、柔和な印象を与える。ただ、まるで値踏みをしているかのような雰囲気は隠せていなかったが。
「ヒーローは人手不足だ。そして、より強いヒーローがこの世界には必要でね」
演劇のような身振り手振り。刑のクールなメディア展開との違いに受験者は皆驚いている。
「僕らのようなヒーローが直接見た方が早い。そういう結論に至りました。まあ、まだ不定期開催だけど、試験官は毎回僕に任されていますので皆さん安心してください」
今までも何度か参加したことのある飛彩はそこまで驚愕はしなかったが、今回はハズレだとため息をつく。
理にかなっている仕組みだが、今回ばかりは違和感と嫌悪感に付き纏われ続けた。
よりによって何故、奴が試験官なのか、と。
刑は説明を一通り終えると、次の会場への移動を命じる。ぞろぞろと列を作って出て行く中で、蛇に擦寄られる恐怖感を飛彩は味わった。気がつくと飛彩は刑に肩を組まされている。
「なーんで護利隊のゴミがこんなところにいるのカナ?」
無視して飛彩は外に出ようとする。しかし、まとわりつく視線が動きを縛る。
「なぁなぁ。無視はよくないぜ。ここはゴミが来るところじゃ……あ、推薦だっけ?」
「そうやって煽るのがヒーローの本性、ですか?」
わざとらしい敬語。この刑という男は何を理由に不合格の烙印を押してくるか分からない。焦りと苛立ちで飛彩の顔は怪訝な表情へ変わる。
「本性も何も、捨て駒のゴミが何夢見ちゃってんのさ?」
「……何だと?」
本来我慢強い方でもない飛彩は普通に試験官の手を振り払った。そんな様子が面白いのか、刑は整った顔立ちを邪悪な笑みで染める。
「僕はさぁ、分不相応な夢見てる奴が大嫌いなんだよ。分かる?」
「試してみるか?」
「ははっ、冗談が上手くなったねー」
今度は長年の親友のような態度で背中をバンバン叩いてくる。飛彩は静かな足運びで拳の届かない範囲へ瞬時に移動した。
すかした腕をブンブン振る刑は、変身前にも関わらず残忍さゆえの妙な気迫があった。
「変身に七分かかるだけあるぜ。重役出勤は態度がでけぇ」
「七分待てば敵は死ぬんだ。別にいいだろう?」
悪びれもしない様子の刑は数少ない護利隊の存在を知るヒーローだ。そして、そこに守ってもらってい
るという意識はない。自分の勝利のために駒が死ぬのは当然と考えているのだ。
「全人類のために戦うんだ。犠牲を払わない方法などないさっ」
「アンタみたいなのが何でヒーロー出来てるのか不思議だぜ」
「顔がいいからね」
こんな男がヒーローでいいわけがない。飛彩の心に宿るあの日のヒーローがそう叫んでいる。
邪悪を認めてはヒーローになれるわけがない、と咆哮を上げようとする。
「待った!」
細身な刑のどこから出たのか分からないほどの大声は受験者全員の動きを止めた。
「試験内容変更だ」
「はぁ!?」
「上から強いられるルールはまどろっこしくていけない。ヒーローに必要な一番必要な資格はなんだと思う? はい、君!」
急に指差された飛彩の近くにいた気弱そうな男は、おずおずと優しさと答えた。いつもの甘いマスクを崩してまで、刑は大きくため息をついた。
「どんな信条があろうと、頭脳があろうと、慈愛の心があろうと! それを押し付けられるのは強者でしかない! ……つまり一番必要なものは『力』だ!」
インタビューでは絶対に答えないであろう現実的な答えに、どよめきが広がる。
「筆記試験を超える頭脳も! ヒーローとしての適性も! 強くなければ意味がない。ゆえに、次の試験に進めるのはこの全員で戦って、勝ち抜いた一人とする!」
ひときわ大きくなるどよめき。
ここまで横暴な試験があるのだろうか、そもそもこれにどう答えるのかが試験なのかと動けないものが多い。
「がっはっは! その方が楽でいい! さすがはデッドエンド!」
そう大笑いするのは受験者の中でも一番の巨体を持つ大男だった。
二メートルを超える身長と鋼の筋肉を備えるその男は臨戦態勢を取り、周りに圧を飛ばす。
「さあ、様子見なんていらねぇだろ? 俺たちにはこの肉体しかねぇんだ!」
周りが気圧される中、飛彩は悠々と歩き出した。
「ああ。テメェの言う通りだ……それに刑試験管、初めて貴方と気が合いました」
わざとらしい敬語を吐き捨てて、飛彩は一目散に駆け出した。
巨漢との距離を一気につめた飛彩は繰り出された巨大な拳を左足で蹴り上げて弾き飛ばす。
「ぐぼぉ!?」
「まずは一人!」
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