「侵攻予定時間に大きな狂いが生じてしまった。あちらの世界が原因かと思ったらこちらだったとはね……まあ、いいわ。ここからは私が指揮を執る」
「おい、俺のこと忘れてんじゃねえのか?」
肘で受け止められた拳をさらに突き出すが、ユリラは微動だにせず重心が傾いた瞬間を狙って飛彩をそのまま投げ飛ばす。
「貴方は後回し。侵攻作戦を優先する」
流麗な動きでの背負い投げだったが地面には叩きつけられずに住居をドミノのように吹き飛ぶ飛彩が崩していく。
「なっ!? 飛彩君が!」
「来たわね……リーダー格が」
装甲車をオート操縦に切り替えたランカは後部座席側にある銃座について飛彩への援護を開始しようと中心地へと爆走する。
「飛彩! 無事? ランクはリージェやララク以下だからさっさと倒すわよ!」
「ちっ、まさかこんなにぶん投げられっとはな……安心しろ、すぐに追撃ーー」
顔をあげた飛彩の視界を埋め尽くしたのは周囲にいた全てのヴィランだった。
熱太と春嶺によって分断されていたはずの戦力が一極集中して飛彩へと襲いかかっている。
「なっ、んだこりゃ!?」
「まともな戦力は彼だけ……あれを止めれば他はただの獲物。そうでしょう?」
少し離れたところでただ指を鳴らしただけのユリラに春嶺は鼓動を早める。
声も出さずに一瞬で離れていたヴィラン達にも指揮を行き届かせ、手足のように操る相手へとマグナムタイプの拳銃を突きつける。
長年の愛機がこれほど心許ないものになるのか、と春嶺は唾を飲み込んだ。
「私はフェイウォン様に仕える殲滅親衛の一柱、ユリラ。司る悪は……『指揮』」
すぐさま春嶺は薄く広げられ、この城下を覆うほどに広げたユリラの展開の意図を悟る。
「展開内にいるヴィランを操れるのね……?」
「展開力を濃くすれば貴方達だって私のお人形よ? でも、そんな価値はないでしょうから、死んでも頂戴」
指先に凝縮した闇弾を春嶺の方角も見ずに放つユリラ。
ありえない軌跡を描いて春嶺に飛んでくる攻撃に、生物でなくとも操れることを悟る。
「ちっ!」
しかし、春嶺も百戦錬磨。
攻撃される直前に相手の行動を全て見切り足元に撃っておいた弾丸を跳躍させて闇弾を弾き飛ばす。
「……あら」
「ただの人間だからと侮るな。隠雅飛彩に差し向けているヴィランの指揮と止めなければ私の相手など不可能だ」
ここで春嶺はあえて煽る。
ユリラは複数人の敵が攻めてきたことに気付いているが人数の詳細まではわかっていない、はずだと。
「面白い子もいたのねぇ。それで前見えるのかしら?」
「よぉく見えるわ。貴方の真っ黒なお腹の中までね」
秘書のスーツのように薄く体に張り付いている鎧は軽装を通り越して布のように見える。
それでも飛彩の拳を弾くくらいの強度があることから変身前の弾丸ではどうにもならないと春嶺は息を吸う。
しかし、自分に引き付けている間に全員で同時射撃すれば装甲を突破出来る可能性は充分にあるとマグナムをもう一丁取り出して得意の二丁拳銃へと移る。
「悪いけど遊んであげる暇はないの……さっさと死んでもらうわ」
背後に回り込み、春嶺の首筋を狙う手刀。その速度と攻撃位置まで読みきった春嶺の銃弾が跳躍して手刀の軌道を逸らした。
「っ!?」
「くらえっ!」
柔軟な肩は自分より高い位置にある顔目掛けて、背中越しにマグナムを放たせる。
無理な姿勢から撃った反動で腕が前方へと振り抜かれる。その勢いを利用して前転し、再びユリラから距離を取った。
眼前で銃弾を受け止めたユリラは不機嫌そうな表情を浮かべて、握り潰した弾をカラカラと投げ捨てる。
眉間にシワを寄せた表情はストレスが溜まっている社長秘書そのものだ。
「二回も想定外な行動……本当に鬱陶しいわ」
「何度でも鬱陶しくさせてあげる。眉間にしわ寄せたままブサイクな顔で死になさい」
「生意気ねぇ」
似合わない挑発の言葉が次々と出てきたことに蘭華も苦笑いを浮かべる。
付け入る隙がない相手を激昂させて隙を生み出すのは下克上の定石だろう。
(それが通じる相手だと良いんだけど……)
その蘭華の心配はすぐに的中する。リボルバータイプのマグナムから放たれた十二発の弾丸は全方位からユリラを襲うものの、回転時の手刀、脚撃、さらには展開力で硬質化した長い髪で弾き飛ばされてしまった。
しかし、春嶺は折込済みだったようでマグナムを投げ捨てて背中に背負っていたショットガンで一気に距離を詰める。
全方位の攻撃故に回転で弾いたことでユリラの視界から春嶺は一瞬消えているのだ。
動く死角に合わせて背後に駆けていた春嶺が銃身の短いショットガンを突きつける。
直撃してもユリラは死なないだろうが封印杭と同じ能力が込められた散弾を浴びれば、弱体化は免れないだろう。
「甘いわ」
背後を見ぬままに溢された言葉と同時に、散弾がユリラを避けていくような軌跡を描いて地面や屋根を穿った。
「まさか、私の弾道も指揮して……!?」
「何が入ってるか分からない物なんて受けるわけにはいかないでしょ?」
瞬時に身を翻したユリラの回し蹴りが春嶺の左半身を襲う。
咄嗟にショットガンで防御したものの、威力を消すことなど到底不可能で春嶺は跳ね飛んでいく。
「ぐあっ!?」
屋根から転げ落ちた春嶺は何とか住居の縁を掴むものの左腕に走る痛みに耐えきれず、真っ黒な地面に転げ落ちた。
「春嶺!」
急ブレーキを駆けて蘭華は進路を変更する。
飛彩と春嶺を天秤にかけさせられたことで顔は苦渋に歪んでいる。
春嶺は落下による負傷は最小限に抑えられたが、ヴィランのキックを受け止めた左腕は飛彩の左足の治療なくしてはまともに動かない。
(ショットガンは壊れたけど腕は動く……でも衝撃でまだ痺れてる)
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