【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

私の道を

公開日時: 2021年1月17日(日) 00:03
文字数:2,173

「ほら」


 相手は目の前にいると言うことは認識できているのに、飛彩はどうしても拳に力を込めることが出来ない。


(どういうことだ……こいつから敵意が感じられなくて、力が込められねぇ!)


「そんなに感情剥き出しじゃ軌道が見えるようだよ、少年?」


 再び柔和な雰囲気を纏うスティージェンは無防備に伸ばされた飛彩の左腕を右手で引っ張りながら密着する勢いだった。

 それでも敵意を感じられない相手に飛彩は迎撃する神経が働かない。


(なんだこりゃ手品か何かか!?)


 思考だけが加速する中、素早く潜り込んだスティージェンの左肘が飛彩の鳩尾へと針のように突き刺さる。


毒山杭ドクザンコウ!」


「ぐぶぅッ!」


 着撃と同時に引かれていた腕も離され、後方に吹き飛ばされた飛彩は盛大に血を吹き出し、白いマスクの内側に鮮血の飛沫が彩られた。


「ああっ!」


 第三者の視点からすれば急に飛彩が動かなくなったように見えたが、それはまるで戦意を失ったかのような動作にも見えていた。


「どうして……?」


 数歩後ずさるようにして吹き飛んだ飛彩は口を押さえてその場に倒れ込む。

 身体の中を駆け巡っていくダメージに気孔や発勁のようなイメージが頭に浮かぶも、痛みですぐにかき消される。


「テメェ、殺気や闘志みてぇなものを完璧に消せるのか」


 息も絶え絶えな飛彩は戦いの最中に感じた感覚を素直にスティージェンにぶつけた。

 その問いを肯定するかのように笑った男は恭しく一礼し、飛彩にしか分からない鋭い闘気をぶつける。


「くそっ!」


 腕で顔を遮るようにして防御した瞬間、罠だということを悟る。

 わずかな隙にも関わらず、飛彩の視界から消えたスティージェンは左へと回り込み肘鉄を脇腹へと打ち込んだ。


「がはっ!」


 紙のように宙を舞う飛彩は壁に叩きつけられ、力なく床へと吸い込まれる。

 それを見下ろすようにして近づいたスティージェンは営業スマイルとでも言うべき優しい表情を飛彩へと向けた。


「ご名答」


「じゃあ、俺の意識から外れちまうのも……」


「達人の域にいてくれて助かりました。この方法が使えるのは本当に強い相手だけなので」


 戦闘の最中、全く殺気も闘志も見せずに相手の命を毟り取る一撃を与えるスティージェンはもはや達人の域を超えていた。


「雑魚を殺すのには銃でいい。だが、達人を殺すにはこういう手品も必要なのだよ」


「達人扱いか。嬉しいねぇ」


 再び立たされた崖っ淵の窮地だとしても手品だと話されたことが飛彩にとって光明となる。


 一撃必殺の技のように見えて、未だに飛彩が両足で床を踏みしめられることであれがただの曲芸の類でしかないことに。


(傷が深ぇ……とっととぶっ倒して生命ノ奔流ライフル・ストリームを使わないと死んじまうかもな)


 すぐにでも回復した方が良いが、それは飛彩のプライドが許さない。

 残された余力を注ぎ込んだ次の一撃で決めなければ矜恃と共に墓に眠ることになってしまうだろう。


「——遊びはやめて、終わりにさせてもらうぜ」


「片付けましょう。主人をお待たせするわけにはいきませんから」


 見合った両者の動きが止まる。介入するならば今しかないと再びホリィは間へと躍り出る。


「もうやめましょう。ここに死人を出すわけにはいきません。私が父に従えば良いのでしょう?」


「そんな何かのためにではダメなのですよ。自分から、心から父上に従うと決めなければ貴方はまた同じ過ちを繰り返す」


 再び鋭い殺気を放つスティージェンの棘のような闘気にホリィは震える。

 このような相手に真っ向から挑む飛彩の強さを改めて理解させられた。


 だが、そんな仲間であるはずの飛彩から驚くべき言葉が放たれる。


「また邪魔しやがって……だが、その執事と俺も同意見だぜ」


「えっ!?」


 振り返ってしまうホリィをよそに飛彩とスティージェンはお互いに一歩も動かずに相手の隙を窺っている。


「自分で決めなきゃ、結局何も変わらねぇ。迷って戦うって言うんじゃ足手まといだぜ」


 一緒に出掛けた時にホリィが飛彩へと投げた言葉を思い出させられた。




「——飛彩くん、私も一緒に戦いますから」




 これは家族の意志に従うべきか、自分のやりたいことを貫くかで逡巡したホリィが無理やり嘘の誓いを立てようとしたに過ぎない。


 それを感じたからこそ飛彩は曖昧な答えを返したのだろう。

 それに気づいたホリィだが、心の赴くままに叫ぶことがどうしても怖かった。


 どの選択を選んでも何かを失うことに間違いはない。


「——私の道を……誰かが選んだっていいでしょう?」


 震える声で紡がれ始めた本音。選ぶ行為には責任が伴い、その責任に恐怖するからこそ人は迷う。

 どちらにでも転がりそうなホリィに対し、スティージェンはより強く殺意をぶつけてみた。


「くっ……」


 蒼いドレスへと伝う汗は、恐怖が生み出したもの。

 こうなれば楽な方に逃げるのも時間の問題だとスティージェンはわずかに口角を上げた。


「私は飛彩くんみたいに強くない。ただのお飾りなヒーローだよ? 飛彩くんみたいに正しいことばかり選べないよ」


 名を明かしてしまったことで通信機の向こうにいる蘭華とカクリは金切り声を上げて騒ぐも、ホリィには届かない。


 だが、侵入者の名前などスティージェンにとってもはやどうでも良いことになっている。


「そろそろおしゃべりはやめにしましょう。お嬢様、そこを退いてください」


「……」


 俯き、視線を床に向けるホリィは苦しみに喘いで何もかもから逃げ出したい気持ちになった。

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