そう言って数歩下がるフェイウォンは未だに白光を放つ飛彩の刀を握りしめる。
「頭ん中まで筋肉か? さっき出来なかったろ?」
しかし、今度のフェイウォンは苦悶の表情を浮かべることなくそれを引き抜いた。
「頂点に立つものは常に己を超える……限界を超えられるのが己だけだと思うな?」
刀は漆黒の展開力によりじわじわと塗り替えられていく。
宿っているヒーローや飛彩の力が潰えるのも時間の問題だろう。
現に刀身の半分は暗黒に染まり、仄暗い世界と同化しているようだった。
「冗談じゃねぇぞ、化け物が」
「全てを塗り替える黒……白き貴様は潰されるのみ」
絆の否定に躍起になっているフェイウォンは、トドメにもこだわりを見せている。
叩きつけられた全身が痛む中、飛彩は拳を構えながら黒斗に教えられていた合気道の動きを思い出していた。
太刀取りも教え込まれた記憶はあるが、その後の組み手に固執していたために授業の記憶は曖昧で。
(こんなことなら、もっとまともに稽古受けときゃよかったぜ……なぁ、黒斗)
窮地でありながら、思い出に浸ってしまうのも仲間との今生の別れを予感しているからだろうか。
「小細工は無駄だ。受け止めたとしても足場ごと狭間の渦に押し込んでくれる」
「けっ、展開力バカめ……!」
支配も、膂力強化も、回復も、展開無効も即時的な効果は見込めない。
可能性があるとすれば展開無効だが、足場を固定している展開域を無効にするわけにはいかなかった。
「未完ノ王冠。ヴィランの手も借りなきゃいけないんだ。何とかしてくれよな」
「はっ、元から全てがヴィランだろうに!」
掲げられた刀からは黒い展開力が噴出し、幅も長さも数メートルはあろう巨大な刀身が誕生している。
もはや切り裂くのではなく押し潰すといった方が正しいであろう圧倒的な暴力に飛彩は息を飲む。
「もう話飽きたはずだ。辞世の句は不要であろう?」
(考えろ、考えろ、考えろ。俺なら出来る。何とかなるはずだ!)
自主的に発動された走馬灯。それを巡るのは仲間との楽しい記憶ばかり。
(おいおい、諦めちまったのか、俺ぁ? このままじゃあっちの世界守れないぞ)
振り下ろされる巨大な刀がゆっくり振られているように感じる刹那、有効な手立ては一切湧いてこない。
(思えばこんな凶暴な性格した俺に、みんなよく着いてきてくれたよな)
黒い展開力で視界が埋め尽くされていく。有効な手はまだ見えない。
(ホリィに至っては、第一印象最悪だっただろうしよ)
両手に展開力を漲らせて、横に弾くことを画策する。しかし、失敗の未来しか感じられない。
(あー、だめだ。死ぬしかねぇ。楽しい思い出ばかり見せやがって手向けかよ?)
今思えば孤児だと思っていたがメイの愛情によって育てられ、蘭華や黒斗、熱太と毎日を過ごしてきた。
戦いが進む中でどんどんと仲間は増えていき、自分には過ぎた人生だったと嘲笑する。
(……そうか)
そこで飛彩は攻撃が直撃する直前、あることに気づく。
思い出すこと全てが楽しく、幸せに彩られたものばかりになっている、と。
当時のナンバーワンヒーローを死なせてしまったことも、虐げられる日々も負い目としては残っていないようだ。
(世界を救いてぇとか、みんながいる世界を守るとか……それ以前の話があったな)
「白き異質なヴィランに死を!」
目を見開いた飛彩は元々の考えどおり、側面へと周り刀身を弾くように殴りつける。
フェイウォンは勝利を確信し、展開力を爆散させようとさらに力を込めていった。
「はぁ!」
飛彩の掛け声と共に巨大な展開力は一気に霧散する。
今までの四つの能力とは異なる感覚に、フェイウォンは自分の展開力の総量が著しく減少したことに気づいた。
「ま、まさか! 無効にするのは能力だけでないのか!?」
「この力は、世界展開を終わらせるためにあるのかもしれない、な」
そのまま白い展開力がフェイウォンの握った刀を塗り直し、痛みと共に地面へと落とさせる。
「能力をなかったことどころか、私の存在そのものをなかったことにしようと!?」
数十歩分の間合いが心許なく感じるフェイウォンは無効化されることも忘れて、周りに浮かぶ地面を展開力でつなぎ合わせていく。
そのままジリジリと詰め寄る飛彩は刀を奪い返し、間合いを産み続けるフェイウォンへ悠然と歩いていった。
「もう大層なことを言うのはやめるわ」
「な、何を言って……?」
「俺はまだ、皆と一緒に生きたい」
走馬灯が飛彩に気づかせたかったのは本心なのかもしれない。
失いたくない仲間の中に、自分自身の命を含められた飛彩は生き残るために未完ノ王冠の能力を解釈を広げていく。
能力をなかった事に出来るのであれば、それの元になる展開力を、ひいては展開力の集合体であるフェイウォンをも一気に「なかったこと」に出来るはずだと。
「素直に認めるよ。俺は仲間がいたから強くなれた」
黒かった刀も飛彩が握ったことで白く塗りかわり、虹色の光も意志を仄めかすように明滅し始めた。
握った分だけ答えてくれるような刀に、再び今も一人じゃないと思えて。
「もう一度、皆と笑い合う」
「黙れ……いい加減にしろ」
「俺はただそれだけのために戦う!」
「お前のくだらない妄言が! どれだけ私の神経を逆撫ですると思っている!」
吹き上がった黒い展開力は逆に周囲の光を吸い込んだ。
近くにいるだけで飲み込まれそうになる揺らめきに対して、飛彩は離れたところから刀で空間をなぞっていく。
「遊びは後、に……!?」
まるで空間に鋏を入れたように、フェイウォンから湧き上がっていた展開力は霧散した。
理解出来なくとも身体の内部に展開力を凝縮せざるを得ないフェイウォンは足場の構築のみに外部へと展開域を限定する。
もはや圧倒的な力の差で戦意を削ぐことは飛彩にとっては無意味のようだ。
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