数日後、朝10時の開店と同時に、写真を取りにカメラ屋さんへ向かい、それを受け取った僕はあの日に谷中と約束した学校の近所にある公園に来ていた。
「桔津平、遅かったわね。時間ギリギリよ?」
「いや、谷中が来るのが早すぎなんだよ。何時からいたんだよ?」
「うーん、朝の4時くらいかな?」
「どこのおばあちゃんだよ!?」
年寄りになると睡眠時間が減り、早く目が覚めるようになるが、谷中もそうなのか?
見た目は普通の高校生だけど……。
「それよりも約束の物は持ってきたんでしょ?」
「まあ、約束だったからな」
「チョークの白い粉を?」
「チョークってなんだよ。もうそのボケはいいから」
僕たちは近くのベンチに腰かけると、ビニールの手提げ袋に入っていた現物を出す。
「ねえ?」
「どうした、怯えた顔して?」
「もし本当に幽霊が写っていたらどうする?」
「あはは。大丈夫さ。例え見えたとしても二人だけの秘密にしようと誓ったばかりだろ?」
「それはそうなんだけど、何か嫌な予感がするのよ。触れてはいけないっていうか……」
「何だよ、そっちから言い出して、今頃、尻尾を巻くのかよ。谷中らしくないな?」
いつも強気な谷中が弱音を吐き出すのも珍しい。
そのギャップの差に僕は思わず吹き出す。
「ちょっと笑わないでよ。私は真剣に言ってるのよ?」
「分かった。じゃあ公平を期すために同時に見るか」
「うん、何が出てても恨みっこなしよ」
「オッケー」
僕らは写真を包んでいた封筒から数枚の写真に目線を移す。
「えっ?」
「あっ?」
お互い驚きながら、似たような反応をする。
「何よ、何も写ってないじゃない。はぁー、ビックリした。私の人生少し縮んだわ」
谷中がほっと安心して、手元にあったミニサイズの紅茶のペットボトルに口をつける。
「うん、どうかした?」
「いや、お前見えないのか?」
「えっ、嫌だなあ。何を言ってるの。幽霊らしきものは写ってないじゃない」
「怖がらせようとしても無駄よ」
「じゃあ、僕の見えている少女は何なんだ?」
「キモ、女の子の幽霊なんてロリコン確定ね」
写真の僕の後ろにいる少女は赤く染まった長袖Tシャツに長い髪を前に垂らしたまま、何かを訴えようとしていた。
すると、その写真から少女の半身が飛び出して僕の体をがっちりと掴む。
『見つけた。あたしの新しい友達』
「なっ、何がどうなってるんだ!?」
僕は我を失い、混乱し、少女の体から逃れたくても体がピクリとも動かない。
谷中の方を振り向いても彼女はキョトンとした反応でこの状況に触れてもこない。
「何、体を半身くねらせて? もしかしてまた新しい遊びなの?」
いや、触れるのではない、谷中には少女の存在そのものが見えていない。
僕が悪ふざけをして前のめりになったくらいにしか……。
『ねえ、あたしと友達になって向こうで遊ぼうよ』
「そうやって木村先生を転校に見せかけ、拐ったのも君の仕業か?」
『あたし、あの先生嫌い。あたしのことを根掘り葉掘り調べていたから』
「じゃあ、口封じにそちらに引き入れたのか?」
『自分の命と引き替えに少年の命を奪わないでって言っていたね。容赦なく魂は取らせてもらったけど』
『さあ……おいで』
少女の顔が溶け、半分だけ覗いた頭蓋骨をカタカタと鳴らしながら僕を引きずり込む。
『君はラッキーだよ。生きたまま標本にされるんだから』
「標本って?」
『生物実験室に置いている標本のことも知らないの? 遅れてるーw』
そういえば最近、校内で夜な夜なすすり泣きをする女の声が聞こえるという噂話を耳にしたことがあったが……。
「そうだったのか。木村先生は魂ごと標本に取り込まれて……。これはとんだ誤算だった」
僕はその場で腰を抜かし、地面に尻餅をつく。
『うん。いい子だね。素直な性格で悪くないよ。あたしのそばに置いてずっと飾りたい気分だよw』
写真から出てきた少女の半身は脊髄と足の骨のみとなっていた。
その体が動く度にミシッと聞き慣れた足音がする。
『心配しないで。苦しいのは一瞬だけだからね』
少女の手から鋭い矢先の大きな鎌があらわになり、僕の首筋に狙いをつける。
『はい。これでさよなら』
****
「──ねえ、知ってる? また一人転校した子がいるって」
「えっ、最近多いよね。今月で三人目だよ?」
「何かとんでもない悪いことをやらかしたとか」
「分かるー。この学校の校則厳しいもんね」
私が廊下を過ぎ去る時に聞こえた世間話。
夏休みを終えて、二学期を迎える手前に起きた一人の男子の転校。
名前は明らかにされず、私の胸にもやがかかった感覚がしてならない。
ただ、一つだけ感じることがある。
少し前まで少年は私の側にいたということに。
(名前はきっぺいだったかな……)
自分の心に何度問いかけてもそれ以上の答えは出てこない。
それからもう一つ不思議な点があった。
学校の近くにはろくに手入れされていない古い屋敷があって、そこに遊び半分で近付くと、何らかの記憶を引きずりながら病んでいく人々が続出。
こうして、その屋敷は学業に悪影響をもたらす存在として、先生や保護者の強い要望で警察により、立ち入り禁止となった……。
****
「谷中、ボーとしてどうしたの?」
「やっぱり止めようよ、臥竜、麻耶子ちゃん。よくないよ、こういうこと」
「なーに、ビビるなよ、谷中。ちょっと四人で肝試しをするだけじゃないか。新入りの将輝も入ったことだし」
時刻は夜の10時。
親の目を盗み、立ち入り禁止のテープが張られた屋敷の前で私たちは集合していた。
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「きゃはっ、将輝君めっさウブじゃん。可愛い男の子だね」
私たちは高校を無事に卒業し、はれて大学生になり、学生ライフをエンジョイしていた。
そんな中で親睦を深めるという目的でここで遊ぶことになったんだけど……。
「さあ、行こうぜ。俺と麻耶子が先な。谷中たちは俺らが帰ってきて二番手な」
「じゃあ行こうか、麻耶子」
「ガリちゃん、ちゃんと自分をエスコートしてね?」
「ああ、任せろって‼」
臥竜が興奮していきりたてる中、気のせいか、麻耶子ちゃんの顔に少し影がさしたような気がした。
それからのことはよく覚えてない。
気がついたら目線に素足が見えて、少女の狂ったような笑い声がずっと聞こえ続けていた……。
『きゃは。また素敵な標本ができるわね』
『ねっ、麻耶子お姉ちゃん……』
fin…… 。
ここだけの裏話ですが、麻耶子自体が事故で亡くなった妹と、不用意に近付く人間を神隠しにしていたという流れで終わりなのですが、一万字という限られた文字数のせいで、そこまで詳しく表現できず、あやふやな謎かけみたいな締め方となっています。
ちなみにこの短編は某人気小説『ひぐらしのなく頃に』をイメージして製作しており、アナログで投稿した当初は、過去に恋人通しだった男女が遊び半分で廃屋の校舎に入り、元の恋仲に戻りたかった男が元カノを追いかけて凶器で襲い、校内を逃げまとう女を追いかけ回した結果、最後に女の危機に駆けつけた姉によって、男は永遠の眠りに堕ちるというブッ飛んだ内容でした。
しかし、その話はホラーにしては理不尽過ぎて、実際の死刑囚が書いたリアルな小説の方がウケが良くて面白く、この表現力ではホラーではなく、ただの道楽な作品と叩かれてしまい、評価は下り坂でした。
今回も大幅にその原作をアレンジしてネットで公開しても、評判は今いちで公開してきた小説の中でも影が薄い作品でした。
この初作以降、私がホラー小説を執筆することはなくなり、ラブコメやコメディなどのジャンルに路線を変更するようになりました。
自身の限界を知らされた最初で最後のホラー小説でした。
それがこの小説サイトで公開すると意外と読まれており、この差は一体何なのだろう? と思ってみたりもします。
何はともあれ、この短編もこの話数にて完結となります。
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。
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