姿の見えない幽霊と深夜にデートするという理由(わけ)にもいかずに。

何気ない思いもよらない行為から……。
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第2話 おびき寄せてしまった者

公開日時: 2023年2月26日(日) 19:35
更新日時: 2024年9月15日(日) 19:29
文字数:2,440

◇◆◇◆


 教卓の天井にあるスピーカーから授業終了のチャイムが鳴り、机からのそのそと顔を上げ、欠伸あくびとともに大きく伸びをするガリちゃん。


 いつも寝てばかりだが、テストの成績はとてもよく百点の時もざらだ。


 一体どこで勉強しているのか?

 本人は睡眠学習と自慢げに言っていたが、あれはカッコだけで、実際には頭の中には入らないらしいし……。


 まさか、学校きって以来のIQが高すぎて、こんな勉強しなくても余裕で進学できるエリートタイプなのか?

 と言うことは阿呆あほうに近くてポンコツの僕とは次元が違いすぎる。


「いやいや、下らない悩みは捨てよう」


 もうよそう、こんなことを考えても惨めになるだけだ。


 勉強なんかそっちのけで、日頃からところ構わず女をナンパして遊び通す女好きな相手だ。


 どうせ、一夜漬けで試験前日に頭に叩き込んでいるだけだろう。

 学生の本分は勉強のはずだから。


桔津平きっぺい、夏といえばお化け屋敷だよな」

「ガリちゃん、この期におよんで何を言ってるんだよ。まだ五月だぞ? 五月病か?」

「今年の春は暑いからな。そう思わないか、谷中やなか?」


「何で関係ない私に話をふるのよ?」

「何でって桔津平の彼女だろ?」

「そんなわけないでしょ‼」


 谷中が机を乱暴に叩き、ガリちゃんをギロリと睨みつける。


 谷中は明らかに怒っていた。

 誰に対しても、自分に対しても……。


「そうか。悪かった。じゃあ、谷中はパスだな。桔津平は勿論もちろん行くだろ?」


『あの女こえー』と言いながら僕にガリちゃんがそっと耳打ちする。


「あんな気分屋な谷中よりも、もっと気立ての良い可愛い女の子を紹介するからさ」

「……聞こえてるわよ」


 ガリちゃんのすぐ横でひきつった笑みをする谷中。 


「おうっ、谷中様いつの間に!?」


 ピョンと飛び上がるガリちゃんに冷静な谷中。

 二人の性格は両極端過ぎる。


「確かに私は可愛くないわよ。他の女の子と遊ぶのはいいけど、羽目を外さないようにね」


 そう言うと谷中はガリちゃんの肩に手を置いて軽く舌を出し、今度はイタズラっぽく笑う。


 谷中本人は自身の気分屋の部分には触れてはこない。

 まあ、大抵の気分屋は自覚症状がないらしいからな。

 一種の隠れステータスといった所か。


「谷中、どうせなら一緒に行かないか?」

「えっ、桔津平?」


 その笑いが心なしか寂しそうに見えて、僕は彼女を誘った。


「いいよ。やっぱし私もついていくわ。桔津平に悪い虫が付かないようにね」 


 谷中は意外そうな反応をしつつ、首を縦にふったのだった。


◇◆◇◆


 夕日に染まる学校の近所にある普通の平屋。


 入り口の扉は外され、吹き抜けとなっており、タンスやソファーが置かれ、埃をかぶってある姿からして、昔、人がいたという空間が安易あんいに想像できる。


「ここ、元は工房だったらしいぜ」

「そんな裏話はいいよ。臥竜がりゅう君」

「ははっ、麻耶子まやこは恐がりだな。大丈夫、何かあったら俺が守ってやるからな」

「うん、臥竜君は頼もしいね」


 紫の浴衣姿の麻耶子ちゃんがガリちゃんに腕を絡めて抱きつくと、ガリちゃんが見えない所で僕に合図を送る。


 浴衣を着ているのは近所で花火大会をするという口実。

 ただガリちゃんの好みに合わせただけだ。


「全くもう。何で僕が幽霊の真似事をしないといけないんだ……」


 ガリちゃんが意味もなく僕を遊びに誘うことはまずなく、このような恋の引っ付け係を担当するのがほとんどだ。


 谷中もそれを承知の上で僕についてきた。

 僕に悪い女が寄るのを防ぐ言い分の通りに……。


「さて、始めますか」


 わけありで一人になった僕はスマホを出して、とあるアプリを読み込み、もう片手で拡声器をスマホに当てる。


『恨みはらさずおるべきかー!』


 拡声器から飛び出るドスの効いた女の声。


「きゃあー、臥竜君。今、変な声が聞こえたよ!?」

「ははっ。ただの選挙活動だろ。怖いなら隣から離れるなよ」


 ガリちゃんの作戦とはいえ、遠く離れた二人を驚かすにはちょうどいい行動だった。

 これで彼に素敵な春がやって来るな。


 普通の人に見えない幽霊も選挙活動するのか? というのは頭の片隅に置いといて……。


『ミシッ、ミシッ……』


 安堵あんどしてその場から移動しようとした時、どこからか人の足音が耳に届く。

 はっとして振り返っても周りには誰もいない。


「何だよ、ガリちゃん。下手な物音なんか立てて。逆にこっちもはめられたわけか。ドッキリのつもりか?」


 笑い飛ばしながら、僕はこの屋敷を出ていった。

 急に気分が悪くなったという谷中が庭で休んでいたのが気掛かりだったからだ。


『ミシッ、ミシッ……』


 ずっと、妙な足音を小耳にしながら……。


****


「──ふーん。話から察するにつけられたってことね」

「ハチミツ梅酒か」

「違うわよ。未成年の飲酒は禁止よ。そうじゃなくて幽霊につけられたという話よ」


 一通りの出来事を口にした僕に木村先生が冷えた麦茶の入ったグラスを僕に差し出す。


「はい、これでも飲んで」

「あっ、ありがとうございます!」


 木村先生の気遣いに気合いを入魂した僕は、グラスを傾けて一口だけ飲み、喉元を潤して気になる質問をすることにした。


「では、ガリちゃんによるさっちゃんの話というのはデタラメなんですか?」

「いえ、話は大方間違えていないわよ。童謡とはいえ、さっちゃんが事故で命を亡くしたのは事実。それに君が気にしていたその件で本人を問いつめても彼は冗談の一点張りだった。それよりも……」


 木村先生が僕のおでこに手を当てる。

 あまりの至近距離に僕の心が弾けそうになっていた。


「せ、先生!?」

「どうやらその調子だと本物の霊をおびき寄せてしまったようね」

「霊を?」

「あなたは誰に対しても優しすぎるのよ……。さあ、この件に関してはもっと調べておくから、もう教室に戻りなさい。五限があるでしょ」

「はい、ありがとうございました」


 僕は一言礼をのべて、椅子から立ち上がる。

 木村先生が眼鏡をかけてパソコンと向き合う姿を見て、邪魔にならないように静かに立ち去った。


 その後に一人の人物とすれ違ったのも気にも止めずに……。


 次の日、木村先生は突然いなくなり、急遽転勤という形となった。

 さて、第2話の公開を終えました。

 終盤で保健医の先生が行方不明になるなど、今回も終わりまで怖い展開でした。

 予め読み返しても身震いがしますね。


 この話でも告げましたが、霊の気配を感じて、その場から逃げるというのは霊にとっては最高のターゲットです。

 自分たちから背を向けた弱い人物=身体を乗っ取りやすい、または優しい人で自身を成仏させてくれるかも……と勘違いして寄ってきたりします。

 大抵は害のない低級の霊などですが、たまに悪霊などを呼び寄せてしまい、その後の家庭環境が危うくなったというケースも珍しくありません。


 霊は隙さえあれば、昼間でも存在します。

 遊び半分でも空き家や廃屋には迂闊に近づかないで下さい。



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