インペリアル・ウォーレコード

北陸 龍
北陸 龍

第1戦記 始まり中編

公開日時: 2020年9月23日(水) 13:24
文字数:3,719

「そういえば、今からどこへ向かうんですか?」


ラスターはレクスに問いをなげかける。それに対しレクスは簡潔に答えた。


「今から向かう場所は、ネプリエイト家という、ある中級貴族の屋敷だ」


「ネプリエイト家?」


ラスターは首をかしげる。


「知らないか?」


「はい。田舎から出て来たもので、まだ帝都の地理や貴族階級の方々のことはあまり詳しくないんです」


彼が初め地図を見ながら隊舎を探していたのはそのためである。帝都以外にも帝国が統治している領地はたくさんある。その数ある諸国のうちの一つ、帝都から離れた田舎がラスターの出身地だ。


 なるほど、とだけレクスは返す。


(となると、今の現状も知らない可能性があるな。ネプリエイト家と聞いて特に反応も無かったところを見ると……) 


などとレクスは人知れず思考を巡らせる。


(とりあえず目的地は分かったし、あとはついていけば問題は無いかな。……それより)


下を向き歩いていたラスターは視線をあげてある人物を見据える。


(この人は一体だれなんだ?) 


そしてこの、だれを指すのはラスターの少し前を歩いている少女に向けられたものだ。先頭を団長のレクスがその後をこの少女がそして最後尾にラスターといった感じで歩いている。


(確かにもう一人いるみたいな話し方はしてたけど…)


先程の会話を思い出す。『今隊舎にいたのは俺ともう一人だけだ』という言葉。もう一人とはこの少女のことを指している。出発の直前にこの少女が隊舎の奥から出て来た。だが、急いでいたのかなんの自己紹介もできず、出発してしまった。


ラスターは何者なのかとずっと見つめていると、視線を感じたのか少女が振り替える。その女性もばつが悪そうに笑いながら、


「えっと、よろしくね?」


と、言った。その少女、年齢はラスターより少し年上といったところ、髪型はショートで柔らかな髪質をしている。可愛らしい顔立ちをしていて、おとなしそうな印象を受ける。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


ラスターも挨拶を返す。


(さすがに自己紹介くらいしないとまずいよな?) 


そう思い会話を広げようと、次の話題を模索していると不意にレクスが口を開く。


「ああ、彼女も第4の団員の一人で君の先輩だ。そしてすまないが自己紹介は後でしてくれ、目的地の屋敷が見えた」


「えっ、もう?」


到着したというレクスの言葉に、ずいぶん早いなとラスターは思った。帝都の町並みは、ところ狭しと家々が並んでいる。必然的に目的地まで近くなる。


(あぁ……自己紹介のタイミング失っちゃった……。)


人知れず、その少女は考えていた。


隊舎からまだ5分くらいしか歩いていないが目的地が見えたとレクスが告げた。そしてラスターもその任務の地である屋敷を見る。レンガ造りの非常に立派な豪邸で綺麗に装飾された門から左右にこれまた立派な塀が数十メートルほど建てられており、奥行きもかなりある。上空から見ると長方形のような敷地、全てを見てまわるには時間がかかりそうだ。


(すごい、地元じゃこんな豪華な屋敷はまず見ない)


率直な感想だった。まだ帝都以外は木造の家が主流で、レンガや石畳などが主流なのは最も栄えて技術が進んでいる帝都くらいだ。


「さて、君は裏口の方から入ってくれないか?」


唐突にレクスからそんな指示を受ける。


「どうしてですか? 全員であの正面の門から入れば……」


その疑問は尤もだった。そんな疑問に、レクスは答える。


「そうだったな、まずこの任務の内容だが、このネプリエイト家には汚職疑惑がある」


「汚職疑惑……」


ラスターが反芻する。だが、レクスは続ける。


「そして第4軍団の主な仕事の一つに犯罪者の捕縛というものがある。 汚職はれっきとした犯罪だ、そこで我々二人が正面から乗り込み、証拠を提示する。だが最悪、我々が門から入ったことに気づき逃げられることもある」


ふむふむとラスターは頷き、なおもレクスは続ける。


「そこで、君の出番だ。この屋敷は正門と裏口以外は塀で囲まれている。逃げるなら正門とは逆方向の裏口だ」


ラスターは先ほどの指示の意図を理解した。


「そうか、当主が逃げてきた場合、おれが足止めもしくは捕縛するために裏口から入る、ということですね!」


「そういうことだ。入団したばかりで顔が知られていない。それにまだ剣も持っていないから怪しまれない君が適任だ。戦闘の訓練は受けているな?」


「はい」


入団試験の訓練時センスがあると言われた戦闘術。そんな物騒なことにはならないだろうと、本人は思っていたが、初任務から使う機会が来たかもしれない。


「では、頼んだぞ。しばらくしたら我々も屋敷の敷地に入る」


「あの……頑張ってね」


「はい! それでは行ってきます」


(二人に応援され期待されている。失敗はできない!) 


 などと考えながらラスターは裏口まで走って行った。


***



ラスターの姿が見えなくなった頃、少女が口を開く。


「よかったんですか、団長? 彼、何も知らないようでしたけど……」


「ああ、現状を知ってもらう必要がある。それを知ったあと、折れるか、共に立ち向かうか、それは彼しだいだ」


***


しばらく走って裏門であろうところまで来た。鍵はかかっていない。とりあえず開けてみようと考え門を開ける。少し錆び付いていたのか、奇妙な不協和音を立てて門は開いた。


(……これからどうしよう。しばらく待っていた方がいいのかな?)


この後の行動をどうすればいいか考えていると、屋敷の中から妙な声が聞こえてきた。


「―――っ」


(ん? なんだ?)


突然だったため、初めはよく聞き取れなかった。しかし、それは止むことはなかった。


その声は、子供の声で泣いているような声。それも一人や二人ではない。その多くの声は、自分の境遇を嘆き、一刻も早くここから逃げ去りたいという悲痛で必死な声だった。


「…………」


ラスターは屋敷の中へ歩を進める。まるで何かに引き寄せられているかのように抵抗も無くただ歩く。他人の屋敷に勝手に侵入するという感覚すらない。ただ声する方へ歩く。


なぜ進むのか? 好奇心なんて感情で動いているわけではない。ある種の使命感や正義感によるものだ。声のする部屋がどんどん近づいてきている。合計で十人くらいの子供の声がしている。


「……なん、だ?」


近づくにつれて動悸が激しくなってきて本能が叫ぶ。そこから先は立ち入り禁止だ、今ならまだ間に合う引き返せ、まだ夢を見ていたいだろう? と、叫んでいた。しかし、その叫びは幻想だ。現実の声にかき消され、心に届かない。


徐々に子供たちの声が鮮明になってくる。嘆き、悲しみにくれる泣き声。


(なんなんだ? 明らかに普通じゃない……!)


まだ帝都のことはよく知らない、しかし、同じ部屋で大勢の子供がこんな悲痛な声をあげる。これは尋常ならざることがおきているとラスターは直感した。


部屋の前。扉一枚。多数の泣き声。


ラスターは少し扉を開け中の様子を探る。するとその中のには思った通り十人ほどの泣いている子供がいた。そして二人の大人の男。二人は貴族階級が着るような上等な服に身を包んでいる。


「おい、商人はまだか?」


髭をたくわえた男がもう一人の男に訪ねる。


「はい、おそらくもう少しかと思われます」


もう一人の眼鏡の男は恭しくこたえる。


(なんの話だ?)


息を潜め、ラスターは話に耳を傾ける。


「それにしても、こんなガキどもにどんな価値があるんだ?」


「おそらくは、労働力として使うのでしょう。もしくは何かの実験台に使ったり危険種のエサにしたりなどでしょう」


「ほう、まあ金が貰えれば何でもいいか。相場はかなり高いと聞く、どれ程で売れるのか楽しみだ」


その言葉の断片だけで、これから行われるであろうことが、ラスターには理解できた。


(人身売買……!? 命をなんだと思っているんだ !?)


ラスターは激しく憤る。人の命に干渉し物同然に扱うそんなことは許されて良いわけがない。


「さっきから、ギャーギャーうるさいぞ!少し黙っとれい!!」


髭の男が子供たちに向かって叫ぶ。無論泣き止む訳がない。むしろ悪化した。


「んん?なんだその反抗的な目は?」


「…………」


子供のひとりが髭の男をにらんでいる。


「その目を止めんかっ!」


そう言ってその子の顔を殴る。体重の軽い子供だ、激しくふきとばされる。


「「――っ!!」」


その光景は、子供たちの顔を恐怖でひきつらせる。


殴られた後でも、その少年は睨み付けることを止めない。


その姿に顔を歪め、髭の男は部屋を出ていった。そして、戻って来た。


その手には一振りの剣がにぎられていた。 


「こうして、黙らせるか」


理不尽な話だ。無言で睨んでいるだけのはずなのに。目は口ほどにものを言うということなのだろうか。


「よ、よろしいのですか?」


困惑気味に訪ねる眼鏡の男。

 

「なぁに、一人くらい死んだところで問題無かろう、またスラムからとって来ればいい」


そう言って剣を振りかざす。


「……助けてっ」


彼にはそう聞こえた。誰かの声だ。


振り下ろされる直前、ラスターは扉を思い切り開ける。髭の男の動きが驚きで止まる。


それもそうだろう自分の屋敷の中に見ず知らずの人間がいて、いきなり現れるのだから。


その一瞬の隙をつき、ラスターは二人の前に立ちふさがった。


 To be continued …








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