インペリアル・ウォーレコード

北陸 龍
北陸 龍

第10戦記 ギャスパーの作戦

公開日時: 2020年10月4日(日) 18:07
文字数:3,951


角熊から少し離れたところで集まる三人。到達するにはまだ時間がある。


「作戦ってのは、あの角を折ることだ」


ギャスパーが真剣な表情で作戦の概要を伝える。


「でも、どうやって?」


「あんな高さ、あたしが跳んでもでも届きませんよ?」


否定的で懐疑的な二人の意見。当然の反応である。



「オレたちが届かねぇなら、あっちから来てもらうだけた」


驚くことを口にするギャスパー。さらに作戦を伝える。


「あいつの硬ぇ皮膚はリリアの能力がねぇとまず斬れねぇ。だからリリアにはやつの足を斬って転倒させてもらう」


角熊といえどリリアには警戒している様子。


「確かに、あいつの足を斬れば……。できる? リリア」


「ええ、今はやるしかないでしょ!」


笑って承諾するリリア。


「ケガさせねぇようにオレが全力でバックアップする。頼んだぜ」


援護に回るということを口にするギャスパー。



「先輩、おれは?」


ラスターは自分の役割を問う。


「転倒したあと、角めがけてオレとラスターで本気の攻撃をぶちかます。で、あの角をぶち折るんだよ。あの角が能力由来の物なら……」



「そうか! おれの《異常力》で無効化して折れるかもしれない!!」


「そういうこと!!」


二人で攻撃するという旨のことを言う。一方リリアは。


「でもそれだとギャスパーさんの負担が大きいんじゃ……」


リリアが心配そうに話す。それもそうだ。リリアを援護し、転倒後ラスターと攻撃に移る。かなりの負担になる。


「それは大丈夫だ。……はぁっ!」



ギャスパーが《異常力》を発動。すると、砂が動きだし形を成す。それが徐々に人の形へと移り変わり色も変化してくる。その砂はやがて発動した本人と同じ形になる。ギャスパーと瓜二つの者が作り上げられた。



「これが、肉の盾ならぬ砂の盾になる。ほんとは、リリアを作れればより良かったんだけど、まだそんなに器用じゃねぇからな」


リリアを作り上げられたならば、角熊はかなり混乱するだろう。だが、そう贅沢言っていられない状況だ。



「よし、そろそろ時間だ」


あまり長い間話していると敵が近づいて来てしまう。その前に叩く必要がある。


「手筈通り行くぞっ!!」


「「はいっ!!」」



二人の返事が重なる。作戦開始だ。



***


リリアが走る。角熊も近づく敵に気が付く。

手による攻撃をかわし股下をくぐり抜け後方に位置する。



「全力で斬るっ!!」


まずは右足の健を斬るように、角熊の足に剣を突き刺す。無論、相手はただ見ている訳ではない。リリアを払い除けようと手を動かす。


「甘ぇよ!!」


リリアに当たる瞬間、横から割って入ったギャスパーの砂人形。それが盾となり代わりに攻撃をくらう。人形の上半身が消し飛んだ。



「まだまだぁ!!」


上半身が無くなり下半身もサラサラと崩れ始める。完全に崩れる前に砂を操り上半身を構成する。砂人形は元通りになった。


その後も人形は攻撃をくらい続ける。注意を反らすことに成功した。


リリアの方は四苦八苦していたが、突き刺した剣を横に一の字動かしなんとか足の表面を切断した。今までにないような血が流れる。


「……あと、もう一回!!」


リリアが反対の左足の方に移動する。角熊も抗っているようだが、ことごとく人形に邪魔をされる。消し飛ばしてもすぐに再生する人形、さぞかし気味が悪かったであろう。



「はあぁ!!」


左足にも剣を突き刺す。角熊は今度は前足ではなく後ろ足自体を動かしリリアを振り払おうとした。


「……うっ、くっ!!」


剣が突き刺さっており、リリアの体も左右に揺れる。それを何とか食らいつき耐える。やがて、離れないことを悟ったのか足を振ることをやめ、後ろにドスンと座り込んだ。四足歩行の状態で尻を地面につき縦にしたような体制だ。



何をするかと思えば、直接リリアに噛みついて来た。それも砂人形でガードする。今度は下半身が食いちぎられる。


(学習しやがった! 手を当てるだけじゃ倒せないことを理解したか!? 食われちまったから、再生が間に合わねぇ!!)


今までは飛び散った砂を再び操るかたちで再生していたが食べられたため再生まで時間を有することとなった。


もちろん、そんな時間を待ってはくれない。再びリリアを食らおうと大口を開けて迫ってきた。


「させるかあぁぁぁぁ!!」


砂人形の再生を諦めたギャスパー。代わりに人形が自身の腕をちぎり角熊めがけて投げつける。それが目に当たり大きく怯む。思わず立ち上がろうとする。しかし―――


「やあぁぁぁぁ!!」


既に足の切断は済んでいた。目への予想外な攻撃で反射的に立ち上がろうとするが、すごい勢いで転んだ。大きな音を立てて倒れ伏す。


「今だっ!!!」


「はいっ!!!」


待ち構えていたかのように、ラスターとギャスパーが走る。このチャンスを逃がせばもう後はないかもしれない。僅かに高く届かないが、そこは砂で道を作り出しその上をはしる。


角の前。異形の手で拳を握り、砂の大剣を振りかざす。


「「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」



「いっけぇぇぇぇぇ!!!」



二人の全力の攻撃。能力を無力化する拳と圧倒的質量を持つ大剣。それが同時に炸裂する。辺りに大きな音を響かせる。手応えはあった。











結論から言おう。角は折れなかった


僅かにヒビが入った程度。すぐに角熊も起き上がり弱点は遥か高みへと戻っていった。機能に何ら問題ない。


三人は見誤っていたのだ。角の固さは能力由来ではなかった。ただただ純粋な固さ、皮膚が柔らかく、骨が硬いそれと同じことだった。それでは能力を喰えるラスターの異形な腕も意味がない。



「……そん、な」


「くっ……そ……」


見に余るほどの大きな絶望。唯一の希望は足の傷だった。移動を止めないが大幅に遅らせることとなった。



だが、絶望は終わらない。彼らは怒らせてしまった。捕食者を怒らせるそれは死に一歩近づくことと同義。



「GUOUOOOOOOO!!!」



狂ったように辺りを破壊する。リリアを守っていた人形も押し潰された。



リリアは何とか角熊から距離をとり、二人と合流する。



「……どうしよう……」


「くっ! まずいなこりゃあ!」


「……完全に怒ってる」


破壊行動を見ているだけの三人。するとすぐに動きが止まった。


「……? 何だ?」



地面に前足を付け爪を立て地を掴む。だが、その目は三人をとらえていた。まるでクラウチングスタートのよう。力をためていた。



そしてその力が放たれた。跳躍んだ。三人をめがけて。今まで速さと全く違う。それは既に鈍重な動きなどではなかった。一気に距離を詰め、前足で凪払う。




「お前ら!! どけぇぇぇぇぇぇ!!!!」



ギャスパーの砂が二人を吹き飛ばす。思わず目を閉じた。ゴキッやグチャという嫌な音が聞こえた。



目を開けると目の前には絶望しかいない。



あわてて距離をとる二人。そしてギャスパーがいないことに気がついた。



「……先輩っ!?」





「……いってぇ、さすがにあの速さで地面激突はヤバいからなぁ」



ギャスパーは生きていた。吹き飛ばされた直後、ギャスパーは地面に衝突する前に自身の体に砂を纏わせ体を守り、衝撃を吸収していた。


砂の繭にくるまっているようだ。


「……何て顔してんだよ! オレは無事だぜ!!」


「……あ、あぁ……!」


「……ギャスパーさん………」



明るく振る舞うギャスパー。だが左半身に敵の手が直撃。左足と左腕は考えられない方向へ折れ曲がり、誰が見ても重症だということがわかる。それだけではなく、肋骨に何本かヒビが入っていた。


(いってぇ、左半身ヤベェ、マジヤバいって!!)


重症だ。これ以上の戦闘は不可能。


「オレは大丈夫!! それより、あいつを何とかしねーと!!」


右手で角熊をゆび指す。


だが、ギャスパーの骨と同時に二人の心も折れていた。表情が絶望で曇る。


大体分かっていた。こうなること。しかし、そんな二人を見て―――



「こんなところで諦めんじゃねえ!オレは、こんくらい覚悟してんだよ! これからオレたちは何千何万っていう人を助けるんだろ!? 帝国を変えるんだろ!? こんな獣一匹に折られるような希望なのかよ!!」



叫ぶ。諦めてはいけない。諦めて残るのは敗北のみだ。ギャスパーの叫びは届いていた。こんなところで止まれない。そう変わったのは自分自身だ、変わる前の自分を裏切ることは、できない。



まだ、立ち上がる。諦めない。そう決めた。


「先輩……。そうだ。おれたちが諦めてどうする。絶対に負けられない!」


己を鼓舞する。それはリリアも同様だった。



「先輩! リリア! 今度はおれに作戦がある……!」


「言って。今度こそ成功させよう!」


「見せてくれよ! お前の作戦がどんなもんか!」



気丈に振る舞うギャスパー。



(けど、オレがこうなった以上無理させられねえ。まだなのかよ!? まだ届いてねえのか、助けの知らせは!?)




***



ギャスパーの作戦を決行した時とほぼ同時刻。


場所は帝都、第4軍団隊舎。ラスターが初日に初めて行った場所だ。


そのなかで二人の男女が机に向かって書類仕事をしている。



そんな中、扉を叩くというより、何がぶつかる音が聞こえた。


「……? なんでしょう?」


「俺が出るよ」



男が扉を開ける。だが誰もいなかった。不審に思いつつ扉を閉める。その時、視界の隅で何かをとらえた。


男は女にたずねる。


「……ソフィー、今日ギャスパーたちは何処に行くと言っていた?」


「ええっと、確かイスタ村へ危険種討伐に行くと言っていました」


「……そうか」



「ふあぁ〜〜」



奥から幼い見た目の少女が出てきた。あくびをしており寝起きのようだ。


「あっ、ミーシャさん。おはようございます。」



「おはよ〜〜〜」


「おや、起きたかミーシャさん。寝起きですまないが、一緒に来てほしいところがある。」


「な〜に? デート?」



「デートじゃないです。……ただ、急がないと手遅れになるかもしれない」



そう言った男の足下には砂で『HELP』と書かれていた。





To be continued…

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