インペリアル・ウォーレコード

北陸 龍
北陸 龍

第12戦記 波乱の任務の終わり

公開日時: 2020年10月11日(日) 15:46
文字数:3,515


「……おわっ!!」


重力に従い自由落下する。剣を手放し、角熊の顔と同じ高さから落ちた。


「任せなっ!」



ギャスパーが砂を操り、クッションのようにして落下の衝撃を緩和。



「……おっとっと。ありがとうございます!」


「おう! ……ふぅ〜、終わったな」


ラスターはギャスパーたちに手を振る。彼らも手を振り返し倒れ込む。するとリリアが近づいて来て、手を上げる。



「やったね!!」


「ああ!!」



ラスターも笑顔で手を上げてハイタッチ。





―――手と手が触れた瞬間、二人の体に衝撃が走った。



比喩ではない。物理的に、横からとても大きな物がぶつかってきたような感覚。その衝撃で、二人は吹き飛ばされた。横隔膜がせりあがり、息が詰まる。


ぶつかったものを見る。黒い剛毛に覆われた何か。よく見ると、剣が突き刺さっていた。


「……なん……だって……!?」


「…………そん、なっ!?」


「…………マジ、かよ。まだ立ち上がんのか!?」



―――絶望は死んでいなかった。



体を切られ、刺され、貫かれてもなおも立ち上がる。それがA級危険種、『角熊 コルヌウルス』。まさに執念とも言うべきか。



四肢はもう使い物にならない。残る武器は―――牙。


大きく口を開いて迫る。



「……まだ、だ。立ち上がるのなら、おれも戦う……!」


「……ラスター!?」


「よせっ!!」



ラスターは立ち上がるも満身創痍。不意打ちで攻撃も受けた。だが、まだ諦めない。



「決めたんだ。希望は捨てない。目の前の事には、意地でも負けたくない!!」


生命ある限り希望はあるもの。逆もまた然り。希望が無くなれば生命もない。行動原理の喪失、希望を持つものは意思のある人間だけだ。それを失った時、人は生きていられるのか。



しかし、確かに言えることは、諦めず、希望を捨てず歩み続けた果てで、その希望は奇跡に成る。



だが、今ラスターの持つ希望は、目の前の絶望に簡単に塗り潰されるほど、小さなものでしかなかった。死が迫ってくる。抗う術は、無い。



(……くっ。…… もうダメなのか?)



―――そのはずだった。



「タロー! ジロー!」



噛み砕かれる直前、聞いたこと無い少女の声がしたあと、何かに首根っこを強く引っ張られ死を回避した。


「えっ? ……何だ!? わわっ!!」


首根っこを捕まれ移動させられた先で今度は放り投げられた。地面を転がる。転がった先にリリアも転がされていた。


ラスターを移動させたのは影のように黒い二頭の狼で、一方はラスターよりも少し大きく、もう一方は少し小さい。形はあるが、その雄々しい佇まいとは裏腹に存在感が希薄なように思えた。だが、確かにそこに有る。


木漏れ日が揺れるように、影の狼の毛が風になびく。大きい狼の背中から、一人の幼い見た目の少女が顔を出す。髪を後ろで一束に括って、満面の笑みで話す。



「やっほ〜! 大丈夫? 後輩くんたち?」


「……ミーシャさん!?」


ラスターは現状を飲み込むことが出来ず、呆然としていた。自分はどうなったのか、詳しくわかっていない。


一方、リリアは狼の背に乗る者を知っているようで、その人物の名前を呼んだ。



(な、何なんだこの狼!? 危険種……じゃない。《異気アニマ》を感じる。この狼は《異常力ラクリマ》、なのか!?)



すると、その狼の後ろより、これもまた見たことない男が歩いて現れる。


男は薄紫の髪と整った顔立ちをしており落ち着いた大人っぽい印象だ。一方、その爽やかな雰囲気の中に子供っぽい無邪気さも感じて、確かな年齢はわからない。背が高く、言葉に表せない凄みがあるため、年上であるということを直感で理解する。



「何とか間に合った。……二人ともよく頑張ったな」



そう言って男は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ラスターとリリアの頭の上に手を置き、優しく撫でた。


頭を撫でられ、二人はとても泣きそうになった。助かったと思ったことによる安堵感か、よくやったと褒められたことによる嬉しさか、敵を倒すことができなかった自分への不甲斐なさ故か、それはわからない。


色んな感情がごちゃごちゃに混ざっている。



「後は、俺たちに任せろ。行こうかミーシャさん」


「オッケ〜〜」



角熊は本能で理解していた。こいつらは違う。今まで戦いを繰り広げた三体の人間とは、強さが違う。



「タロー!ジロー! お願いね〜!」



雄叫びを上げ、角熊に向かって走る。速さが違う。呆気なく翻弄されている。ある程度近づいたところで二頭の狼は大きく跳躍した。



着地した先は人間で表すと肩の部分。当然、振り払おうとするがもう遅い。狼たちはある場所へ飛び移った。それは顔面、それぞれ両の目の近く。



一頭の狼は刺さった剣を蹴る。結果、それが更に深く突き刺さる。左目の狼は容赦なくその眼球を食らい、潰した。



絶叫が辺りにこだまする。轟音が響く世界で、誰に伝える訳でもなく話す。



「お前には何の罪も無いだろう。だがな―――」



透明なガラス製の筒を投げつける。角熊の真上に来た辺りで大きい狼がその筒を噛み砕く。


中から薄黄色の液体が出て来て、それが角熊にかかる。



「野放しにしたら、お前は人を殺すだろう。俺たちはそれを阻止しなければならない」



男は角熊に手をかざす。


その手から出るは渦巻く炎。先程の液体は油だった。炎は瞬く間に角熊を飲み込み、全身に燃え広がり炎上。



「それと、俺たちの後輩をいじめてくれた罰だ。悪いが、受け入れろ」


消火しようにも火の勢いが強すぎる。全身が燃え尽きるまで抗うが、やがて動かなくなってきた。


断末魔を響かせ、絶望は成った奇跡によって砕かれる。



その断末魔は任務終了の証だった。




***


ただ、見ていた。宿敵が燃える姿。まるで動く巨大なキャンプファイアーのようだった。


動きが止まり倒れ伏したものを見て何を思うか。自分たちが長い間戦っても倒せなかった相手を、ものの数分でかたずけた。


「………すごい」


「…………うん、本当に」



感嘆の声を上げる二人。



「そんなこともない。あいつの四肢を使えなくしたのは君たちだし、何よりあの目に刺さった剣だ。おそらく脳まで届いていた。時間の問題だったろう。それがなかったら、こうも簡単にいかなかった。本当に、三人でよく頑張った」



優しくほほえみフォローするかのように話しかける。そう簡単にいかない、何て言いつつも二人にはそう思えなかったというのが本音だ。あの角熊を圧倒していたのだから。


「自己紹介が遅れたな。エドガーだ。エドガー・アルジェリーク。宜しく」


エドガーと名乗った少年。それに続いて、二人も挨拶を済ませた。幸い二人は目立った外傷はなく、軽症だった。



「そうだ。早く先輩を、ギャスパーさんを病院へ!」



思い出したようにエドガーに伝える。自分たちよりも重症な者がいると。


「なに?」


遠くから声が聞こえてくる。一足早く、ギャスパーの方へ向かっていたミーシャの声だ。


「うわ!! 手と足キモチワルッ!!!」


「ミーシャパイセン!!それ重症の人間に言うことじゃねぇだろう!?」



エドガーもギャスパーの方へ向かう。あらぬ方向にねじ曲がった左の手足を見て、顔を歪める。


「……大丈夫か、ギャスパー?全く、また無茶をして……」


「違いますエドガーさん! ギャスパーさんはあたしたちを助けてくれたんです!」


「そうなんです。おれたちを庇ってこんな怪我を……」


ラスターとリリアは真実を伝える。自分たちのせいでとも言わんばかりに責任を感じている。


「そうだったのか」


「そうそう、ホントマジ大変だったんだから……」


「偉い!! ご褒美に撫でてあげる!!」


ミーシャはギャスパーの頭を撫でて、ほめている。


「あーどうも。それよりそろそろ死にそうだから帰らせて」


だんだん顔色が悪くなってきた気がする。そんなを済ますギャスパーを見て、ますます自責の念に駆られる二人。


「おい、お前ら気にすんなって。帝都に戻れば治るからよ!」


「そうだな、すぐに帰ろう。早く治して貰わないと団長がうるさい」


「心配性だもんね〜、団長〜」



すぐに帰る準備を整える。ギャスパーはミーシャの狼が丁寧に車まで運んだ。


「俺が運転するから、ミーシャさんはタローに乗って帰ってくれ」


「オッケ〜!」


ラスターとリリアも車に乗り込む。


(……しかし、なぜこんなところにA級危険種が出た? 本来ならあり得ない。まさか、誰かが運んできたのか?)



思案していたエドガーは、ふと明後日の方向を睨んだ。鋭い眼光。しかし、誰もいない。


「エドガーさん?」


「何でもない。帰ろうか」


気のせいか、と考えるのをやめて車に乗り込みそのまま帰都した。



***



「……気とられるなんて。凄いわあの子、本当に……」



木の陰から現れた髪の長い女。第三者はいた。見ていたのだ、あの戦いを。


正体不明の女。


しかし、一つ言えることは、帝国の人間では無いということだ。




To be continued…

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