インペリアル・ウォーレコード

北陸 龍
北陸 龍

第7戦記 異常事態

公開日時: 2020年9月29日(火) 19:11
文字数:3,393


それは餌を求めてやってくる。血の匂いを目掛けてやってくる。本来ならここにいないはずの存在だ。その巨大な体躯を動かし、地面を揺らす。一歩、また一歩とゆっくりだが確実に近づいてくる絶望。直面の時は、近い。


***


全ての危険種を討伐した三人。その後始末をしていた。


戦いがあった場所は獣の血肉、臓腑などが飛び散り大量の死骸が横たわっていた。とても元ののどかな雰囲気があるとは言えない惨状だ。


「………ほっ!」


ギャスパーが砂を操ると砂の波ができ、死骸をさらう。その波に寄せられ近くにまとまって集まる。直視できない血みどろの光景。


「…………っ!」


「……何か」


「分かるぜ。さっきは必死だったからなんとも思わなかったけど、終わって見るとちょっと可哀想だよな」


「……はい」


本当なら死ぬ運命では無かったのかもしれない獣達。だが―――


「でも、こいつらを野放しにしておいたらこの辺の人たちがケガしてかもしれねぇ。子供や老人が襲われたら、最悪死んでたかもしれないんだ」


仕方ないこと。そう自分たちに言い聞かせる。可哀想という理由で放っておいて、人々が傷つき、最悪死人が出る。そうなってしまっては本末転倒だ。人々と国を守るために武力とは存在する。守るべきものを履き違えないこと、それが重要なことだと。


「じゃあ、弔ってやるとするか」


「……ええ」


「……そうですね」


ギャスパーの《異常力ラクリマ》で四方を囲むように壁を作り、中身を見えないように箱を造り出す。そして、その中に着火材で火をつけ荼毘に付した。煙が天高くのぼり、肉の焦げる匂いが鼻をつく。


全て焼ききれるまで待つ。その間暗い空気が流れるように思われたが、ギャスパーが場を盛り上げ、明るい空気が流れた。そんな時、ふと思い出したかのように、ギャスパーは言った。


「そーだ! お前二人の能力ってどんなのなんだ?」


その問いかけに、まずはラスターが答えた。


「おれのはこの腕ですね」


《異常力》を発動し、一昨日レクスに説明したようなことを二人に話す。擬似的な能力効果解除、そしてわずかに膂力が上がること。二人は「便利だ〜」などと相づちをうっていた。


次いでリリアの番だ。


「あたしの能力はちょっと複雑なんですけど、自分が意識して行ったことの効率、成功率、その行動の結果とかがすごく良くなるっていうものなんです」


リリアの《異常力》。それは意識して行ったことの結果が爆発的に良いものになるというものだ。例えば先ほど戦闘の場合、意識して走ったことにより通常走るよりもより速く走れ、意識して斬ったことによってより強く斬れる


それがリリアの《異常力》。  

『一念天に到達す』だ。


さらにこの能力、道具にも作用され剣で斬るという行為によって剣の耐久力も上がり結果として首の骨を切断に至った。


もちろん、マイナス面もある。この能力の負の一面、それは単純に使いづらいというもの。元来、人間の行動の約8割から9割は無意識によって行われている。


それを念頭に置いた上で、咄嗟に意識して戦えと言われても、平然と行うことは難しい。だからリリアは初め、今から自分のすることを呟き、意識して戦っていた。


「……? でも、途中から無言で戦ってたよな? 先輩の声で聞こえなかっただけ?」


「オレそんなうるさかった!?」


「はい、結構……」


一挙一動に、これでもかというくらい叫んで戦っていたギャスパー。その声量でかき消されてもおかしくはない。


そのやり取りにリリアは笑って、そのあと質問に答えた。


「あれはね、慣れたの」


「「慣れた!?」」


いまいち理解が追い付かない二人。


「うん。だから無理に意識しなくても、戦えてたの」


少年二人の驚きの声が重なる。リリア曰く慣れたから、無意識で意識出来ていたという。


「……天才じゃん。あれ、そういえば……?」


今年の入団試験でとんでもない才能の少女が現れたと噂されたことがある。


筆記、体術、剣術など様々な分野で高い水準の能力を持った者が存在し、入団を果たした。何を隠そう、その正体はリリアのことだ。


その事をラスターはリリアに問う。顔を赤らめて、恥ずかしそうにしながら、否定を交えて自分かもしれないと言う。


「まさしく期待の新人って訳か、すげーな!」


「よっ!流石は天才!」


「ちょ、ちょっとやめて二人とも! 恥ずかしい……。別にそんな天才なんかじゃないから!」


リリアは否定するが、一瞬の判断が命取りになる戦闘で、自分の感覚で扱いの難しい《異常力》をオンオフする。すごい才能だと言わざるをえない。


「このあとに発表するの何かやだな〜」


「先輩、そう言わずに」


「ギャスパー先輩のも聞きたいです」


新人二人して先輩を囃し立てる。


「しゃーねーなー!っつてもオレの能力はお察しの通り、砂を操れる。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」


ギャスパーの《異常力》。

『砂中の蓮』は砂を操る能力だ。


単純に物量で押しきることも出来るし、それ以外にも砂の色や形を変えたりなどでき、相手を撹乱させるなどとても応用がきく。


臨機応変な対応が求められる第4軍団にうってつけの能力だ。そして、一度動かしてしまえば命令を遂行するか、形を崩されるまで動き続ける。


この能力のデメリットはまず前提だが、砂がないと使えないということ。室内、屋内での戦いに向いてない。


そして、使用できる砂の限界容量があること。今現在の限界容量は、ギャスパーの身長をaとおいて、縦×横×高さ。aの三乗立方mまで。ギャスパーの身長はラスターより少し高い位なので、だいたい1.7の三乗立方m程度。


 自身の体の成長と共に《異常力》も成長してきた。身長が止まった時、それ以降の成長は本人の努力次第だろう。


などと会話を繰り返している内にだいたいの火葬は終わってきていた。その後は骨を埋めて、現状回復を徹底した。


***


「よーし、じゃあ終わったことだし帰るか。オレの運転で」


「そうですね、帰りましょうか。先輩の運転で」


「どうしてそんなに運転手を強調するの?」


リリアの問いかけには誰も答えられなかった。一瞬の沈黙の後、ギャスパーが口を開く。


「さ、さあ帰ろう、帰ろう!」


「本当にどういう事なんですか!?」


「落ち着いて、せっかく成功したんだから」



何とかなった。無事任務を成功させた。とても幸先の良いスタート。これから起こることが、希望で溢れているようなそんな感じがした。


そんな時だった。まず、ラスターが気がつく。そこから先は《異常》だ。


「……ん? 何だろ、この……?」


はじめはあるだった。何かが破裂するような高い音。もっともよく似ていると思ったのは、木の枝が折れる音だ。


次はある匂いだった。何か異臭がした。錆びた鉄の匂い、大量の血の匂いだ。


「……何か生臭いな」


ギャスパーも気がつく。


―――だが、もう遅い。長居しすぎたのだ。大量の血を辺りにぶちまけただけでなく、挙げ句死肉を焼いてその匂いを遠くまで届かせた。


「……ねえ、あれ……見て……」


リリアも気がつく。その声は震えていた。


最後はある光景だった。見上げるほどの体躯。四つある足全てを地に着けて歩いているが、高さ5メートルほどはあるだろう。その頭には一本、大きな角も生えていた。


「あれ、は……!!」


先ほど戦った獣が比べ物にならないほどの牙と爪。よく見ると、そこから血が滴り落ちている。匂いの発生源はそこだ。



「……何で、ここに!?」



木の間を無理やりを通って来たのだろう。その真っ黒な剛毛には、折れた木の枝や葉がついていた。


一言で表すなら、巨大な熊といったところだ。その熊の双鉾が眼下の三人を捉える。


その歩みが止まった。そしてゆっくりと地面に着いていた前足を上げて二本足で立つ。ただでさえ大きな体が倍近い高さになった。電信柱より少し低いくらいの高さだ。


その熊が息を吸う。周りの空気が薄くなったような気がした。そして、咆哮す。



「GUOOOOOooOooOoOッ!!!!!」



大気が震える。耳を塞ぎたくなるような咆哮。まさしく音の爆弾。聞くもの全てを竦み上がらせ、威圧する。そんな恐ろしいものだった。


その音が、形と質量を持って、三人の身体へ当たってくるかのようだ。身体中の皮膚がビリビリ静電気を帯びたように感じる。


「……うっ!」


「……なんて咆哮だ!」


「おいマズイぞ! こいつはA級危険種だ!!」



ラスターたちの前に現れたのは、純粋な食欲の塊。



―――希望を砕く絶望だった。




To be continued…



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