レクスは語り始める。この帝都が変わった理由を。長い問答になった。
要約するとこうだ。こうなった理由それは、現皇帝が自分で政治を行っていないことが大きな原因となっている。本来ならこの国を統治するのは皇帝の一族だ。
だが現皇帝は身体が病み、表舞台にたてるほどの体力がなくなったからだ。それは、身体だけではなく精神まで病んでしまっただの、病気になった原因は《異常力》の代償に因るものだのと、様々な噂が飛び交っているがどれも定かではない。
「じゃあ、今表舞台で政治を行っているのは?」
「議会だ。つまり、それは七大貴族が取り仕切っているということだ」
『七大貴族』。この帝都にある上級貴族の総称である。他の貴族と比べても権力、財力、歴史、どれをとっても一線を画す程の家で、この七つの大貴族が今の政治の根幹をなしている。
そして現皇帝が床に伏してから十数年もの間政治を行っていた。逆に言えばその十数年で帝都は(というよりは、一部の上級国民たちは)腐敗していった。
「どうして……」
「人間の行動の理由なんて、己の欲求に因るものだ。大方、もっと権力を得たい、もっと金が欲しい、もっと贅沢したい、そんな欲がこの国を腐らせていった」
貴族には、自らの土地を持ちそこに領民を住まわせている者もいる。そこに住む人々は住む場所を提供して貰い、貴族は税を徴収し、生計を立てる。中にはとても重い税を徴収するものもいるが、お互いに一応は共存している。
そして、国民一人ひとりを支配するより、自分の領地、領民を持っている貴族を支配した方が国を牛耳る近道になる。それに、不祥事の揉み消しは他の貴族が七大貴族へ寄進することによりできること。だからこそ、貴族に都合の良い社会をつくったのだろう。とレクスは言う。
また、ひとくくりに貴族と言っても代々土地を持った家もあれば、商才に秀でて大きくなった家や武勲をあげて成り上がった者など様々だ。土地を持つ者はそこそこ、歴史のある家柄のところが多い。
(でも、私利私欲を貪りたいなら、税を上げるとか個人でできることもあるのに、なぜわざわざ、国を腐敗させる方に動いたんだ? そんなことしたら、裏で大きな謀反を企てるかもしれないのに……)
と、少し疑問に思うも、ただそれだけ欲深い者たちなんだと思い考えるのを止めた。
「つまり、その貴族たちを倒す。もしくは政治を行うのを諦めさせれば、情勢を覆せるという訳ですね?」
「そう単純なら苦労はしてないんだがな」
レクスは嘆息し続ける。
「今、この国は二つの派閥によって二分している」
そう。今、帝都は『皇帝派』と『帝王派』の二つに分かれている。
まず、皇帝派。これは皇帝派と名ばかりの派閥であり、皇帝が政治を行っていない以上実質、議会派、七大貴族派と言っても過言ではない。今の政治を行っている派閥だ。だがある程度の統制があり、表だった事件は起こしていない。(裏で非道な行いをして、それを揉み消しているためであるが)。
そしてもう一方の帝王派。これはここ数年で大きく台頭した派閥。一言で言うなら過激派と言うのが正しいだろう。皇帝派の人間を抹殺しようとし、皇帝派の貴族が被害に遭うという事件がここ最近で多発している。
そういった事件を起こしては「我々は帝王派の人間だ! 革命家だ!」とのたまっている。
そしてその特徴は、統制がとれておらず、チームワークというものが皆無であること。表だった事件を起こす上にゲリラ的に行動を起こす。この点に関しては厄介だ。かと思ったら、仲間割れを起こして軍の人間に一網打尽にされたなどといったこともあった。
捕らえた後の取り調べにもバラバラで意味不明な供述をする帝王派の人間。
だが、ある一点において全く同じ反応をする。それは、この派閥を率いているものの名前である。
帝王派というものは、大所帯なはずではあるのだが、それを先導している者は秘密のベールに包まれている。その事を問いただしたとしても、その後の反応は黙秘か知らないとしらを切るだけ。
絶対に教えない。そうすることが美学であるかのように、その行動にのみ一貫性があるというものだ。
「本当に分からないんですか?」
「いや、軍や国としてはわからないということになっているが、我々団長各の中では、ある程度予想はされ、絞られてきている」
七大貴族と同等かそれ近い権力や武力を持つ者は帝国広しといえど、そう数は多くない。だが、まだ確証が得られないため行動出来ずにいるというのが現状だ。
「一体、どうすれば……?」
ラスターは半ば混乱が混ざった声で問いかける。
「そこでだ。今はこの状況を利用する」
「どういう意味です?」
皇帝派と帝王派、二分された権力。もちろんこれは皇帝派、七大貴族側としてもあまり喜ばしい状況ではない。中には襲撃を恐れた者や帝王派の急速な成長に将来性を感じ、それが好ましいという貴族たちもおり皇帝派から帝王派へ寝返る者も少なくはない。帝王派は目の上のたんこぶなのだ。
そこで、七大貴族側は寝返る者たちを抑制するため、帝王派の貴族や寝返る可能性のある者の捕縛、弾圧を開始した。
「ちなみに、そこに転がっているネプリエイト家の者たちも帝王派、もしくは寝返る可能性があると判断された奴らだ」
「そうだったんですか!?」
ラスターは拘束された二人を見た。
「あったことを無かったことにすることが出来るなら、逆もまた然りだ。」
「……まさか」
「来るときに言った、汚職疑惑。無理やり作られたものかもしれん。まあ、こいつらが裏で何かにやっているという話は有名ではあるが……」
違法薬物の取引、収賄や理不尽な重税など、とレクスは付け足す。
「えっと…じゃあ、つまり?」
「まずは、帝王派から潰す」
突然、物騒なことを言いだした。
皇帝派にとって帝王派は力をつけて欲しくない。
帝王派の行動原理は不明。
ラスターたちはこの国をより良くしたい。
そんな三竦みの状況だからこそ、利用できるものは利用する。
皇帝派の帝王派弾圧に一役買い、まずは帝王派を崩壊させる。これにより、皇帝派は勢い付くかもしれない。だが帝都の関係無い国民にも少なからず被害が出ている以上、見過ごせない。
見事、帝王派を瓦解させることに成功したらまずは国民の生活の安全が保証される。無論、国民は横暴な皇帝派をこの時点で良く思っているものは少ない。その結果、国民が味方につく。
そして、貴族たちの中にも逆らえば潰されるという危機感とストレスが与えられる。もとより新勢力が出てきたら寝返るような者たちだ国への忠誠心など一部の者しかない。
それに七大貴族がいる以上、裏でどんなことをしようとも、自分たちが実権を握ることは出来ない。物事の隠蔽にも莫大な金がかかるその金はすべて不祥事を揉み消した七大貴族にはいる。その度に不祥事で金を稼ごうにも民衆の反感を買い、襲撃や暗殺を受けるかもしれないという恐怖もある。そうなると色々溜まってくるものもある。
そこで、ラスターたちは不満のある貴族たちを従わせ、七大貴族に資金や人員を入らないように外堀を埋めて、徐々に外側から力を削って行くのだ。
削って、削って、削って、削りきったその果てで剣を首もとに突き立てる。八方塞がりの状態を作り出すのだ。
これが大まかな計画の内容だ。
「なるほど……」
「時間がかかるかもしれないが、なるべくなら血は流れない方が良い」
「同感です」
全面戦争となると、多くの血が流れ、最悪、死に至る者もいる。なるべくなら、平和的な方法が良い。
「焦ったところで失敗するだけだ。軍の人間が失敗したとなれば今後、このような行動を起こすものが出て来ないかもしれない。それだけは避けたい」
レクスは言う。圧倒的権力と暴力に支配される国はきっと良い国ではない。
「だからまずは、軍の仕事を覚えるんだ。小さいものを積み重ねることによって土台ができる。それに登れて、崩れないようになればやがて高い目標にも手が届く。成功とは積み重ねだ」
「はい!」
(そうだ! 成し遂げることは大きくとも、それは積み重ねること次第で手が届くし、やがて乗り越えられる!だから――!)
「早速、頑張ります!」
ラスターは新たな決意を胸に前を見る。
ここからが本当の始まりであると!!
「いや、ダメだ。明日は休め」
その決意は2秒で否定された。
「……なぜ?」
「ケガをしている」
と、ラスターの頬を指差しながら、レクスは言う。それは先ほど攻防でできたほんのかすり傷である。
「ケガが悪化して死んだらどうする!? 明日は休め!」
「こんなのじゃ死にはしませんよ!?
ほら、傷口も塞がってもう血は出てません!!」
逆に死ぬ方が難しいかもしれない。
「ダメだ。休め」
(あれ? 団長、何か、印象が変わって……)
「大切な仲間なんだ。万が一ということもあるだろう?」
ラスターの肩に手を置きながら諭すように話すレクス。
(あぁ……。わかった。この人、極度の心配性なんだ……)
なお、その心配性な一面、レクスの素であることをここに記しておく。
ラスターが折れる形で配属された次の日の休みが確定した。
***
そこで、話は巻き戻る。前話の冒頭だ。
ラスターは過去に飛ばした意識を現在に戻し、未来を見据える。
(全く、心配性な団長だ……)
あのあとも、何度も「大丈夫か!?」と聞かれた。わりと頭が硬いのかもしれない。とラスターは思った。彼の話を全く聞かない。
洗面台の前に立ち、顔を洗う。
(仕事の方は明日から頑張るとして、今おれが出来ることは……)
突然、静寂の部屋の中で腹の虫が鳴いた。
(まずは、朝食かな。そのあとは、トレーニングをしながら帝都でも見て回ろう……)
日々の積み重ねが大事。そう考え、ラスターは朝食の準備に取りかかった。
To be continued…
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