休みが開けた入団5日目の朝。ラスターは就業時刻より少し早く隊舎へ向かった。流石に、遅刻をするのはまずいと感じるからだ。
「リリア、おはよう!」
「おはよう、ラスター」
途中、リリアと出会い挨拶をかわす。リリアも同じような思いだったらしく、少し早く出てきたという。そして、そのまま二人で隊舎へ向かった。この休み(一日だけだが)、どう過ごしていたなどと雑談をしつつ隊舎へ到着した。ラスターが扉を開けると。
「あっ!おはよう! 早いのね二人とも」
「「おはようございます!」」
そこには既にソフィーがいて笑顔で二人を出迎え、挨拶する。二人の重なったおはようございますは、今日1日、平和に過ごせる暗示ような響きがあり、ソフィーの優しい笑顔と相まって心が和やかになった。
「今日の担当はソフィーさん、でいいんですよね?」
ラスターが疑問多めに問いかける。
「そう言えば、ちゃんとした自己紹介まだだったね。知ってると思いますけど、ソフィー・ネイチェンスです。これからよろしくお願いします」
丁寧な言葉で自己紹介をするソフィー。先輩にそんな言葉でよろしくと言われ、少し気恥ずかしい気分になる。とても礼儀正しい人だと感じた。二人も自己紹介を終える。
「あぁ、それとさっきの質問だけどね。今日は私が担当なの。よろしくね」
「よろしくお願いします!あたしたち凄く休んでるから、早く仕事を覚えないと」
「リリアは良い方だと思うけど? おれは今日を含めなかったら、4日中2日が休みだから……」
「配属2日目を休みになる人がいるなんて、初めて聞いたとき、本当にびっくりしちゃった」
「自分でもそう思う。あと、団長もあんな感じだったけど、いざ戦ってみたら強くて、手も足も出なくってさ」
「なにその話、聞きたい! どんな感じだったの!? 団長の能力は!?」
リリアがラスターの話に食い付く。二人だけで話が進んでいく。
(……あうぅ。ど、どうしよう二人で話を始めちゃった。仲がいいのは良いんだけど、やっぱり止めた方がいいのかな? でも途中で水を差すのもちょっと可哀想だし……。いや、ダメよ私! せっかく真面目そうな子たちが入って来てくれたの、ここで言わないと、ミーシャさんやギャスパーくんみたいになっちゃう! ただでさえ人手不足なんだから、エドガーさんみたいになってもらわないと!)
ソフィーは一人で、もにゃもにゃとしていると――
「ソフィーさん?」
「ひゃっ!!」
突然、ラスターに名前を呼ばれて驚きの声を上げる。
「ご、ごめんなさい……」
「……気にしないでラスターくん。どうしたの?」
「ああ、いえ。そろそろ始まりますよ?」
「今日あたしたちは何をすればいいんですか?」
考え事をしている最中に、始業時刻が迫ってきていた。
「そ、そうね、始めましょう。今日はちょっと書類の整理を覚えてね」
今日の仕事が始まる。聞いた限りでは平和そうな仕事内容だった。隊舎の奥へ向かう三人。そこには資料やら報告書など様々な書類が机の上に山積みになっていた。その数の多さに絶句する。
「……多いな」
「……うん、本当に」
「ごめんね。人手不足なのと、整理する人が私くらいしかいないの……」
ソフィーの話によると、エドガーやレクスもたまに行うこともある。しかし、レクスは団長故に他の班のところへ顔を出さなければならないこともあり、この隊舎にはいないことが多い。
エドガーは荒事や警備の仕事の助っ人に行くことが多く、結果的に時間がとれない。
ミーシャとギャスパーは、壊滅的にこういった仕事が苦手らしく戦力外。ギャスパーに至っては、遅刻などでそもそも仕事をしないことも多いらしい。
話が進むにつれて、ソフィーの存在感がどんどん希薄になっていく気がした。よほど大変なのだろう。
「あなたたちを指導した時、ギャスパーくんは頼りなったかもしれないけれど、あれは幻想よ」
「……なんてことを」
「……そこまで言わなくても」
ミーシャやギャスパーが、静かに座って書類の整理をする姿を想像できないのも事実なので、それ以上何も言えなかった。
その後はソフィーの指導の下、報告書など書類の作成を行った。静かで平和な時間が流れる。
(おれ、割と好きかもしれない)
チマチマした仕事を、そつなくこなしていくラスター。
リリアは始め、苦労していたようだがソフィーの手助けなどもあり、慣れてきたのか途中から《異常力》を駆使して、前半の遅れを取り戻していた。
ソフィーはその姿を見て、口に手を当て感動で震えていた。
(すごい! やっと、やっと戦力になる子達が来てくれた!去年ギャスパーくんが入団した時は、更に私の仕事が増えたこともあったけど、この子達は心配いらないわ! ようやくこの書類の山が無くなり、机の天板が見える日がくるのね!)
感動しつつも手を動かすのを止めなかった。もはや染み付いた動きなのだろう。
「そろそろ休憩にしましょう。お茶を淹れるわ」
「分かりました!」
「ありがとうございます!」
一時間ほどである程度の書類は片付き、報告書も出来上がった。山はまだあるが、今日中に終わらなくても、覚えてくれさえすればなんとかなる量だ。
お茶を飲む三人。一昨日とはうって変わってとても平和な時間だった。
―――しかし、帝都はそんな平和を享受することを、ほんの一瞬しか許さなかった。
「……失礼します」
「あら? 誰かしら? ……はーい」
何の脈絡もなく現れた女性。ショートの髪にキリッとした瞳の女性。
いかにも私は規律を重んじる、といったお堅い見た目の女性なのだが、ルーズでレースがあしらわれたブラウスと、大きなリボンのついたスカートをはいており、そのスマートな見た目とそぐわないギャップがある。
フリルが多めのスカートが、風に翻る。
「サフィラ副団長。また、ですか?」
「はい、またですよ。ソフィー」
サフィラと呼ばれた女性とソフィーが話している。少し遅れて、二人も奥からでてくる。
「あの人って?」
「多分だけど、第2軍団の副団長ね。名前を聞いたことがある。だけど、何のようかな?」
「あら、新人ですか? ならちょうど良いじゃあない。七大貴族から伝令を持って来ました」
「「……えっ!?」」
思ってもいなかった言葉に二人は息を飲む。ソフィーは黙って落ち着いていた。慣れているのだろう。サフィラはそう言ったあとに懐から一通の封筒を取り出しソフィーにわたす。
「それではよろしくお願いします」
「はい、きちんと受けとりました」
「……あ」
きびすを返し、立ち去ろうと時サフィラは何かを思い出したかのように声をあげ、再び向き直る。
「そうだ。アルストロ団長を見かけませんでした? 監視役が巻かれたそうで……」
「昨日と一昨日はここに来てましたけど、今日はまだ見てないですよ」
「そうですか、ありがとう。見かけたら殺しておいて下さい。それじゃ」
「殺しちゃダメですよ!? 働かなくても、きっと良いところがあるはずですっ!……多分」
会話を終えて、今度こそサフィラは自分の職場に帰っていった。
(な、何なんだ最後の会話は……。……それより)
最後の会話に不信感を覚えつつも、現実と向き直る。
「……ソフィーさんそれってもしかして」
「ええ、想像している通り。寝返った、もしくはその可能性がある貴族の通達よ。リリアちゃんは初めてかも知れないけど、ラスターは初日を思い出して」
「詳しいことは分からないけど、その貴族を捕らえるってことですか?」
「そう」
ふと、ラスターが疑問を持ち、ソフィーに問い掛ける。
「そういうのって、第2から届くんですね。七大貴族直属の部隊、とかじゃないんですか?」
「う〜ん?『五芒星』の人たちは専ら護衛が任務だから、こういうことにはノータッチなんだと思うわ」
「それに、下手に個人的に渡しに行って、襲撃を受けたら元も子もないからじゃない? だから、情報伝達が主な任務、かつ戦闘も行える第2軍団に任せたってことでしょ」
「なるほど。帝王派がいつくるかわからない以上、そうする方が安全っていうことなんだ。何と言うか、良いように使われてる感じがする」
「……そうね」
貴族が国を腐らし、その貴族が怖れるのも同じ貴族だという。自分たちが蒔いた種だというのに、結局動くのは軍。その尻拭いをさせられているような気分になる。
「それじゃあ。私、行ってくるわ。これは結構、緊急性が高いときに来るものなの。今日はもう解散で―――」
「待って下さい! 一人で行くんですか!?」
「あたしたちも行きます!」
ソフィーは封筒から紙を取り出し、それに一通り目を通したあと、そう言う。もちろん黙って見おくるような二人ではない。自分たちもついていくと言う。
「……でも危険よ? 嫌なものを見るかも知れない」
「それでも行きます!」
「おれたちも帝都を変えるって誓ったんです。『今』行動を起こせない人間に『未来』は変えられない! 自分の『未来』を変えられないやつに、国なんて変えられません!」
二人の決意は本物だと強く感じた。
「……そうだね。団長の心配性が伝染っちゃったかな? ごめんね、信じてあげられなくて。一緒に来てくれる?」
「もちろんです!」
「行きます!」
三人は隊舎を後にする。歩いての移動。さほど距離は無いらしい。
「ソフィーさん。その貴族はなんて名前の?」
隊舎から少し出たところで、リリアがソフィーに問いかける。ソフィーが封筒の中から取り出した紙を読み、二人に伝えた。
「今回の所は、テネシーラ家。ジョン・テネシーラと言う人が当主の―――」
「お待ち下さい!! 今、テネシーラと言いましたか!?」
ソフィーがすべてを言い終わる前に、後ろからの大声によって中断させられた。三人は振り向くと、そこにはひどく憔悴した様子の女性がいて強く懇願してきた。
「どうか、どうかお願いです! 姉をわたしの姉を助けて下さい!!」
「……!」
忘れていたわけではなかった。いや、むしろ忘れたかったのかも知れない。帝都がどれだけ残酷な場所なのか。きらびやかな光があれば、その分影が濃くなる。光だけを見ていたかった。だが、一時の平和などまやかしなのだと思い知らされる。
―――平和の暗示なんて無かった。ここはそういう場所だ。
To be continued…
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