2014年7月、夏の季節が訪れたのである。
父親・誠一と息子・ヒサユキの親子はピアノジャズが大好きであった。
往年ジャズピアニストのアルバムをよく聴いてその楽曲に合わせ、親子セッション演奏を楽しませたのである。
何しろ、親子同士がドラマーであるにもかかわらず、二人のドラミング演奏は本当に素晴らしいものだ。
演奏が終わると、二人はあまりにも疲れが出たようで、お風呂に入り、気分を和らげることに。
そして、二人だけの男トークが始まったのである。
ヒサユキ
俺が親父と和解してもう、15年近くになるけど、一人暮らしし始めて14年。
親父も俺も、互い離れ離れであるのに、いつも俺が実家に戻って親父の手助けをして、そして親父が俺のところへ来て料理を作ったり、掃除や片付けを手伝ったりと。
そして、俺ももうすぐ28歳になるけど、親父はもう還暦手前だから、俺が30になって、親父が還暦になった時には、親父の還暦祝いセッションをすることを希望するよ。
誠一
おいおい!
いきなり、何を言い出すんだ、ヒサ(笑)。
そんなこと、無理に考えなくても、お父さんはお前と一緒にセッションをすることが楽しみなんだから。
でも、お父さんはなぁ、ヒサが生まれて初めてお父さんのドラミングを見て、よく真似をしてくれているヒサを見て「ヒサの夢はドラマーだな」とずっと思っていたんだよ。
ヒサユキ
ありがとう、親父。
俺もいつかは、親父のようなジャズドラマーになりたいとずっと前から思っていた。
けど、俺には趣味がいっぱいあって、それらにあまりハマりすぎて没頭してしまった。
誠一
ヒサ.....。
ヒサユキはドラム以外の趣味がいっぱいあり、車、バイク、模型作り、パソコン....
頭の中にはそれしか没頭しておらず、せっかくのドラム演奏もそっちのけになり、最悪、誠一と親子喧嘩になったことも。
それは2001年初秋のことであった。
誠一
いい加減にしろおおおごろろええあおおっ!!!!
試験の真っ最中に自分勝手なみだらなことをしいやがるるぐるるるいいっ!!!!
お前はどうやって進路を歩み続ける気なんだああがらららおおっ!!!!
高校進学なんてお前には今のままじゃ無理だがらららああおおっ!!!
もうお前なんか、お父さんの息子じゃないいいいっ!!!!
とっとと出てけえええええっっ!!!!
ヒサユキ
ああ、出ていくさああああおおおっ!!!!
もう二度と、ここには戻ってこないからなあああがらららおおっ!!!
父さんなんか大嫌いだあああおおっ!!!!!
反抗期のピークであった中学生のヒサユキはこの時、父親・誠一との関係がギクシャクしてて、大喧嘩が絶えない毎日だったそうです。
誠一
あの時は本当にヒサには厳格過ぎて、言い過ぎてしまったよ。
申し訳なくも、情けない気持ちでいっぱいだった....
ヒサ....本当にすまない.....
そう心の中で反省しつつも、後悔していた誠一。
ヒサユキはそう悲痛に感じている誠一を見て、誠一のチンコを握り、触りはじめ、そして「むすんでひらいててをうってむすんでえええがらららあおおっ!!!」と力強い声量感でシコリはじめる。
誠一
おいいっ!!!!
何をするんだ、ヒサ!!!
それなら、お父さんも!!!
誠一も負けて足らず、「わたしはいままあああおお、ねむりのなああかかああおお、あの鐘を鳴らすのはあなたがらららあおおおっ!!!」とヒサユキのチンコを握りしめ、ヒサユキと同じ声量感を強めながら和田アキ子風で歌いながら、ヒサユキのチンコをシコリはじめた。
誠一もヒサユキも互いにチンコをシコって、湯船の中は精液だらけになってしまった。
誠一
さて、ヒサ、もうそろそろ出るとするか。
お腹すいただろ。
美味しいごちそうを作るから、手伝ってくれないか?
ヒサユキ
OK!!!!
風呂上がりのヒサユキ&誠一親子は、仲良く夕食の支度をし始めた。
今夜はヒサユキの大好きなカレーラーメンを作り、カレーの匂いがまたもやたまらなかったのである。
ヒサユキ
ひぃあああおおっ、うめぇぇぇぇっ!!!
親父と作るカレーラーメンは本当に最高だよ。
誠一
私もだ。
私が確か、中学生だった時の頃にボンカレーというカレー製品が生まれた。
給食、もしくはキャンプなどで私はよく食べていたよ。
本当に美味しかった。
ヒサユキ
なんか親父とは、気が合いそうな気がする。
親父、本当にありがとう。
そんな晩夜、二人が仲良くカレーラーメンを食べている最中にドアのインターホーンが鳴った。
ヒサユキが出ると、見知らぬデブショタとふくよかな体型をした母親らしき女性が訪れたのである。
ヒサユキ
あれ、鼓太郎くんじゃん?!
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」
あ、ヒサくん、こんばんは。
ご無沙汰しております。
誠一
ヒサ、知り合いなのか?
ヒサユキ
ああ、親父。
以前、ジャズ定期演奏会に少年の部で参加していたんだ。
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の母親
こんばんは。
どうも、うちの息子が大変お世話になっております。
誠一
やぁ、お母さままで。
こちらこそ、こんな時にわざわざありがとうございます。
今日は私のお相手をしてくださるのでしょうか?
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の母親
その通りです。
でも、今回は主人と一緒ではないということをお分かりだと思います。
ヒサユキ
はあ。
誠一
ええ、私は存じておりますが、あまり詳しくはわかりません。
一体、何があったのか、説明していただけますでしょうか?
さぁ、どうぞお上がりください。
鼓太郎とその母親は中へ入り、亡き父親のことなどを残さず話したのである。
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の母親
主人は今年の5月、天国へ旅立ちました。
鼓太郎にとっては、最愛の父親でした。
鼓太郎のこどもの日ドラム発表会のリハーサルの時のことだったのです。
私は何とも言葉にできないほどのショックを受けました。
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」
父さんも僕もミュージシャンだから、一緒にセッションしたりしています。
僕もいつかはプロになって、更に大人になった僕と父さんと夢の競演も夢見ていました。
でも、父さんは母さんと出会う前から体が弱くて、持病を抱えていたそうです。
2年前に脳溢血で倒れ、一回入院していました。
退院後は自宅療養中だったので、回復するまでの間は、ドラム演奏なども暫くは控えていました。
でも、父さんはどうしても諦めることができず、ドラムを叩きたかったそうです。
2014年5月。
ジャズミュージシャンの自宅スタジオで鼓太郎は父親と久々のセッションが終わり、楽しそうに話をしていた。
鼓太郎
お父さん、今度の土曜日、発表会だよ。
その間にはちゃんと病気、治してね。
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の父親
うん、ありがとう。
お父さんもついに無理をしてしまって、本当に申し訳なかった。
早く病気を治して、発表会、見に行くから。
それまで待っていてくれないか?
鼓太郎
うん。
ところで、お母さんは?
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の父親
そうだな....
もしお父さんが病気が酷くなってしまった場合は、母さんがいるから、心配はないはずだ。
鼓太郎
うん、そうだね。
あ、そうそう、お父さん。
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の父親
何だ?
鼓太郎
今日はサービスとして、僕の面白い踊りを見せてあげる。
ほら、前に一回、僕が松岡直也先生の追悼コンサートでサプライズ出演した時に見せたやつ。
ジャズミュージシャンデブショタ「鼓太郎」の父親
ああ、あれか。
じゃあ、その踊りを見せてくれないかな?
鼓太郎はその場で衣服とズボンを脱ぎ始め、上半身裸で裸踊りを父親の前で披露した。
しかしながら、あまりにもテンションアゲアゲであったため、その場でパンツ「ブリーフ」まで脱ぎ捨ててしまい、真っ裸で踊りを続けた。
そして、最後はアキラ100%さんの芸真似をしたのである。
鼓太郎の父親はあまりにも興奮度が増し、鼓太郎の程度の良い体色やお尻、 そして抵抗的な胸部をもつ陥没乳首を纏うふっくら感の強い生の全裸ヌードを見ながら、自らズボンとパンツを降ろし、チンコを出してシコリ、手持ちのタオルに向けて精液を大量に出していたそうである。
そして、鼓太郎の父親はその後に鼓太郎の抵抗的な胸部をもつ陥没乳首を両人差し指で揉みこむよう乳触刺激を受け、鼻や体回りを20秒間ほど嗅ぎ続けていた。
鼓太郎
お父さんは相変わらず、エッチな人だね。
僕はちゃんと見ているんだよ。
お母さんと布団の中でエッチ&セックスしていたの。
でも、まぁいいか。
そんなことより、あの音楽をかけながらやってほしいんだ。
父親
ああ、すまないよ。
そうだな。やってみるか。
鼓太郎の父親は乳触刺激を一旦止め、ズボンとパンツを履き、今度は自分とその仲間たちで演奏したジャズ音楽を掛け始めた。
そのジャズ音楽は「やすらぎのピアノジャズ」と題した自身のジャズアルバムの中に収められているのである。
その中から2曲ほど流し、自分が叩いて鳴らされるシンバル類やレガートに沿い、鼓太郎の父親は、再び鼓太郎の抵抗的な胸部をもつ陥没乳首を両人差し指でスピード感を湧くように乳触刺激を受け、最後のエンディングではキメ技を採っている。
鼓太郎の母親
主人はテンションが上がると、自分のチンコや全身裸体を鼓太郎の前でさらけ出して、ああいうことをなさるんです。
私はその姿を見てしまったんで、その後に私は主人にきつく注意したんですよ。
誠一
ハハハハハ....「笑」
私も実は....
鼓太郎の母親
え?!
鼓太郎
プーッ「爆笑」
ヒサユキ
おい、親父!!!!
誠一
あ、すまん。
それは冗談さ。
それより、お父さんが亡くなった時に鼓太郎はどんな状態だったのでしょうか?
鼓太郎の母親
それは鼓太郎の演奏会のリハーサルを行う直前だったんです。
発表直前に主人の訃報が知らされて、鼓太郎はあまりにもショックを受け、控室からその場から動くことができなかったんです。
鼓太郎の発表会リハーサル直前のことでした。
鼓太郎の父親が鼓太郎のリハーサルを行う前に自宅で倒れたという電報が音楽教室へ届きました。
父親は病院に緊急搬送されたものの、意識が戻ることもなく、2時間後に搬送先の病院で息を引き取ったそうです。
父親の訃報を知った鼓太郎はあまりのショックを受け、舞台のドラムセットの前から離れることができず、大号泣してしまいました。
鼓太郎
えっげれれれえええああおおん「泣」
お父さあああがららおおおん.....なんでだよおおおお....約束したじゃないかあああ....見に来てくれるってえええっ!!!「泣」
鼓太郎の母親
鼓太郎.....
そんな泣き崩れる鼓太郎を見た母親は心配そうな表情をしながらも、その場からドアを跡にした。
その母親の悲しい話に鼓太郎は....
鼓太郎
うっわわああああがららおおおん....「泣」
お父さあああがららおおおん.....「泣」
もう逢えないなんてぇぇぇぇいい「泣」
鼓太郎の母親
泣くのはよしなさい、鼓太郎。
あなたが泣いてたら、お母さんも悲しむでしょう。
大好きなお父さんとうまくお別れができるように、私たちと一緒にジャズ演奏しましょう。
鼓太郎
.......。
うん...わかった...
ヒサユキ
おばさんもジャズミュージシャンだったんですか?
鼓太郎の母親
ええ。
私も実はピアニストまでにはいかないのですが、ピアノを弾いておりまして。
誠一
鼓太郎くん、先に君の素晴らしい演奏を聴かせてもらうかな?
その後に私たちも一緒にお手伝いさせてもらうからね。
鼓太郎
はい、よろしくお願いいたします。
鼓太郎と鼓太郎の母親は、誠一とヒサユキの親子とともに自宅スタジオにて、ジャズ演奏セッションを始めたのでした。
鼓太郎はお決まりのドラム、母親はピアノで演奏することとなります。
誠一はあまりにも鼓太郎の腕前のあるドラミングに驚くばかりか、耳を傾けていましたが....
8人デブショタ
うっわわあああああああん.....父さあああああん....
8人デブショタの父親
あああああっ!!!!!、啓人おおおおっ!!!!
ああああっ!!!あああああっ!!!
どうか神さままがらららおおっ、ほとけさままあああおお、たすけてけれればらららあおおっ!!!
誠一
あああああっ!!!なんだあああああおおおごろろろおおっ!!!
このおおきなゆれわがららららああおおっ!!!!!やめてえええくれれれえええいいっ!!!!
そんな中で、誠一の心の中には激しい悪夢が襲い掛かっています。
誠一
うぐううううっ!!!!
やめてくれれえええ....うううぐううっ!!!!
はあああっ!!!、はあああっ!!!、誰か助けてくれえええっ!!!
誠一は思わぬ激しき発作を起こし、あまりの苦しさに耐え切れず、そのまま床下に倒れ始めた。
ヒサユキ
あ、親父!!!!
親父!!!!
大丈夫か?!!!
鼓太郎
おじさんっ!!!
大丈夫ですか!!!!
鼓太郎の母親
誠一さんっ!!!
しっかりしてくださいっ!!!!
誠一
ああ、大丈夫だ。
助かったよ、ありがとう。
私もついにこんなことになってしまうだなんて。
そろそろ訪れる頃なんだ。
裸のヌードの星の天使が。
あ、いやいや、星のデブショタが。
ヒサユキ
何、バカなこと言ってんだよ!!!
そんなやつ、いるわけないだろう!!!
親子セッション演奏したばかりなのに、もうお疲れ様かよ!!!
誠一
ああ、すまない。
私はもう休むことにするよ。
演奏はまた今度にしよう。
君たちももう適当に寝なさい。
ヒサユキ
わかったよ。
じゃあ、俺の部屋で鼓太郎を寝かすから、今夜限り、和室でおばさんと一緒に寝ることにするよ。
鼓太郎くん、俺の部屋で寝なよ。
鼓太郎
うん、ありがとう。
おやすみなさい。
鼓太郎の母親
鼓太郎、もうすぐ発表会だから、ちゃんと寝るのよ。
鼓太郎
はい、おやすみなさい。
誠一は自分の部屋に戻り、その場からベッドに入り、眠りについた。
鼓太郎もヒサユキの部屋で一晩寝ることになり、あまりの疲れが出たのか、その場で眠りについたのである。
ヒサユキと鼓太郎の母親は和室に入り、ヒサユキは鼓太郎の母親と夜話をし始めたのである。
鼓太郎の母親
誠一さん、いったい何があったのかしらね?
せっかく鼓太郎のドラム演奏を真剣にみていらっしゃったのに。
ヒサユキ
親父はこの10月で58歳になります。
ここ最近になり、大きな転機が訪れるようになりました。
俺もあまりよくわからないけど、体に異変が......
鼓太郎の母親
難病なのかしら?
ヒサユキ
いや、そのことは俺にもサッパリ。
ただ、覚えているのは、あの大きな地震で親友を失ったのが原因でしょう。
その親友は啓人先輩の父親だったそうです。
当時、幼かった啓人先輩も地震を経験しているから、たぶん覚えています。
その地震は2011年「平成23年」3月に東北で起きた東日本大地震ではなく、1995年「平成7年」1月に起きた
阪神淡路大震災のことでした。
その頃に親父はジャズの演奏会のために2泊の研修出張も交えて、家にはいませんでした。
俺はその時には留守番をしていたのですが、親父のことがどうしても心配で、被害に遭われないかとも、夜も眠れない日々を送ってしまったんです。
でも、そんな俺を岐阜のおじいちゃんとおばあちゃんがわざわざ家に遊びに来てくださり、元気づけてくださいました。
鼓太郎の母親
まぁ、誠一さんのご両親が。
ヒサユキさんにとっては、かけがえのない家族だったのでは?
ヒサユキ
はい。
でも、おじいちゃんは俺が家出した時に病気で亡くなってしまいました。
現在はおばあちゃん一人です。
今年で82歳になられるのですが、まだ健在であります。
健康面が気になります。
鼓太郎の母親
鼓太郎の祖父母は、だいぶ前に亡くなられたのだけど、主人の父母になるんですね。
私の父母はまだ健在ですが、静岡は熱海で今は居住しているんです。
ヒサユキ
熱海ですか...
熱海温泉は小さい頃からよく行っていました。
ほとんど親父となんですが、なかなか頼もしかったです。
鼓太郎の母親
私も主人と鼓太郎3人で熱海温泉はよく利用します。
混浴がほとんどなんですが、主人は鼓太郎以外の裸にはまったく興味がなくて...
私とはセックスレスでもありませんでしたから、主人も私も性欲感はありますから。
ヒサユキ
......?!
鼓太郎の母親
あら、余計なことを言ってしまったかしら?
お気の毒でしたならば。
ヒサユキ
いいんですよ、そんなことは!!!
亡くなられた旦那さんの代わりに俺が代わりに引き受けますから。
但し、このことは鼓太郎と親父には絶対、内緒にしてください。
よろしくお願いします。
鼓太郎の母親
ええ、わかったわ。
ヒサユキと鼓太郎の母親は、急ぎにパジャマ姿から生全裸ヌードになりつつも、ヒサユキは鼓太郎の母親に自らチンコを触ってもらいながらも、鼓太郎の母親の全裸を観ながらヒサユキ自身もシコる、そして鼓太郎の母親の豊満でふっくら感の強い華麗なおっぱい、そしてデリケートの強い乳首を揉みこむ、摘まむ、舐める、そして乳触刺激をするという行為を見せ、互いにレズビアン的なエッチ&さわりっこをはじめるとともに、そこから気持ちよくセックスを受け、最後はイったのであります。
そして、ヒサユキと鼓太郎の母親は夜話をし始めたのです。
ヒサユキ
親父が初めて太った女性とエッチ&セックスをするようになったのは、千うららという女芸人さんとシンガーソングライターの小坂明子さん、そしてゴスペル歌手の亀渕友香さんとピンク女優の松井康子さんがこの家に遊びに来てくださり、その時にも自宅スタジオと和室で互いに素っ裸になり、気持ちよく、やっていたそうです。
だが、松井康子さんは残念ながら、40歳になった時には芸能界から姿を消してしまいましたが、引退される直前の日には親父の前で大胆に脱いでありのままの姿を見せて
くださり、その時にもやっていました。
そして、親父は4人の豊満巨乳おっぱいや乳首への刺激を親父のドラムス即興ソロで鳴らされるシンバル類に沿い、受けていました。
鼓太郎の母親
松井康子さんや亀渕先生、お懐かしいわ。
今、どうしてらっしゃるのかしら?
お目にかかりたいわ。
ヒサユキ
ご存知なんですか?
鼓太郎の母親
ええ。
私の子供の頃から憧れていた人なのよ。
特に亀渕先生は、マヘリア・ジャクソンという女性ゴスペル歌手が出演した映画『真夏の夜のジャズ』を観たさいに、その劇中でジャクソンが圧倒的に歌う姿ぶりに衝撃を受け、涙を流したのが先生の音楽および歌手になる目覚めの始まりだったみたいね。
以来、サッチモ、ゴールデン・ゲイト・カルテット、アレサ・フランクリンなど、ゴスペルミュージシャンをヒーロー&ヒロインにして、ブルース、ジャズ、アフリカン音楽に至るまでの黒人音楽を聴きながら成長していったのよ。
ヒサユキ
なるほどね。
アレサ・フランクリンの名前が出てきたんですけど、その人が歌う「アメージンググレイス」は本当に素晴らしかったです。
僕も一回、生で聴いたことあるんですが、圧倒的な歌唱力にかなり惹かれてしまいました。
最もは親父が大のファンだったので、彼女の圧倒的で素敵な歌声に惚れ込んでいたのかもしれません。
鼓太郎の母親
ヒサユキさんも誠一さんも?
ヒサユキ
はい。
少しだけですが、僕は高校生の時にゴスペル音楽を学んでいました。
そして、大学在学中にオーディションを受けて合格した経験もあります。
鼓太郎の母親
まあ、すごいことね。
一度、聴かせてもらえないのかしら?
ヒサユキ
わかりました。
じゃあ、鼓太郎の発表会が済んだらでよろしいでしょうか?
鼓太郎の母親
ええ、わかったわ。
ヒサユキと鼓太郎の母親は約束を交わしつつも、互い全裸姿で布団の中でエッチ&さわりっこ、セックスをし始めたのち、静かに眠ったのである。
そして、土曜日。
2ヶ月ぶりに待ちに待った鼓太郎のドラム発表会が無事に開催することができ、誠一とヒサユキ、そして鼓太郎の母親は鼓太郎は会場へ向かい、席に着いた。
鼓太郎の母親
誠一さん、ご気分のほうは?
誠一
はい、もう大丈夫です。
私もついに、おっとりしてしまいまして。
ヒサユキ
前夜に親父と一緒にセッションをしていたんです。
その疲れなどもあったかもしれませんが....
鼓太郎の母親
え?!
誠一
あ、いやいや!
そういうことだな。
さぁ、そろそろ時間ですよ。
舞台のブザーが鳴り始め、発表会が始まりました。
緞帳が上がると、ドラムスクール教室に通う生徒たちが舞台に集結して挨拶を交わします。
それぞれ順番に一人ずつ、ジャズやアニソンなどの楽曲をドラム演奏披露していました。
そして、鼓太郎の番が来ると、鼓太郎は舞台前に立ち、お辞儀をしたあとで、ドラムセットの席に座りました。
鼓太郎
皆さん、おはようございます。
僕の名前は中村鼓太郎といいます。
小学3年生です。
今日は僕たちのために素晴らしいドラム発表会、それに観客からのお集まりに心より感謝申し上げたいところです。
何故か、僕の父さんがいないことにお気付きのない観客もいらっしゃるかと思います。
父さんは、2ヶ月前のドラム演奏リハーサル開催中に持病で亡くなりました。
父さんは母さんと出会う前から体が弱く、持病を抱えていました。
2年前に脳溢血で倒れ、一回入院していたこともありました。
退院後は自宅療養中だったので、回復するまでの間は、ドラム演奏などもドクターストップにより、控えておりました。
でも、父さんはどうしても諦めることができず、ドラムを叩きたかったそうです。
そんな天国にいる父さんを捧げる形で本日、僕が演奏します楽曲は、「やすらぎのピアノジャズ」という楽曲です。
父さんの自制ジャズアルバムのタイトル曲で、ピアノアレンジが素晴らしいジャズの楽曲です。
どうかお聴きください。
鼓太郎がそう言い終わると、鼓太郎が選択したジャズ音楽が流れだし、それに合わせて、ドラム演奏をし始めたのである。
鼓太郎は父親のドラミングを真似しつつも、中間のドラムソロに関してはかなりの腕前がありました。
曲が終わると、観客たちは大柄な拍手を迎え、その拍手が舞台全体に拡がりました。
鼓太郎はドラムセットから席を外し、舞台前に立って、再度のお辞儀をしたうえで、ドラム発表会は静かに幕を閉じます。
発表会が終わると、誠一&ヒサユキ親子と鼓太郎と鼓太郎の母親は自宅に戻りました。
ヒサユキ
鼓太郎くん、今日の君は最高だよ!!!!
鼓太郎
はいっ!!!
これも皆、誠一さんとヒサくんのおかげです。
これで父さんとお別れをすることができます。
鼓太郎の母親
本当にありがとうございました。
なんてお礼を言ったらいいのか....
ヒサユキ
じゃあ、自宅スタジオで....
鼓太郎の母親
(⋈◍>◡<◍)。✧♡
誠一
ヒサ....
鼓太郎
プーッ!!!「笑」
自宅スタジオで誠一&ヒサユキ親子と鼓太郎と鼓太郎の母親は互い素っ裸になり、誠一は鼓太郎の父親のジャズアルバムを流したのである。
そして、収録曲曰く、鼓太郎の父親が叩いて鳴らされているシンバル類もしくはレガートに沿い、ヒサユキは鼓太郎の母親の豊満で華麗なおっぱい乳首(自分のチンコを陰部に挿入)、誠一は鼓太郎の抵抗的な胸部をもつ陥没乳首(自分のチンコと鼓太郎のチンコを引っ付ける)への乳触刺激を受けることにしています。
その後には気持ちいいレズビアン的なエッチ&さわりっこをしたのち、互いにシャワーを浴びて、茶話会を楽しませた。
そして、ヒサユキはお約束のアカペラを鼓太郎の母親の前で見せることとなり、ヒサユキは祖母がよく聴いていた、和田アキ子さんの「コーラスガール」と大橋純子さんの「シルエットロマンス」の2曲を披露したのです。
ヒサユキのあまりの迫力さに誠一の頭はチンプンカンプン。
でも、鼓太郎の母親はそのヒサユキの歌声に目を光らせているばかりで、鼓太郎も感動さを表していたりしていたのです。
鼓太郎
今日は本当にありがとうございました。
また、いつか出逢える日を心より、楽しみにしています。
誠一
ああ、またおいで。
ヒサユキ
鼓太郎くん、また一緒にドラムバトル、しような。
鼓太郎
はいっ!!!!
鼓太郎の母親
本当にありがとうございました。
ヒサユキさん、素晴らしいダイナミックな歌声をありがとうございます。
ヒサユキ
こちらこそです。
なんか自分も恥ずかしい気持ちになるほど、久しぶりにああいう声を出したのはストレスの発散にもなりました。
また、いらしてください。
鼓太郎の母親
ええ、こちらこそ。
鼓太郎
さようなら、誠一さん、ヒサユキさん!!!
鼓太郎の母親
さようなら。
誠一&ヒサユキ
さようなら。
どうも、ありがとうございました。
鼓太郎と鼓太郎の母親は誠一たちの自宅のドアを跡に出ていった。
誠一
ヒサ、よかったな。
ヒサユキ
ああ、これも皆、親父のおかげさ。
誠一
鼓太郎くんも、それに鼓太郎くんのお母さんもいい体格をしていたな。
それにいい裸体をしていたよ。
さぁ、今度は私の番だ!!!
ヒサユキ
はぁ?
そんなことを言っている誠一だが、ヒサユキはどうしても、誠一の現役に気を遣うようになったのです。
ヒサユキの一句
親父!!!
もういい加減に、現役を引退しろよ!!!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!