チホちゃんに声をかけ、俺たちは再び二階の西廊下へ舞い戻った。そしてセキュリティシステムに数字を入力していく。
四桁の数字を入れ、エンターボタンを押した瞬間、認証されたことを示す緑のランプと軽快な効果音が鳴り、扉のロックは解除された。
……全く、面倒臭いシステムだ。
「……入ろう」
「了解です」
ロックの掛かった扉の向こう。
そこは日下さんの書斎になっているはずだが、果たして。
ギイイ、と音を立てて扉が開かれる。
その奥には、大きな書斎机がどんと置かれていた。
部屋の中は少し埃っぽいが、床に埃は積もっていない。スマホのライトで照らしてみても、自分の足跡が残るようなことはなかった。
どうも床上の埃だけが払われている感じがするけれど、気にしていても答えは出ないだろう。とりあえず、俺はチホちゃんと手分けして書斎の探索を始める。
ここにも本棚があるし、他にもトロフィーや盾が仕舞われたラックがある。書斎机にも引き出しが複数あるし、これが脱出ゲームなら手掛かりの一つや二つあったっておかしくない。
……と。
「……マジかよ」
まず手始めにと、机の引き出しを引っ張ったところで。
俺はその中に、小さな鍵が一つ入っているのを発見した。
「ラウンジ……そう言えば一階にあったっけな」
貼られているシールに書かれているので、これはラウンジの鍵なのだろう。ここまでくると作為的なのは見え見えだが、背後に何があるのかまでは全く浮かんでこない。
「鍵、ですか。とりあえず新しい場所に行けるんですね……」
「脱出ゲーム風になってるんなら、また次の部屋にヒントとか鍵とかが置いてあるんだろうけど」
これまでの流れからすれば、その可能性は高い。誘われているようだが、何れにせよ手掛かりがそこにしかないのなら、行かざるを得ないだろう。
小さな鍵を拾い上げると、カサリと乾いた音がした。暗くて気付かなかったが、鍵の下に一枚の紙切れが敷かれていたようだ。
ただの紙屑かもしれないが、念の為に俺はその紙も確認してみた。
「……ん?」
古い紙切れには、たった五文字だけ平仮名が書かれていた。
血を想起させる、赤黒いインキで。
[525195341/1599316902.png]
「なんでしょうかね、これは……」
チホちゃんが、口元に手を当てながら小声で呟く。
にがなのえ。意味がありそうな無さそうな、中途半端な平仮名の羅列だ。
けれど……。
「あの人の字っぽい気がするんだよな……」
「ヒカゲさん、ですか」
「……ああ」
ヒカゲさんの書く字を見た機会なんて、それほど多くない。
しかし、だからこそ心の片隅に残り続けるものはある。
それはもちろん明確なものではないのだが……今はこの感覚を信用しておいてもいいんじゃないだろうか。
「……レイジさんは、ヒカゲさんの消息を知らないんですよね」
「ああ。あの人は、いつのまにかいなくなったから。思わせぶりなことを告げるだけ告げて、そのままな」
今はどこにいるのやら。
遠い山里か、都会の住宅街か。
或いは……煉獄か。
「まあ、よく分からない紙だけど意味はあるんだろう。持っていくかな」
「……そうですね」
ラウンジの鍵と、謎の文言が書かれた紙。
その二つを新たな手掛かりに、俺たちは書斎を後にした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!