「……実験、か。やはりそうなのだな……」
場に沈黙が下りたところで、アヤちゃんが独り言ちる。
「アヤちゃん、何か知ってるの……!?」
食いついたのはランだ。
否、俺たちも事情を知っていそうなアヤちゃんの言葉を訝しくは思っていたが。
「霊についての知識はある程度持っているからな。霊と実験……この二つの言葉を聞けば、あの事件が頭に浮かんでくるんだ」
「あの事件?」
「ああ。ソウヘイも聞いたことくらいはあるんじゃないか。その町の名から、伍横町幻想と呼ばれている一連の事件だが。未だ解決していないことと、人間業とは思えない被害規模から、専ら界隈では霊による事件だと噂されているんだよ」
伍横町幻想という呼び方は知らないが、伍横町という名前の町は俺も知っていた。アヤちゃんの言うように、町内の建物ほぼ全てに傷が付けられるというとんでもない規模の事件であり、当時はテレビのニュース番組で報道されていたのを覚えている。
「そういやあったな。俺たちとは全く関係ないとこの事件だと思って、気にも止めてなかったが」
「あの事件で、降霊術の実験をしていたという人物が何人か挙げられている。風見照(かざみてらす)という研究者が有名だな。鏡ヶ原の一件も、似たような印象を私は持ったのだが……」
「やっぱオカルト方面の話はアヤちゃんの独擅場か。で、アヤちゃんは今の状況も霊によるものだと言うわけだ」
「……うむ」
アヤちゃんの知識量については、俺は素直に感心している。そんな彼女が言うのなら、霊を頭から否定するのも良くないかもしれない。
「生憎俺はまだ信じられないけど、起きてることは夢なんかじゃなく現実だ。……何か脱出できる方法が浮かぶのなら、それをやってみるのは無駄じゃない」
「ぼーっとしてても、進展があるわけでもなし。ひょっとしたら、霊が襲ってくる可能性もないわけじゃなし。行動してみるのが、いいかもしれないわね」
「……そうですね。ボクもそう思います」
俺の言葉に、ランもシグレくんも賛同してくれた。
「方針は決まりだな」
ソウヘイも頷く。
「よし、じゃあまた、探索を始めましょ! 今度は遊びじゃない、生きて館を出るための探索を」
「危険を感じたら、どれだけ些細なことでもすぐに逃げるか助けを求める。それを意識して探索していくことにしましょう」
「オッケー。こんな館、さっさと出てってやる」
両の拳をぶつけ、覚悟を決める。
霊なんて知るか。領域外の存在が俺たちを閉じ込めようとも……必ず、脱出してみせるのだ。
日中の探索とは違い、皆の目は真剣なものへと変化し。
強い使命感を持って、一人、また一人と食堂を出ていった。
最後にシグレくんが、ランの背中を追おうとして立ち止まる。
それから少しだけ悩む素振りを見せ、こちらに近づいてきた。
「……レイジさん」
「どした?」
「チホちゃんのこと、レイジさんにお任せしてもいいですか?」
「……そうだな。というか、他の奴らもそのつもりだったんだろ」
「まあ、一番信頼できる人だと思いますから」
「よしてくれ、それは言い過ぎだ」
今日が初対面と言ってもいい奴にそういう評価を下されると、流石に恥ずかしい。
あくまでもその評価は表面上だけだ。俺は酷く面倒臭がりな、扱い辛い男でしかない。
「お願いします」
「……おう」
それでも、頼まれたことはちゃんとやり通す、そのくらいの気概は持っている。チホちゃんのことは、テンマくんのためにも守ってあげなくては。
こんな状況だ。霊を信じる信じないの問題ではなく、誰にも等しく危険があるのだから。
シグレくんを見送ってから、俺は未だ座り込んでいるチホちゃんに、そっと声をかける。
「皆、行っちまったな」
「……はい」
「一人は危ないし……とりあえず、俺と一緒にいてくれ。俺も助かる」
「……ありがとう、ございます」
「いや……」
こういうときに、どんな会話の運び方をすればいいかが分からない。
でも、変に腫れ物を触るような態度で接しても傷つくだけだと、なるべく普段通りを意識しながら話すことにした。
「さ、俺たちも行こう」
「……わかりました」
チホちゃんは、ゆっくりと立ち上がる。
そして、彼女がついてくるのを意識しつつ、俺も他のメンバーと同じように食堂を出ていった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!