「……レイジさん」
シグレくんの声は、やけに遠くからするように感じた。
「悔やまないでください。責めたって……仕方ないことなんです。同じことしか言えなくて、申し訳ないですけど……」
「いいんだ。……ありがとう」
ランの死体を目の当たりにしてから。
俺たちは応接室まで移動してきていた。
放心状態だった俺を、これではいけないと半ば強引にソウヘイが引き摺ってくれて。
現場から少し離れたこの場所で、気持ちを落ち着けろと諭されたのだった。
そのおかげか、さっきまで震えていた手足もようやく元に戻り。
こうしてシグレくんと会話ができるまでには落ち着くことができていた。
相変わらず、心は死んだように淀んでいたが。
「分かってる……どうしようもなかったんだ。あんなことになるなんて、想像してなかったんだから」
でも、一緒にいれば大丈夫というのはやはり甘い認識で。
もう少しでも不測の事態を警戒しておけば、あいつが狙われることもなかったんじゃないかと、どうしても悔やんでしまうのだ。
吊り下げられたランの体。
揺れ動くあの姿を思い出すと、涙が溢れて止まらなくなる……。
「俺がもっと、慎重だったら」
「……無理ですよ。レイジさんにはそんなこと、分かりようもないじゃないですか。だから……仕方ないんです」
シグレくんが優しく慰めてくれるけれど。
それを救いにはできなかった。してはいけなかった。
「……駄目だな。何の痕跡も無しだ」
ガチャリと扉が開いて、ソウヘイが入ってくる。俺をここまで連れてきた後、周辺の見回りにだけ出てくれたのだ。
「犯人がまだ近くにいるんじゃねえかと思ったけどよ。逃げ足の速い奴だ」
「……それが霊だとしたら、見えなかっただけかもしれませんけどね」
「……それはやめてくれ。鳥肌が立つ」
ソウヘイは未だに、否定可能なら霊なんて存在は持ち出したくないというスタンスだったが、もはやその考えではどうにもならないところまできている。
仲間が怪物になった時点で、俺たちの常識は崩壊していた。
「……ただ、改めて分かったことがある。アヤちゃんの体が消えてたから、念のため確認に行ったんだが……チホちゃんの死体も消えちまってる」
死体の消失。現実に存在する肉体が自然消滅するというのはやはり考え難いので、どこかへ持っていかれたというのが最も考えられそうではある。
ただ、その意味は今も分からない。
「また……なんですね。怪物になった人は全員、ですか」
「まるで狐につままれてるみたいだぜ。死体は消えてるのに、血痕はべっとり残ってやがるんだ。何がしたいのやら……何の意味があるのやら」
怪物になった人間のサンプルが欲しくて? それは飛躍し過ぎだろうか。
でも、ここが悍しい実験の研究施設であるならば、或いは。
「……いけますか」
三人揃ったところで、シグレくんがそう呼びかけてくる。
そして、そっと手を差し伸べてくれる。
「……いかなきゃ、なんねえよな。このまま座り込んで……次の獲物になるわけにはいかない。そんなことになったら……あいつに、笑われちまうよ」
「……そうかもしれませんね」
馬鹿レイジ、と囃し立ててくるランの声が、聞こえてくる気がして。
その機会が永遠に失われた事実が、苦しくてならなかった。
「……行くか」
ソウヘイが、ポンと肩を叩く。
気持ちを切り替えるのは難しかったが……二人に迷惑をかけたくもなかったので、俺は無理矢理体を動かす。
「次に見つけるべきは、研究施設に入る方法だな」
「ええ……行きましょう」
二人の後を追うように。
俺はふらふらと、応接室から出ていくのだった。
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