幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

12.そして、十二月三日

公開日時: 2021年10月27日(水) 20:14
文字数:3,940

 時は淡々と過ぎ去り、しかし季節は冬へと急加速していった。都市部では時折雪もちらついているようだ。

 十二月三日。運命の日であるこの日に、俺とシグレ、そしてヒデアキさんの三人は鈴音学園のミステリ研究部に集まっていた。


「……もうすぐ、陽が暮れますね」

「そうだな」


 既に授業は終わって放課後。午後五時前の空は、早々と夜の色に染まろうとしていた。

 落ち着かない気持ちのまま、椅子に座ったり立って歩き回ったりを繰り返しているものの、時間は基本的には誰にも平等で、ただ規則的に過ぎ去っていく。

 ヒデアキさんもまた落ち着かないのか、或いは若者二人とずっといるのは気まずいのか、一人で部室の外に出てしまっていた。


「本当に、何かが起きるんでしょうか。今日まで、何の動きもなくて……ちょっと良く分からなくなってきちゃって」

「まあ、一週間以上あったからな。だけど、七回忌っていうのは確かに意味のある日付だ。何か起こると思って待つべきだろう」

「……そうですね」


 夕陽が最後の光を放ちながら、建物の向こう側へと沈んでいく。それをぼんやりと眺めていたシグレは、


「もうほとんど、生徒は帰ったでしょうか」

「多分な。どの部活動もこのくらいまでだろうし」


 窓からは校庭も見える。生徒が帰っていく姿はとうに無くなり、教員の姿も見かけなくなった。

 いよいよ校舎から誰もいなくなる時間だ。


「電気、消すことになるけど……ちょっと怖そうだな」

「あはは……大丈夫だと思います。とりあえず警備員さんとかに見つからないようにしなきゃですね、無断でここにいるわけですから」

「全くだ」


 恐らくこの学校は、昔ながらの見回り方式ではなく、セキュリティが不審者を感知して警備員が来るというようなシステムだろうが、念には念を入れておくべきだ。無断で残っていることがバレたら、理由なんて説明できないのだから。

 悪の組織と戦うため。なんて非日常的でで馬鹿馬鹿しい理由なことか。


「……そういやヒデアキさん、遅いな」

「外に出て行ってから、もう結構経ちますね」


 彼のことだからセキュリティに引っ掛かるなんてことはないだろうが、そろそろ戻ってきてもらおうかと思い、俺は席を立つ。


「ちょっと見に行ってくるかな。待っててくれ」

「はい、了解です」


 シグレに見送られて、俺はヒデアキさんを探しに向かうのだった。





 ヒデアキさんの姿は、別館を出てすぐの渡り廊下にあった。手摺りに半ば体をもたれ掛けさせるようにして、夕陽の沈む様を眺めていたらしい。

 彼の容姿や境遇とも相まって、陰を濃くしていくその姿が哀愁漂うものとなっていた。


「ヒデアキさん」

「ああ、すまない……少し考え事をしていた。そろそろ戻らねば、見つかってしまうかな」

「……まあ、まだ警備員さんには言い訳できる時間ですけどね」


 とは言え、流石にバレてしまえば居座ることが難しくなるだろう。一度出てしまうと、もう一度入るには壁をよじ登るなど強硬手段を取らざるを得なくなりそうだ。


「……この学園はね」


 遠くを見やったまま、ヒデアキさんは半ば独り言のように呟く。


「故郷にできる学校だからということで、私が援助を行って建てられた。勿論、私が援助した金額など微々たるものだけども」

「ええ、聞いたことはあります」


 ヒデアキさんが鈴音学園の創設に関わっているのは、生徒ならほとんど全員知っていることだし、以前マキバさんからもちらと話は聞いていた。

 あのとき、講演会に参加してみればどうかと提案はされたが、よもやヒデアキさん本人とこうして共闘することになるとは。


「始めは広く生徒を募集していた。しかしある時から定員が減り、また合格基準も不明確になっていた。……今日、私たちがどうしてここで待っているのか、君なら分かるだろう」

「あいつがここの学生に扮していたのには、理由があったわけですね。ここが……いつしか研究施設になっていたと」

「どうも、そのようだ」


 黒影館、鏡ヶ原と目にしてきたGHOSTの研究施設。凄惨な実験が繰り返されていたその施設が俺たち学舎に作られていたなどとは想像もしていなかった。

 しかし、その存在はもうほとんど確実だ。


「そういえばアヤちゃん……ミス研のメンバーが、鈴音学園のおかしなところを調べていたみたいで、定員が少なかったり、生徒や先生が突然いなくなったりしていてどうも怪しいと書いてました。あの子の推測は当たっていたわけだ」

「ひょっとすると、アツカのことも何か気付いていたのかもしれないね」

「……かも、しれません」


 強くなることを願い、オカルトへその願いを託したアヤちゃん。彼女の意思は本物で、オカルトに関する知識にも貪欲だった。正直なところ、俺はその時点で彼女も十分に強いと思ってはいたのだが。

 アツカはその意思につけ込み、アヤちゃんの命を絡め取ったのだろう。


「七不思議についても書いてたな。最近になって、変な七不思議が定着したとか」

「……そのあたりは、よく分からんがね。七不思議など、学生間での流行りだろうから」

「はは、そんな風に考える人の方が多いかもしれないですね」


 ただ、七不思議が何らかの暗喩になっているケースがあるという話も、アヤちゃんから聞いたことがあった。あれは……確か流刻園という学校の噂だっただろうか。


「どうなるんでしょう。日付が変わって、それから何が起きるんでしょうね」

「……あまり口にしたくはないのだがね。アツカは、過去の失敗を塗り替えようとしているのだろう。そう仮定してみると……おぼろげにだが、何が計画されているのか浮かんでくるような気がする」

「……人形、ですか」


 俺の言葉に、ヒデアキさんは小さく頷いた。


「……あいつ、聖徳太子かなんかの言葉を真似て『魄法が沈む』なんて言ってたけど。それは肉体を司る霊器の法則を壊す、みたいな意味があったのかもしれない」

「大仰だな」

「ええ」


 ランの、いやアツカの目はいつも彼方に向けられていたように思う。途方もない計画を、必ずや成し遂げるという決意で常に意識を向けていたのだろう。

 あの目は僅かでも俺たちを映していただろうか? ……意味のない疑問ではあるけれど。

 魄法が沈む。具体的な事象がどのようなものかは判然としなくても。

 その果てに幸福が待っていないことくらいは、予想できる。

 だから。


「あいつの好きにはさせません」

「……それは私の台詞だ。私が起こしたことの不始末を頼むのはすまないが、どうか手を貸してくれ」

「ええ、当然です」


 頷き合い、ふと視線を移した空。

 赤から藍へと変わり、ようやく夜の訪れを感じさせた。





「駄目だな。七不思議のネタは残ってないか」


 ヒデアキさんとともに部室へ戻ってきた俺は、そのままパソコンの前に座って中のデータを調べていた。鈴音学園に関するアヤちゃんの研究資料がないかと考えたのだ。


「もう、アヤちゃんのプライバシー侵害ですよ。前にもう見ないとか言ってませんでしたっけ」

「ちょっとでも情報がほしいんだってば」

「うーん……」


 あまりよくないことだとシグレは眉をしかめている。ただ、アヤちゃんのことだし見られて恥ずかしいものなんて残していないだろう……とは思うのだが。そういうのを見つけてしまったら申し訳ないな。


「……ここには、私の本があるのだな」


 電気は消していたが、パソコンからの光で多少は見えるようで、ヒデアキさんは本棚から本を抜き出してはパラパラと確認している。その中に、俺も以前目にしたヒデアキさんの著書があったのだ。


「それも、ブレーンワールドの項目に付箋が貼ってある」

「そうなんですか? 前はよく見てなかったな」


 ブレーンワールドという用語は、鏡ヶ原でマキバさんから聞いたものだ。次元は膜であるという仮説を基に、ヒカゲさんは何かを為そうとしていたらしい。過去の後悔を乗り越えるために。


「『これが彼の行方と結論』……? 細かい字だが、アツカの文字のようだ」

「どういうことでしょう?」

「……まさか、な」


 ヒデアキさんは何やら考え込んでいる。その頭の中でどのような仮説が浮かんでいるかは気になったが、


「いや、妄想だ。気にしないでほしい」


 溜め息混じりにそう言うのに、俺はそれ以上突っ込んで聞くことができなかった。


「……よく見ると、漫画とかに混じって、結構専門書籍のようなものが並んでますよね。本当に、彼女は研究者だったんだなあと」

「……本当は、何歳なんです?」

「二十歳だ」


 言われて驚いたが、確かにヒデアキさんの話では、六年前に中学生だったわけなので、逆算すれば二十歳というのは当たり前だ。

 その歳で高校の制服を着ていたということだけは、笑える事実であるが。


「色々と驚き、ですよね……」

「……だな」


 安藤蘭と京極敦花。

 同一人物と信じ難くとも、事実は事実でしかない。


「……あともう少しか」


 時計の針が頂点で重なる午前零時。

 そこからが最後の戦いだ。





 ……そして、鈴音学園の地下深く。

 放棄された研究施設の最深央にて、彼女は佇む。


「……ヴァルハラ、か」


 巨大な装置。中央にドーナツ状のパイプラインが取付けられた、奇抜な形の機械だ。素人目には、これが何に使われる装置かなど分かる由もない。

 魂が集められる宮殿。この装置は、まさにヴァルハラの名に相応しい機能を備えたものだった。

 ゆえに、日下敏郎はパーツを分割して隠匿したのだ。


「恐らく貴方は、その向こうへ消えてしまったんでしょうね。哀れな人もいたものだ」


 彼女の立つ鋼板の床には、微かに黒い染みが。

 それは、何かがその場所に残されていたという証。


「私は、正しくこの装置を使わせてもらうとしますよ。……そして、今宵魄法は沈む」


 さあ、時間だとばかりに。

 彼女は……京極敦花は両腕を広げた。


「始めよう、ゴーレム計画を。目覚めるんだ――最後の大隊」


 そして、十二月三日が訪れた。

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