「……つまり」
十一月二十二日。鈴音学園ミステリ研究部。
俺とシグレは不意の来訪者と対峙していた。
高名な物理学者で、俺たちが通うこの学園の創設者。
名を、京極秀秋といった。
「あいつの……安藤蘭の本当の名前は、京極敦花というんですね」
「……ああ」
京極さんは、皺の深い眉をいっそうしかめて答える。
「正真正銘、あの子は私の娘だ。今ではもう断たれた繋がりではあるが……ね」
「ランさんが……京極さんの娘……」
そう言えば、思い出したことがある。
鏡ヶ原事件で出会ったマキバさんの話だ。
「マキバさんが一度教えてくれてたな。京極さんは奥さんが亡くなって……一人娘は行方不明だと」
「れ、レイジくん……」
あまりにも直球すぎる言葉にシグレが焦ったようだが、
「構わない、それが事実だ」
京極さんは力なく笑った。
「しかし……マキバくん、か。彼のことは悔やんでも悔やみきれない。あのようなことになるとはね……」
「知ってるんですか? 教会の事件のこと……」
「ああ、勿論だ。あの事件は繰り返し報道もされているし……GHOSTの件は、ずっと追ってきたのだから」
それは意外な答えだった。以前から、京極さんはオカルト否定派と聞いていたからだ。そんな人物がGHOSTの存在を肯定し、追い続けているとは。
そんな俺の驚きを表情から察したのか、彼は補足するように、
「オカルトをオカルトと認めるわけではないが……少なくともあの非道な研究は止めねばならないと、私は調べ続けてきたのだ。元は……私に責任があるのだしな」
「……どういうことですか」
「あれを……『安藤蘭』を作り出してしまったのは、私の責任なのだ。あのとき……妻を喪うことになったとき、私がもっと別の生き方を選んでいたのなら、きっとあの子が『敦花』を捨てることもなかったのだろうから」
遠い過去を反芻するように、京極さんは目を閉じ、そして溜め息を吐く。
「……君たち、時間はあるかね」
「まあ、勉強するつもりだっただけなので」
「もし良ければだが……私の家で、あの子の過ごした場所で、あの子の話を聞いてくれないだろうか……」
安藤蘭がまだ京極敦花だったときの、そしてその名を捨てることとなったときの話。
知っていたようで実は何も知らなかった彼女の物語。
事ここに至ってだが、それでも知る必要はあると思う。ただGHOSTの情報としてだけでなく、安藤蘭と友人関係を築いていた者として、純粋に知っておきたいのだ。
「……ぜひ、聞かせてください」
彼女が堕ちた研究者となった理由。
ようやく俺たちは、その深淵に迫ろうとしている。
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