幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

19.五百年の予言

公開日時: 2021年5月3日(月) 00:34
文字数:2,179

 図書室には、日中も探索に入ったものの、主にテンマくんとの会話に時間を費やしていた。蔵書に詳しく目を通すのはこれが初めてだ。

 入ってすぐの本棚に並ぶのは脳科学の文献。そこから各種心理学、哲学まで取り揃えられている。

 かと思えば次の本棚には何故かシリーズものの推理小説。天帝やらS&Mやら、読んだことのあるようなないようなタイトルが並んでいる。

 ……古野に、創平。

 そういうのは流石に偶然と思いたいところだが……。


「……おや」


 一つ奥の棚に移ると、そこに並ぶ書籍の中に一際目立つものがあった。決して派手なわけではなく、むしろ汚らしいものだったのだが、他が辞書ほど分厚いのに対してそれだけが大学ノートくらいの厚みしかなかったのだ。背表紙のタイトルもない。

 気になって抜き出してみると、表紙には『過去からの警句』というタイトルが記されていた。自費出版というやつなのかは不明だが、少なくとも公なものではないように思える。

 本をパラパラと捲る。すると、何度か読み返されていたのかすぐにとあるページが開いた。

 表題はこうだ。……『聖徳太子と五百年の予言』。


『日本史においてその名を知られる聖徳太子だが、一般教養としての功績以外にも、聖徳太子には多くの逸話が存在している。その中でも注目すべきは、聖徳太子が未来を予知することのできる予言者であったという説であろう。

 聖徳太子の建立した法隆寺にある五重塔。その中には、釈迦が没した後の世界に訪れる出来事が記述され、隠されているとされる。五百年区切りで記されたそれは、当たっているのだと言う者もいれば、偶然だと言う者もおり、実際のところ判断が難しい。しかし、もし予言の力が本物だったとすれば、もう近い将来、恐ろしい予言が現実のものとなるかもしれないのだ。

 五重塔の最上階に記された予言は、二〇一六年から二〇一七年を指したもので、そこにはこう記されている。

 戦争や争いが盛んになり、白法が沈む。

 この白法とは、仏教の教えを示しているとされているが、他にも様々な解釈ができる。とにかく聖徳太子は、戦争を暗示しているのだ。世界情勢がキナ臭くなっている昨今、この予言をただの放言だと笑い飛ばすことは、できないのではないだろうか……』


 製本されてからそれなりの年数が経過していると思われるこの本には、それこそ予言のように今年のことが書かれていた。

 二〇一七年。この予言が真実だというなら、年内にも大きな戦争が起きるということになるが……流石にそこまで的中はしないだろう。流石に。

 特に脱出の手掛かりになるものでもなし、俺は薄っぺらな本を棚に戻す。チホちゃんも近くで本を調べているが、重要そうなものは見つかっていないようだ。

 俺が探しているのは単純に日本語の辞書ではあるのだが……。


『霊体と肉体の乖離に関する研究 著:牧場 智』


 霊についての文献が目に止まる。こういう類のものも、図書室には相当数並んでいた。

 状況を打開できる何かがあればいいのにと、半ば捨て鉢な気持ちで本を開いてみる。


『……霊体は肉体を生命足らしめる重要な役割を負っていることは前研究に示した通り。

 霊体を肉体から切り離す際、その限度は三十分であり、もしもリミットを過ぎてしまった場合は、深刻な問題が生じる。霊の乖離に肉体の側が耐えられなくなるために、肉体の生命活動が停止してしまう……つまり死亡してしまうのだ。その後、霊を元の肉体に戻したとしても、それは生ある人間でなく生ける屍となってしまっているのである。

 人形に魂を込めた、或いは試みたという文献をたまに見ることがあるが、この結果はそれに近い。今後もこの方面の研究は進められていくべき分野だろう……』


 確かに内容はタイトルの通り、魂を体から抜き出す研究について記録されたもののようだ。それが実際に為された研究かどうかはさておき、見た目はまるで研究者の論文のように思える。

 こんな実験に本気で取り組んでいる者がいたなら……そいつはマッドサイエンティストに違いない。著者である牧場智という人物もまた、その一人だったのだろうか。


「……はあ」


 読んでいるだけで気が滅入ってくる。こういう極限状態でなく、学校の休憩時間に図書室で読むのだったら、さぞ笑えたことだろう。世の中にはこんな本を書く奴もいるのだな、と。

 けれど、現実に黒影館に閉じ込められるという状況に陥った今は、薄寒さを感じてしまうだけだった。

 あまり時間をかけてもプラスはなさそうだ。俺は気を取り直し、目当ての辞書を探す。見つけたのはちょうど部屋の隅にある棚で、そこは海外のものも含め、分厚い辞書だけが取り揃えられたスペースだった。

 数多ある辞書の中から日本語のものを抜き取り、キーワードを探す。

 索引で『く』の行があるページ数を見て、その辺りを確認してみたが該当するものはなかった。単語というより名前なので、無くても仕方ないのかもしれない。ただ、幸運なことにこの辞書にはオマケとして、難読名字がある程度記載されているようだった。

 その中で再度『く』の行を探す。するとすぐに、求める答えは見つかった。


『六月一日……くさか、うりはり』


 恐らくはこれで間違いない。名前イコールパスワードというのなら、日下をクサカと読んだ上で別の当て字、六月一日を導き出せばいいのだ。

 パスワードは四桁。六月一日なら0601と入力すれば通るはず……。

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