幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

25.求めた強さ

公開日時: 2021年5月10日(月) 00:38
文字数:2,157

「……それで」


 回廊内に、ソウヘイの声が凛と響く。


「アヤちゃんは……動かなくなったと」

「……ああ」


 二階の東回廊。

 俺はソウヘイとシグレくんにこれまでの状況を説明していた。

 俺やランの叫びは館中に響き渡ったようで、あれからすぐに二人が駆けつけてくれたのだ。

 そして、あの凄惨な光景を目にし……二人とも、絶句するしかなかったのだった。


「嘘だよ! アヤちゃんが、死んだなんて……」


 シグレくんは未だに現実を受け入れられず、駄々っ子のように首を振る。

 彼の頬には、一筋の雫が伝っていて。


「……そうだ。嘘みたいな、光景だった。目の前で、アヤちゃんがあんなことにさ……」

「だんだんと様子がおかしくなって、あるとき突然バケモノになった……そういうことだよな? それでしばらく逃げていたら、体が爆発したみたいに吹き飛んだと」

「……ああ」


 そんな馬鹿な、と言いたくなるような説明だ。でも、ソウヘイが整理してくれた一連の流れが、紛れもない事実だった。

 アヤちゃんは突如として怪物と化し、俺たちに襲い掛かって来て……最後には、爆散した。


「あの子は多分、何かされていたんだろうな。霊によってか何によってか……恐らくバケモノになってしまうようなことを」

「だと、思う」


 それに、と俺は続ける。


「アヤちゃんの最期が……そっくりだったんだよ。テンマくんの死体の状況にさ」

「あ……」


 シグレくんも、言われて気付いたようだった。

 四肢がバラバラに飛び散った死体。

 それは一番最初に死亡したテンマくんの状況と酷似していたのだ。


「……アヤちゃんも、テンマくんも。きっと……同じ死に方だったってことか」

「……可能性は、高いな」


 そこから、長い沈黙。

 このとんでもない事実を各々理解しようと努めはしたけれども……それは非常に難題だった。


「……ちょっと遅いな」


 沈黙に耐えかねたか、ソウヘイがそう口にする。

 実のところ、俺たちはただ情報共有をしているだけでなく、ランたちを待っていた。

 あいつは今、チホちゃんの応急処置をしてくれているのだ。

 チホちゃんに割り当てられた客室で、館内にあった救急セットを使って処置を行っていた。


「……ヤナセさん、骨折してたんですか?」

「いや、骨は大丈夫だった。でも、結構酷くて立つのも難しいみたいだ」

「なるほど……」


 多分、捻挫はしているのだろう。少しだけ見せてもらったが、挫いた方の足首は青痣になっていた。

 これから先、彼女が探索に加わるのは不可能だった。


「チホちゃんたちにも、話だけは聞いておきたいな」

「あ、でも……今はゆっくりしてもらったほうが」

「ちょっとだけさ」


 待ち時間が長くてくたびれたのもあるに違いない。ソウヘイはシグレくんにそう弁明して、客室の扉をコンコンとノックした。


「……はーい?」

「入っていいか?」

「乙女の園よ! ……まあ、いいわ。どうぞ」

「サンキュ」


 ランが了承してくれたので、ソウヘイは扉を開けて中に入る。

 二人だけ待っていても仕方がないし、俺とシグレくんもソウヘイの後に続いて入ることにした。


「……ひとまず、これでオッケーかな」


 ふう、とランが息を吐く。

 ちょうどチホちゃんの足首に包帯を巻き終わったところらしい。

 チホちゃんはベッドに横たわり、布団を被っている。

 その布団は規則的に、ゆっくりと上下していた。


「怖くて眠っちゃったみたい。頬っぺた濡らしちゃって……」


 ランはチホちゃんの頬に伝う涙を、指でそっと拭う。

 ほんの少しだけ、チホちゃんの呻き声が聞こえてきた。

 悪夢でも見ているのだろうか。

 起きていても寝ていても悪夢の中だなんて、笑えない話だ。


「……二人も、レイジと同じ場に居合わせたんだよな。アヤちゃんが変貌したその場に」

「ええ。私は直前に合流したんだけど、だからこそアヤちゃんの方を向いてたから、変化に逸早く気付けたのかもね」

「どんな変化だった?」

「どんなと言っても、苦しみ出したのよ。それ以上に言えることはないわ」


 ランと合流するより前から、アヤちゃんはどこか調子が悪そうだった。咳き込んでいたり、顔色も良くなかったり。

 あれは俺とチホちゃんに合流したときから既に兆候があったし……恐らく、単独行動をとっているときに何かがあったのだろうが。


「……そういえばアヤちゃん、強さを手に入れたなんて言ってたけどな」

「強さ……ですか?」

「ああ。よく分かんなかったから黙らせたけど。その言葉がどういう意味を持っていたのやら」


 今更ながら、詳しく聞いておけばよかったと悔やんでしまう。

 まさかこんな事態が起きようとは、夢にも思わなかったわけだけれど。


「アヤちゃんは、ボクみたいに……よくいじめられていたから。強くなりたいって昔から言ってたんです」


 シグレくんが、掠れた声で語る。


「強さって言ったら多分、それを克服できるようなものなんじゃないでしょうか。それが何なのかは、分からないけど。ここでそんなものが手に入るとも、思えないけど……」

「……頭が痛えな。混乱するばっかりだ」


 アヤちゃんの欲した強さ。

 アヤちゃんの手に入れた強さ。

 果たしてそれがどのように作用し。

 彼女を死へと誘ったというのだろうか。


「とりあえず……ここから出ましょうよ。チホちゃんが眠ってるんだから」

「……そうだな」


 ここで話していると、チホちゃんを起こしてしまうかもしれない。

 俺たちはひとまず、部屋を出ることにした。

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