「……それで」
回廊内に、ソウヘイの声が凛と響く。
「アヤちゃんは……動かなくなったと」
「……ああ」
二階の東回廊。
俺はソウヘイとシグレくんにこれまでの状況を説明していた。
俺やランの叫びは館中に響き渡ったようで、あれからすぐに二人が駆けつけてくれたのだ。
そして、あの凄惨な光景を目にし……二人とも、絶句するしかなかったのだった。
「嘘だよ! アヤちゃんが、死んだなんて……」
シグレくんは未だに現実を受け入れられず、駄々っ子のように首を振る。
彼の頬には、一筋の雫が伝っていて。
「……そうだ。嘘みたいな、光景だった。目の前で、アヤちゃんがあんなことにさ……」
「だんだんと様子がおかしくなって、あるとき突然バケモノになった……そういうことだよな? それでしばらく逃げていたら、体が爆発したみたいに吹き飛んだと」
「……ああ」
そんな馬鹿な、と言いたくなるような説明だ。でも、ソウヘイが整理してくれた一連の流れが、紛れもない事実だった。
アヤちゃんは突如として怪物と化し、俺たちに襲い掛かって来て……最後には、爆散した。
「あの子は多分、何かされていたんだろうな。霊によってか何によってか……恐らくバケモノになってしまうようなことを」
「だと、思う」
それに、と俺は続ける。
「アヤちゃんの最期が……そっくりだったんだよ。テンマくんの死体の状況にさ」
「あ……」
シグレくんも、言われて気付いたようだった。
四肢がバラバラに飛び散った死体。
それは一番最初に死亡したテンマくんの状況と酷似していたのだ。
「……アヤちゃんも、テンマくんも。きっと……同じ死に方だったってことか」
「……可能性は、高いな」
そこから、長い沈黙。
このとんでもない事実を各々理解しようと努めはしたけれども……それは非常に難題だった。
「……ちょっと遅いな」
沈黙に耐えかねたか、ソウヘイがそう口にする。
実のところ、俺たちはただ情報共有をしているだけでなく、ランたちを待っていた。
あいつは今、チホちゃんの応急処置をしてくれているのだ。
チホちゃんに割り当てられた客室で、館内にあった救急セットを使って処置を行っていた。
「……ヤナセさん、骨折してたんですか?」
「いや、骨は大丈夫だった。でも、結構酷くて立つのも難しいみたいだ」
「なるほど……」
多分、捻挫はしているのだろう。少しだけ見せてもらったが、挫いた方の足首は青痣になっていた。
これから先、彼女が探索に加わるのは不可能だった。
「チホちゃんたちにも、話だけは聞いておきたいな」
「あ、でも……今はゆっくりしてもらったほうが」
「ちょっとだけさ」
待ち時間が長くてくたびれたのもあるに違いない。ソウヘイはシグレくんにそう弁明して、客室の扉をコンコンとノックした。
「……はーい?」
「入っていいか?」
「乙女の園よ! ……まあ、いいわ。どうぞ」
「サンキュ」
ランが了承してくれたので、ソウヘイは扉を開けて中に入る。
二人だけ待っていても仕方がないし、俺とシグレくんもソウヘイの後に続いて入ることにした。
「……ひとまず、これでオッケーかな」
ふう、とランが息を吐く。
ちょうどチホちゃんの足首に包帯を巻き終わったところらしい。
チホちゃんはベッドに横たわり、布団を被っている。
その布団は規則的に、ゆっくりと上下していた。
「怖くて眠っちゃったみたい。頬っぺた濡らしちゃって……」
ランはチホちゃんの頬に伝う涙を、指でそっと拭う。
ほんの少しだけ、チホちゃんの呻き声が聞こえてきた。
悪夢でも見ているのだろうか。
起きていても寝ていても悪夢の中だなんて、笑えない話だ。
「……二人も、レイジと同じ場に居合わせたんだよな。アヤちゃんが変貌したその場に」
「ええ。私は直前に合流したんだけど、だからこそアヤちゃんの方を向いてたから、変化に逸早く気付けたのかもね」
「どんな変化だった?」
「どんなと言っても、苦しみ出したのよ。それ以上に言えることはないわ」
ランと合流するより前から、アヤちゃんはどこか調子が悪そうだった。咳き込んでいたり、顔色も良くなかったり。
あれは俺とチホちゃんに合流したときから既に兆候があったし……恐らく、単独行動をとっているときに何かがあったのだろうが。
「……そういえばアヤちゃん、強さを手に入れたなんて言ってたけどな」
「強さ……ですか?」
「ああ。よく分かんなかったから黙らせたけど。その言葉がどういう意味を持っていたのやら」
今更ながら、詳しく聞いておけばよかったと悔やんでしまう。
まさかこんな事態が起きようとは、夢にも思わなかったわけだけれど。
「アヤちゃんは、ボクみたいに……よくいじめられていたから。強くなりたいって昔から言ってたんです」
シグレくんが、掠れた声で語る。
「強さって言ったら多分、それを克服できるようなものなんじゃないでしょうか。それが何なのかは、分からないけど。ここでそんなものが手に入るとも、思えないけど……」
「……頭が痛えな。混乱するばっかりだ」
アヤちゃんの欲した強さ。
アヤちゃんの手に入れた強さ。
果たしてそれがどのように作用し。
彼女を死へと誘ったというのだろうか。
「とりあえず……ここから出ましょうよ。チホちゃんが眠ってるんだから」
「……そうだな」
ここで話していると、チホちゃんを起こしてしまうかもしれない。
俺たちはひとまず、部屋を出ることにした。
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