「……私はあの日、テンマと肝試しなんて下らない遊びをしてしまって、恐ろしい実験に巻き込まれ魂を二つに割られた。レイジくん、か……君の言う通り、私は魂の片方をこの女神像に移され、人間の方が死んでしまったから、像の中でずっと時を重ねることになってしまったんだ。ヒトの形をしているとはいえ、動かせるのは両手だけ。……いつ死ねるのだろうと、私はただただそれだけを考えるようになっていった。
そんなときにね……ある人がきたんだ。名前は――日下敏郎といった」
「ヒカゲ……さん!?」
タクミくんの口から突然その名前が出てきたので、俺は驚いて聞き返す。
「……知っているの?」
「ああ。俺は、ヒカゲさんに作られた……魂魄だから」
タクミくんが作られた体だと言うなら、俺は作られた魂だ。
そこに勝手な親近感を抱いてしまいつつ、話の先を促す。
「……君は、ヒカゲさんに会ったのか」
「うん。そうか、人造魂魄……君のことは、大事な息子だと話していたよ」
「はは、聞くと恥ずかしくなる台詞だな」
だけど、誰かにそう話してくれていたことは純粋に嬉しかった。
あの人はやはり、俺のことをいつも忘れないでくれていた。
「……ヒカゲさんは、私を見つけてくれたんだ」
「……え? じゃあどうして」
彼ほどのプロフェッショナルなら、存在に気付ければ魂を解放するなど容易いことだろう。にも関わらず、何故タクミくんは今日この時まで女神像に縛り付けられていたというのか。
「彼は、私を助けてくれようとした。でもね……彼の話を聞いて、こんな魂でも私が何かの役に立てるのならと、この女神像で生き続ける選択をしたんだよ」
「……それは……」
「ヒカゲさんは、不思議な機械のパーツを持っていた。教会での実験に使われた機械を分割したものだ。それは単体でも使うことができる危険な代物でね、彼はその隠し場所をここに選ぼうとしていた……」
つまり、タクミくんは。
彼がこの教会で、三人の命を奪った動機は。
「ヒカゲさんは、いつか自分の大切な息子が来るときまで、装置を封じておきたいと話していた。その子が装置をどうしたいのか決め、そして見つけに来るまで。だから私は彼の思いを受け取り、他の者には絶対に奪われないようにと……」
「だから……君は」
「約束だ。私はそれを守りますと、ヒカゲさんと約束した。パーツを誰にも奪われないよう……奪いに来る悪しき存在を葬ることができるように、ね……」
でも、とタクミくんは弱々しく笑む。
「その約束はこれで、終わりのようだ。私はちゃんと約束を果たせた……はずだよね」
「……ああ」
それがたとえ、誰かにとっての悲劇だったとしても。
彼にとっては、自身の存在を賭けた大切な約束の履行だったのだ。
だから、どうしてもタクミくんを責めることはできなかった。外界の事情など、彼に知る由もないのだから……。
「今までありがとうな。タクミくん……」
ヒカゲさんとの約束を守り続けてくれていたこと。
魂の去り際に、俺が告げられることはそれくらいしかないのだろう。
「……パーツは、女神像の台座の中にある。他の人たちが仕掛けはほとんど解いてしまっててね、簡単な操作で開くようになってるはずだ。どうか、君に受け取ってほしい……レイジくん」
「……分かった」
他ならぬ日下敏郎の息子として。
人造魂魄の零号として。
悪しき者の手に渡るよりも前に、俺が責任を持って処分しなければならない。
そうでなければ、悲劇の連鎖はきっと断ち切られないのだから。
女神像の前に立ち、その足元を調べる。そこには無数の小さな突起があったが、何らかの規則で大半が押し込まれていた。
中央部分は長方形のへこみがあり、間には幾つかの溝も見える。どうやら特定のボタンを押すと仕切りがスライドして開く、という仕組みのようだった。
タクミくんの言葉を素直に受け取るなら、もうほとんど解けている状態なのだろう。
「……これか……?」
押し込まれているボタンの規則性を推測し、一つを押してみる。慎重にならなかったのは、これで駄目でもタクミくんはどうせ答えを知ってるだろう、という安心感もあったからだ。
ただ、そんな考えも無用だったようで、ボタンが押されるとともに最後の仕切りは開かれた。
「あッ……」
秘匿された保管場所。その小さなスペースには、ソウヘイが持っていた装置のようなものが収まっていた。
大きめのおもちゃの部品と言われれば信じてしまいそうな、よく分からない機械だ。
「これが……ヴァルハラの、二つ目のパーツ」
「こんなものが、危険な装置のパーツなのね…」
モエカちゃんも、俺と似たような感想だったようだ。安っぽい見た目の機械装置が、まさか人間の魂を操作できるだなんて、信じられる者の方が少ない。
「切り離されたパーツだけでも機能を有してるんですよね……恐ろしい、装置です」
「……そう簡単には使えないようになっているらしい。なんでも……起動には認証が必要になっているとか」
「認証?」
俺が言葉を拾うと、
「零号の魂魄による認証が必要と、ヒカゲさんはそう話していた」
「……俺の?」
「なるほど……だからヒカゲさんは、レイジくんに託す余裕があったのかもしれないですね。認証はレイジくんしかできないから……」
たとえ他の誰かが装置を発見したとしても、結局は人造魂魄の零号である俺でしか使えないわけだ。
ただ、その制限を突破する方法も考えだされるかもしれない。念には念をと、ヒカゲさんは装置を分割して隠したのだろう。
「君がヒカゲさんの望む選択をすることを、私も望む。そのために、今日まで……存在し続けてきたから……」
そこではたと気付く。
タクミくんの声、それに姿までもが薄れ始めていることに。
「まさか、もう時間が……?」
シグレが呟く。そう、マキバさんたちのときと同じように、彼もまたあちら側の世界へ向かう刻限となったようだ。
彼と話せるのはもう僅かな時間しかない。
「……タクミくん」
消えていく彼に向けて、俺はどうしても告げたかったことを、早口ながらも伝える。
「テンマくんは、あの日のことを後悔してた。自分のせいで君が犠牲になってしまい、そしてチホちゃんが悲しむことになってしまったのだと。テンマくんもチホちゃんも、君のことを片時も忘れたことはなかったと、俺は思ってる。……すまない、それだけ言いたかった」
拙い言葉だと我ながら思ったけれど。
タクミくんは、その言葉を聞いて優しく微笑んでくれた。
「君はやっぱり、純粋な魂魄なんだな。……ありがとう、桜井令士くん。君に幸せな未来が待っていることを、心から願っているよ――」
それが最期だった。
光はタクミくんの魂をあちら側へと導き、後には何も残らない。
彼は二年以上もの間縛り付けられていたこの地から、やっと旅立つことができたのだった……。
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