幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

40.二人きりの放課後

公開日時: 2021年10月10日(日) 20:35
文字数:1,680

 鏡ヶ原事件から、約一週間後。

 二〇一六年十一月七日、鈴音学園ミステリ研究部内にて。


「……ふう」


 部室の席にどさりと座り込んだ俺は、淹れたてのコーヒーを一口啜った。

 授業をきちんと受けられたのは久々だ。俺とシグレはあれから実に四日間も警察の取り調べを受けていた。

 過ぎたことなのでとやかく言いたくはないが、あの執拗で粘着質な取り調べは勘弁してもらいたいものだ。もう二度と経験したくない。

 常人に理解できるような話ではないのだ。……そんなことを言うこちらの方が、当然異質なわけだが。


「……おつかれさま、レイジくん」


 あれやこれやと考えていたところで、シグレがやって来た。彼も登校は四日ぶりで、それまでの責苦と授業の眠気で相当疲れた顔をしていた。


「シグレも今日だったんだな」

「ええ、僕の方も結構しつこかったのがね。あんな事件じゃあ、仕方ないですけど……」

「はは……確かに」


 笑ってから、俺はまた一口コーヒーを飲む。


「……何だか、浮かない顔してましたねどんなこと考えてたんです?」

「いや……くだらないことだよ、ホントに」


 取り留めのない考え。

 浮かんでは気分が落ち込んで、止めておこうと思うことの繰り返しだ。

 だから知らず、シグレの言う通り浮かない顔になっているのだろう。


「レイジくんが何を考えてるのか、大体予想はつきます。レイジくんは優しいですもんね」

「そんなこと」

「……でも、前にも言いましたけど、一人で抱え込んで勝手にどこかへ行っちゃうのは駄目ですよ。僕は、そばにいたいんですから」

「……っはー。それ、そんな顔で言うもんじゃねえぞ」

「え? ああいや、その」


 俺の言葉に、シグレは困惑気味に笑う。そこで頬を赤らめるのもまた可愛らしい。

 なんとも奇妙な感覚だ。


「ははは……また心配されるような顔になってたんだな。ごめん、大丈夫だ」

「……はい」

「ただ……もうミス研もおしまいだよなって。みんないなくなっちまったよなって、な」

「レイジくん……」


 俺と関わらなければ、みんな普通の生き方ができていたのだろうか。

 ただ一人、俺がGHOSTと戦いさえすれば。

 ひょっとすればの未来を想像して、それが断たれたことを悲嘆する。馬鹿馬鹿しいけれど、どうしても浮かんできてしまうのだ。

 今が辛いから。


「……本当に悪い奴は、別にいるんです。だから、その責任をレイジくんが感じる必要はないんですよ。感じるべきなのは、本当に悪い全ての元凶……その人だけです」

「……ありがとな」


 精一杯の慰めに、俺は感謝を告げて、


「まあ、くよくよしてても意味がないのはもう分かってる。俺は……背負った沢山の十字架とともに進んでいかなくちゃいけない。約束を果たさなくちゃいけない」

「……ええ。僕も約束しましたから、レイジくんが全部終わらせるまで、きっちりそばでアシストします。でなきゃ、ソウヘイさんに怒られちゃう」

「……はは、そだな。今も振り向けば、怖え顔で睨んでたりして」

「もう、そういう冗談はダメですっ」

「悪い、悪い」


 怒るシグレを宥めて、俺は席から立ち上がる。


「……さてと。久々に会ったことだし、予定がなきゃメシでも食いに行くか?」

「あ、いいですね。でも、突然外食とかしていい家なんですか?」

「問題ないさ。むしろ父さん、一人なら料理しなくて済むから喜びそうだ」


 連絡だけ、後でしておくことにしよう。

 父さんとの距離も、最近は良く分かるようになった。


「……ふふ」


 ふいにシグレが笑ったので小首を傾げると、


「いえ。多分、初めて二人で行くご飯だなって」

「ん? ああ、そうだな」


 言われてみれば、そうかもしれない。深く関わるようになったのはたった二ヶ月前からだ。

 けれど何故か、ずっと昔から付き合っているような気も今ではする。


「……んじゃ、さっさと行くか」

「はい!」


 今だけは、束の間の平穏を噛みしめておくとしよう――。





 ――ようやく。


 暗い闇の底で、私は嗤う。

 そう、ようやく時が来たのだ。

 私が望んだ、世界の形……。


 風見照が、人形に魂魄を宿らせた先駆者だというなら。

 私は、彼の先を行こう。

 私は――人形遣いになる。


 さあ、計画を実行しよう。

 ……目覚めの時だ。

 最後の大隊ラスト・バタリオン

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