鏡ヶ原事件から、約一週間後。
二〇一六年十一月七日、鈴音学園ミステリ研究部内にて。
「……ふう」
部室の席にどさりと座り込んだ俺は、淹れたてのコーヒーを一口啜った。
授業をきちんと受けられたのは久々だ。俺とシグレはあれから実に四日間も警察の取り調べを受けていた。
過ぎたことなのでとやかく言いたくはないが、あの執拗で粘着質な取り調べは勘弁してもらいたいものだ。もう二度と経験したくない。
常人に理解できるような話ではないのだ。……そんなことを言うこちらの方が、当然異質なわけだが。
「……おつかれさま、レイジくん」
あれやこれやと考えていたところで、シグレがやって来た。彼も登校は四日ぶりで、それまでの責苦と授業の眠気で相当疲れた顔をしていた。
「シグレも今日だったんだな」
「ええ、僕の方も結構しつこかったのがね。あんな事件じゃあ、仕方ないですけど……」
「はは……確かに」
笑ってから、俺はまた一口コーヒーを飲む。
「……何だか、浮かない顔してましたねどんなこと考えてたんです?」
「いや……くだらないことだよ、ホントに」
取り留めのない考え。
浮かんでは気分が落ち込んで、止めておこうと思うことの繰り返しだ。
だから知らず、シグレの言う通り浮かない顔になっているのだろう。
「レイジくんが何を考えてるのか、大体予想はつきます。レイジくんは優しいですもんね」
「そんなこと」
「……でも、前にも言いましたけど、一人で抱え込んで勝手にどこかへ行っちゃうのは駄目ですよ。僕は、そばにいたいんですから」
「……っはー。それ、そんな顔で言うもんじゃねえぞ」
「え? ああいや、その」
俺の言葉に、シグレは困惑気味に笑う。そこで頬を赤らめるのもまた可愛らしい。
なんとも奇妙な感覚だ。
「ははは……また心配されるような顔になってたんだな。ごめん、大丈夫だ」
「……はい」
「ただ……もうミス研もおしまいだよなって。みんないなくなっちまったよなって、な」
「レイジくん……」
俺と関わらなければ、みんな普通の生き方ができていたのだろうか。
ただ一人、俺がGHOSTと戦いさえすれば。
ひょっとすればの未来を想像して、それが断たれたことを悲嘆する。馬鹿馬鹿しいけれど、どうしても浮かんできてしまうのだ。
今が辛いから。
「……本当に悪い奴は、別にいるんです。だから、その責任をレイジくんが感じる必要はないんですよ。感じるべきなのは、本当に悪い全ての元凶……その人だけです」
「……ありがとな」
精一杯の慰めに、俺は感謝を告げて、
「まあ、くよくよしてても意味がないのはもう分かってる。俺は……背負った沢山の十字架とともに進んでいかなくちゃいけない。約束を果たさなくちゃいけない」
「……ええ。僕も約束しましたから、レイジくんが全部終わらせるまで、きっちりそばでアシストします。でなきゃ、ソウヘイさんに怒られちゃう」
「……はは、そだな。今も振り向けば、怖え顔で睨んでたりして」
「もう、そういう冗談はダメですっ」
「悪い、悪い」
怒るシグレを宥めて、俺は席から立ち上がる。
「……さてと。久々に会ったことだし、予定がなきゃメシでも食いに行くか?」
「あ、いいですね。でも、突然外食とかしていい家なんですか?」
「問題ないさ。むしろ父さん、一人なら料理しなくて済むから喜びそうだ」
連絡だけ、後でしておくことにしよう。
父さんとの距離も、最近は良く分かるようになった。
「……ふふ」
ふいにシグレが笑ったので小首を傾げると、
「いえ。多分、初めて二人で行くご飯だなって」
「ん? ああ、そうだな」
言われてみれば、そうかもしれない。深く関わるようになったのはたった二ヶ月前からだ。
けれど何故か、ずっと昔から付き合っているような気も今ではする。
「……んじゃ、さっさと行くか」
「はい!」
今だけは、束の間の平穏を噛みしめておくとしよう――。
*
――ようやく。
暗い闇の底で、私は嗤う。
そう、ようやく時が来たのだ。
私が望んだ、世界の形……。
風見照が、人形に魂魄を宿らせた先駆者だというなら。
私は、彼の先を行こう。
私は――人形遣いになる。
さあ、計画を実行しよう。
……目覚めの時だ。
最後の大隊。
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