一通り下層を探索したものの、認証システムの生きている部屋は無かった。ただ、一箇所だけ崩落の影響で扉が破壊されているところがあり、中も当然めちゃくちゃながら、何とか入れる部屋は見つけられた。
そこはただの倉庫だったのだが、天井に穴が空き、上階に繋がっていた。更にお誂え向きに脚立が保管されてあったので、それを使って穴から上階へ上がることができたのだった。
「……多分、調べてないのはもうこの階だけだな」
非常階段では二階層下りてきたので、未探索は中層とも言えるここだけになる。
この階にアツカがいるのか、それとも黒影館のように、更に下っていく仕掛けがあるのか。
穴を這い上がった先の部屋もほとんど崩壊していたので、俺たちはさっさと部屋を後にした。廊下は左右に伸びていたが、右手側が瓦礫に埋もれているので左手側に進む。
突き当たりに扉があった。こちらは崩壊の影響もなく無傷で、認証システムも作動している。用途を示すような表記は無かったものの、入ってしまえば分かることだろう。
「……ん?」
前回と同じように認証システムにパスを打ち込んだが、何故かエラーが起きる。モニタを確認すると、どうも二名以上の人数が確認できないと入れないらしい。単独では入らせないという、これもセキュリティか。
シグレが後ろに下がっていたので、隣にいるように頼む。それからもう一度パスを入力すると、今度は正常に認証されて扉が開いた。
「厳重だなあ……」
「重要で危険な研究だったわけですしね」
その中でも、この区画は重要度が高かったということだろう。
部屋の中は非常に広く、暗がりで奥の壁までは見えなかった。左右には大きな培養装置がずらりと並んでおり、その中には人形たちが保管されている。
数えられる範囲でも、実に二十体以上。ここが人形の保管室であることは最早言うまでもなかった。
「私たちみたいに、改造されたり、分割された魂魄が人形に込められているんでしょうね……」
「……酷いです、この計画は」
「……ああ」
等間隔に並ぶ装置。
整列する人形たち。
その一つ一つに被験者の魂魄、或いは作られた詰め込まれているのならば、これは残酷な光景だ。
「……気を付けていこう。二人は必ず、先へ進まなきゃなんだから」
「です。きっと、二人が希望の糸ですからね」
「……希望の糸になれればいいもんだが」
自信に満ちているわけではない。けれど、決着をつけねばならないのは事実だ。
勝利か敗北かしかないのなら、負けるわけにはいかない。
……希望の糸、か。
「そうだ。とりあえず……タクミくんを助けることは出来たよ。彼に二人の思いは、ちゃんと伝えられた……はは、偶然だったけどな」
「……タクミくんに?」
そこでシグレがこくりと頷く。
「鏡ヶ原には……タクミくんの魂がずっと存在していて、僕らは……いや、ソウヘイさんはその魂を救い出してくれたんです」
「格好良かったよ。……それで、タクミくんは救われた」
あえてこの二人に顛末まで話すことはしなかったけれど、翳りは顔や声色に現れていたようで、テンマくんもチホちゃんも、ただ静かに瞳を閉じる。
「俺はただのメッセンジャーだったわけだが……タクミくんは、二人の思いを聞けて安堵していた。今度はそれを、二人に伝えることになるとは……何が起きるか分からないもんだな」
「……ありがとう、二人とも。それに……ソウヘイくんにも感謝だ」
辛かっただろうな、とテンマくんは呟く。
「あの日のことを無かったことにはできないけれど。救われたのなら……うん」
「良かった、です」
鏡ヶ原の悲惨な過去。
その当事者たちがこれで、ようやく救われた瞬間なのかもしれなかった。
それが死後だというのが、やはり悲しくはあるけれど。
「……よし、この保管室もさっさと調べて、アツカさんのところへ急ぎましょう。僕らはもっと、多くの人を救えるはずです」
「そうならなきゃな。探索していこう」
広い保管室。放置された機械器具も多く、何かが隠されている可能性はある。
俺たちは四人、手分けして部屋中を調べ回ることにして散開した。
*
大体十分ほど室内を調べ回って、ようやく重要そうなものが一つだけ発見できた。
それは、鍵付きのクリアケースに収められた小さなUSBメモリだった。
こんな施設にしては原始的なセキュリティだが、パスワードが通用しない分、今は面倒この上ない。特殊な素材が使われているようで叩いてもヒビすら入らなかったし、あまり衝撃を与えては中のメモリに影響が出てしまいそうだった。
結局、お次は鍵を探すフェイズに移行する。それから五分が経ち、シグレが目当てのものを見つけてくれた。小さな鍵は、培養装置を操作するらしき機械の近くに置かれたまま埃を被っていた。
「このUSBを読み込めるような生きたパソコンってありましたっけ」
「エントランスのは壊れてたからな……そう言えば、配電設備室にノートパソコンがあった気はする」
「じゃあ、それを使うしかないですね」
言いながら、シグレが鍵を開いてUSBを取り出す。特徴もない、どこにでも売っているようなUSBだ。
この中に何らかの手掛かりがあれば……と思ったとき、不意に視界の色が変わった。
「……な、何だ?」
室内の電灯が、警告を示す赤色に変貌する。それと同時に、けたたましいアラームが響き渡った。
「どうなってる!?」
テンマくんが周囲を見回す。クリアケースに罠が仕掛けられていたのだろうことは分かるが、この警告は何を示すのか。急いで逃げるべきなのか、それとも。
「れ、レイジくん! 人形たちが……!」
「あッ……」
培養装置のガラスが音を立てて割れる。中から腕が突き出されたのだ。
人形たちは一斉に起動し、繭から這い出るようにして装置から出てくる。そして、緩慢な動きでこちらを振り向き……その目が、鈍く光った。
「マジかよ……!」
人形の目は、アヤちゃんが囮になってくれたあのときと同じ。暴走状態と言ってもいいだろう、明らかに俺たちを狙っている目だ。
さっきは数体の人形だけだったが、今回は……ほとんど全方位を取り囲まれてしまっていた。
「……出口は一つしかない。レイジくん、シグレくん、頑張って走ってくれ」
「はい。ここは私たちが」
「そんな……二人まで!」
まるでそんな取り決めでも合ったかのように。
当たり前のような顔で、二人はそう告げた。
「チホちゃんも言ったろ、君たちは希望の糸なんだ。僕らはそれが切れるのを、ただ見てるわけにはいかないんだよ」
その笑みが、アヤちゃんのそれと重なる。
だから、同じ選択しか出来ない悔しさが、胸を強く締めつけた。
「……すまねえ!」
「ごめんなさい……!」
二人が走り、心無き人形たちを翻弄する。
それによって生じた間隙を縫うように、俺たちは保管室から脱出した。
最後に、穏やかな笑い声が聞こえて。
振り返りたい思いに囚われたけれど、決して時間を無駄にはしなかった。
「……はは、変わらないな」
「ね……ありがとうって、言えばいいのに」
テンマくんとチホちゃんはそうして、人形の渦の中へと埋もれていった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!