幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

37.急転

公開日時: 2021年10月7日(木) 20:35
文字数:1,418

「……行っちゃいました、ね」


 光の粒子が消え去った後、シグレが呟く。


「……意外な結末でしたけど、タクミくんが長い束縛……いや、約束から解放されたことは良かったです」

「そうなるまでに、三人もの犠牲が出てしまったことが……彼に、三回も人を殺させてしまったことが、心苦しいけどな」


 ランはこの事実を知っていたのだろうか。

 迂闊に飛び込むと危険だと知り、弱みを握れそうな人物を集めて操ったのだろうか。

 いや、あいつのことだ。そこに遊び心が無かったとは言えない。あいつはきっと何処かで、俺たちが駒として動いていくのを楽しんでいたに違いなかった。


「……酷いやり口だ。こんな救いのない終わり方になって……」

「黒影館のときと同じだ。生き残れたってのに……マジでよ。むなしさしか感じねえな……」


 ソウヘイの言には、俺も同感だった。

 

「……殺されてしまったみんなのことは辛いけれど、感傷に浸っててもしょうがないわ。出ましょう、教会から……この鏡ヶ原から。私たちは、少なくとも生き残れたんだから」

「……そうだな。もうこれで……ゲームは終了だ」


 生き残ることができた。その事実を噛み締め、そして死んでいった者たちの思いを背負って、俺たちは進まないといけない。

 今は、帰ろう。魂魄を巡る戦いは、きっとまた俺たちに襲い来るだろうから。

 せめて、そのときまでは。


 ――と。


 ふいに、どさりと鈍い音がした。何か物が倒れたのかと振り返ると、ソウヘイのすぐ後ろにいたモエカちゃんの姿がなかった。

 彼女は、地面に倒れ伏していた。


「えっ……?」

「お、おい!」


 ソウヘイが慌てて彼女のそばにしゃがみ込む。仰向けに倒れているので表情は分からなかったが、意識はないように見える。


「急にどうして……」

「まさか……コイツが人造魂魄だからなのか?」


 そう、肉体はモエカちゃんでも中の魂魄は俺と同じく作られた魂だ。人造魂魄の寿命は短いと研究結果が出ている以上、急に異常が現れてもおかしくはないが……こんなときに?


「……息はある」


 呼吸と脈を確認していたソウヘイは、そう言って立ち上がる。


「なあ、ソウヘイ。二人はずっと一緒だったんだよな? 何か兆候みたいなものはなかったのか?」

「いや、俺は一人で教会に来たんだ。こいつには近くで待っていてほしいって伝えてたんだが……」

「……でも、教会の中にいた」


 事件は、間違いなく解決した。

 ここで起きた殺人劇には、全て説明がつけられたはずだ。

 でも、何かが引っ掛かる。

 それは推理ではなく、どこか直観染みたもので――。


「なあ」


 ソウヘイ、と続けようとして。

 顔を上げた俺は、彼の後ろに人影を見た。


「……え?」


 刹那。

 こちらを向いていたソウヘイの胸を、鋭い刃が突き破り。

 現れた刃の先端を中心に、深紅の血が衣服に滲んでいく。


「……は……?」


 驚愕のあまり目を見開いたまま。

 自身に何が起きたのか、その胸元を探るように手を動かしながら。

 ソウヘイは……ゆっくりと崩れ落ちた。


「ソウヘイぃいッ!」


 鈍い音とともに、彼は地面に倒れ伏す。そこからはやはり、赤い血が広がっていく。

 倒れた彼の後ろに立っていたのは……他ならぬ、モエカちゃんだった。


「ど……どう、して……」


 シグレが声を震わせる。本当に、どうして?

 彼女はどこに隠していたのか、幅広のナイフをしっかりと両手で握り締めていた。


「おいソウヘイ、しっかりしろ!」


 倒れたソウヘイの下に駆け寄りながら、俺は彼女を睨み、


「……お前……」


 ……その目が、虚ろであることを理解した。

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