幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

40.施設に散らばる研究史④

公開日時: 2021年6月14日(月) 23:06
文字数:2,925

 研究施設内にも会議室があり、こちらは各席に備え付けのパソコンがあった。

 そのほとんどが液晶割れにより点かなくなっていたが、一台だけ辛うじて無事なものがあった。

 電気系統も生きているので、電源を点けると鈍い音と共にパソコンが起動する。

 サインインが必要だったが、パソコンにはカードリーダーが接続されており、ヒカゲさんのIDカードを上に置くとすぐにサインインできた。


「よし、入れた」

「ファイルがいくつかありますね」


 中身も中途半端に抜き取られて放置されているようだが、ワード形式での資料が数点残っている。

 俺たちはとりあえず、上から一つずつそれらを確認していくことにした。



【研究概要】

『我々日下班に与えられた研究課題は、非常に大雑把にまとめれば霊体の抽出、及びその操作であると言えよう。『GHOST』の目指す、新人類へ至る方法の一つとして、魂魄ゲノム操作による肉体、及び思考能力の増加は注目されているのである。

 プロジェクトが始まってまだ間もないため、末端の研究員のみで実験を続けている状態であるが、今後進展があれば規模は必ず巨大化するだろう。それに不安を覚えないわけではないが、やはり研究員の性か、新たな発見への期待が私を研究へと向かわせる。恐らく『プロメテウスの火』となる降霊術を作り出した男も、このような気持ちでいたことだろうと思う』


【人造魂魄】

『研究の一つとして、純粋な人造魂魄は生成可能なのかという議論も何度かなされ、苦心の末に一個の魂魄を生成することに成功した。ただ、そのために莫大なコストを消費したために、この実験はすぐさま凍結されることとなり、現在も中止したままである。

 零号(プロト)と付けられた魂は、培養プラントで保管されているが、いずれはその魂を入れる器が出来ればと期待している。肉体まで人工にせずとも、たとえば死後すぐの人体に魂を入れたりと、手段はあるはずだ。非人道的なので、とりたくはない手段だが。

 また、プロトを魂魄分割実験に使用するという案も何人かの研究員から出ている。人造魂魄なので、ゲノム操作による変化が分かりやすいという理由だ。他の要因が混じることは確かに少ないだろう。プロトは私が心血を注いだ魂であるから興味を掻き立てられる一方、失敗に対する恐怖もあるが、果たしてどんな決定が下るのだろうか』


【魂魄分割】

『魂魄を分割することは可能か、という実験はいずれ着手する予定となっている。マウスでは既に実験されているものの、成功率は1%以下と現実的な数値でない。分割を行うことに意味はあるのかと言われれば、実際のところあまりないのが現状だ。だが、いずれは何らかの役に立つ日がくると信じている。私個人の考えでは、プロトに対して計画されているように、対比実験で重宝されるのは確実だと思っているのだが。

 いずれにせよ、分割は非常に不確定要素が多いため、まずは魂魄の維持が最優先課題であることに相違ない。改造の成功率が上がってきているとはいうものの、失敗すれば被験者は、魂も肉体も死してしまうのだから』


【鏡ヶ原計画】

『鏡ヶ原計画と題されているその計画については、私も正直まだ把握はしていない。上層部からの提案らしい。一見子供のような研究員が一名派遣されてきたが、その研究員によれば鏡ヶ原で実験を行うとのことだ。

 四度目となる臨床試験なので、研究者としては期待するところだが、責任も重大だ。試験には命がかかっている。失敗は許されない。被験者となる子供たちには既に十分な説明をし、了承も得ているとのこと。彼らの気持ちに感謝し、全力で実験に取り組もう』


 パソコンに残された計四点のファイルを見終わり。

 俺たちは一様に、重苦しい溜息を吐いた。

 そもそもが、頭の中に入れることを拒否したくなる内容なのだし、頭も痛くなるというものだ。

 文章だけでも、この施設や鏡ヶ原で行われた非道なる実験が想起されて……辛い。


「……これは多分、ヒカゲさんが記録したものでしょうね」


 IDカードでログインすることから考えれば、このアカウントはヒカゲさんのものだ。

 シグレくんの読みは間違っていないだろう。


「魂の改造どころか、それを作ったり分割したり? まさに神を恐れぬ行為だな。研究員の性ってのが、そうまでさせたのかね……」

「……分からない。俺からすればただの優しい人だったから、知らない別人のことみたいにも思えちまうよ」


 いなくなってから見聞きする、ヒカゲさんの真実。

 それも今日になって、こんなに色々と暗い影を知ることになるなんて。


「でも、ヒカゲさんはどうも非人道的な実験には批判的だったみたいじゃないですか? 実験に際して、何よりも命を優先させて考えている人のように思えます」

「マッドサイエンティストってわけじゃあなさそう……ってことだな」


 フォローのつもりでシグレくんは言ってくれたようだが、確かにそこは引っ掛かる。

 特に鏡ヶ原計画の項目では、被験者の子供たちは了承済との記述があるし、事実とは矛盾している。

 ヒカゲさんはこの研究室のリーダーでありながらも、決してGHOSTとやらの上層部ではなく、一研究員として上からの指示を鵜呑みにして研究を行ってきた……そういう内幕だったのではないだろうか。


「……あの人は一体、どんな立場にいたのやら」

「十三研究所ね。末端と言えなくもない数字ではあるよな」


 何も知らない研究員だったら、俺は安心できるのか。ヒカゲさんを許せるのか。

 いや、きっとそういう話じゃない。

 研究に盲目的だった彼が真実を見誤ったことは明らかに罪で。

 でも……最後には彼も、きっと過ちに気付くことができたのだ。

 俺が見たヒカゲさんは、罪滅ぼしをする人の目を、していた。


「……しかし、ホントにGHOSTって組織は何なんだ。新人類を目指すなんて書いてるが胡散臭すぎる。霊の存在も最初は信じられなかったってのに、こんなヤバい組織が日本で活動してるってのかよ」


 普通に生きていれば関わりなど持たない組織は星の数ほどあれど、こんな危険な組織が捕まりもせずに活動を続けているだなんて恐ろし過ぎる。


「ここに書いてある……子供のような研究員ってのは一体誰なんだ」


 ソウヘイの呟き。

 犯人が俺たちの中にいる可能性を真っ先に口にしていたのは彼なので、その文言に一層の怪しさを抱くのは当然だ。

 ヒカゲさんが文章を書いた当時は、鏡ヶ原事件の直前だろうから二、三年前。

 その研究員が現時点でまだ『子供』であってもおかしくない。

 つまり、犯人は上層部から派遣されてきたという研究員であり、尚且つ俺たちの中にいるかもしれない……。


「……大丈夫、ですか」

「ん。……ああ、心配しないでくれ」


 シグレくんが、俺の顔を心配そうに覗き込む。

 最初は弱気な男の子だなと思っていたけれど、振り返ってみれば彼は何度も俺を案じてくれているな。


「何かあったら、話してくださいね」

「そうだぜ。お前、頭がキレる方なんだからさ」


 二人がそう言ってくれるものの、残念ながら俺に伝えるべき言葉はなかった。

 曖昧模糊とした形が浮かんできているような気はしても、俺はそれを無意識に拒絶しているような気さえした。


 ――人造魂魄。


 一体、何なのだろう。

 俺は……何を怖がっているというのだろうか。

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