幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

8.兄と妹①

公開日時: 2021年9月1日(水) 20:12
文字数:2,114

「……私にとっても、鏡ヶ原事件は始まりだった」


 一角荘の客室。

 モエカちゃんに割り当てられた部屋で、俺たちは彼女の話に耳を傾けていた。


「……匠暁という男の子のことを、お兄ちゃんたちは知ってる?」

「た……タクミくん……!?」

「おい、それって確か……チホちゃんの」


 いきなり知っている名前が登場して、三人とも驚く。匠暁と言えば、俺たちと一緒に黒影館へ忍び込んだメンバー、柳瀬千帆ちゃんの元ボーイフレンドなはずだった。


「チホちゃん、か。……そうね、タクミくんには柳瀬千帆さんっていうガールフレンドがいたんだったわね。その人と知り合いなの?」

「……まあ、知り合いだったよ」

「……だった?」


 首を傾げるモエカちゃんに、俺は淡々と事実を告げる。


「亡くなったんだよ、彼女も。……いろいろあって」

「……そう、なのね」


 黒影館での悲劇。

 それを詳しくモエカちゃんに伝えようものなら、途方もない時間がかかるだろう。どうせ何かが起これば説明せざるを得ない状況になるだろうし、今は曖昧にぼかしてもいいと俺は考えた。

 とりあえず、モエカちゃんのエピソードが最優先だ。


「……タクミくんは、ニ年前にここ、鏡ヶ原のボーイスカウト企画に参加した。そして、例の崖崩れ事故に巻き込まれて、犠牲者となった……」

「……はずだった、だな」


 続く言葉を先読みすると、モエカちゃんは目を丸くする。


「それも知ってるの?」

「ソウヘイの言った通り、いろいろあったんだ。だから……そのタクミくんという子が、どんなことをされたのかは知ってる。教会に忍び込んだせいで、どういう運命を辿ったのか、最期に伝えてくれた子がいる……」

「……あなたたち……」


 驚愕の後、モエカちゃんは諦めたように緩々と首を振り、


「……もう、関わってしまってるのね。当たり前か。でなければ、ここにはいないでしょうし……」


 独り言のように、そんなことを呟いた。


「……おい、それでタクミくんがどう関係してくるんだよ。お前が失踪する理由には結び付きそうにないんだが……」


 本題を早く聞きたいソウヘイは、妹を急かす。モエカちゃんの方は嘆息を吐いて、分かったという風に小さく頷いた。


「……タクミくんは、部活の先輩だったわ。弓道部だったの、お兄ちゃん覚えてる?」

「ああ。お前の部屋には、まだ部活で使ってたのが残ってる。部屋はそのままにしてるからな」

「……弓道部で一緒だったタクミくんは、皆から好かれる好青年だった。そんな彼が、大会の直前、あの事故で亡くなってしまったのね。でも、タクミくんの遺体が帰ってくることはなかった。崩れた土砂の中から、見つけ出すことができなかったとかで」

「そうか……最終的に死亡という扱いになってしまったけれど……タクミくんの遺体は、見つかってないんだね」

「ええ」


 鏡ヶ原事故の犠牲者内訳は、死亡三名と行方不明一名。つまり行方不明で事実上死亡と考えられているのがタクミくんということだ。


「……私は、もともとオカルトに興味を持ってたこともあって、あの事故に何か裏事情があるとネットで知ったわ。すごいわよね、ネットって。色々なウワサが毎日追加、更新されて溢れかえってる。その中に、鏡ヶ原の人体実験というネタが転がっていたのよ」

「……アヤちゃんみたいだな」

「……はは」


 流石にあそこまでオカルトマニアではないわけだが、近しい点に彼女のことを思い出してしまう。

 知らなければ近寄り難いが、知れば中々に面白い、ミス研メンバーのアヤちゃんのことを。


「私はそれを見て、タクミくんが何に巻き込まれたのかを暴こうと決めたわ。優しい先輩だったし、このまま何も知らないまま過去にしたくないと思ってね。だけど、そう決めた頃突然、私は謎の男に襲われそうになった」

「なんだって……!?」

「もちろん逃げたわ。分厚い眼鏡してて、ひょろひょろの男だったし。だけど、そいつはきっと鏡ヶ原の人体実験と関わりがあるんだろうなというのは直感した。

 それから私は姿を消したの。なるべく誰にも知られないように、誰も巻き込まれないように。私はもう、巻き込まれてしまったから。その謎を暴いて、いつか帰れる日までは……」


 GHOSTの魔の手。それはこんなか弱い少女にまで伸びていたというのか。まだ社会すらも知らない十代の女の子が、突如として命を狙われ悲しい決断をしなければならないなんて。

 嘘だと思いたいが、ソウヘイの妹であるモエカちゃんがそんな嘘を吐くようには思えず、ただ暗澹とした気持ちが胸を締め付けた。


「モエカさん、そんな目にあってたんですね……直接関係していたわけでもないのに」

「それでもよ! 言ってくれれば……よかったのに。そうすれば何か……違っていたかもしれないのによ……」


 拳を握りしめて悔しがるソウヘイに対し、モエカちゃんは対照的に翳りのある表情のまま、


「……ごめんなさい、お兄ちゃん」


 そう、小さく呟く。


「確かに、何かが違っていたかも。だけど、その違いが良い方向だったかは分からないから。私はこれでよかったって……そう思ってるの」


 彼女の言葉が。到底十五歳の少女のそれとは思えなくて。


「……お前、すっかり……大人びちまったな……」


 ソウヘイの掠れた声が、彼の心の全てを物語っていた。

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