幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

9.それぞれの事情⑤

公開日時: 2021年4月20日(火) 20:43
文字数:2,510

 アヤちゃんと別れ、北側の廊下までやってくる。テンマくんもちらと話していたが、ここと東側の回廊に俺たちが休む客室があるようだ。

 今まで鍵のかかった部屋ばかりだったが、お誂え向きに客室だけは全て開け放たれているらしい。……意図的なものを感じて、それは少々怖かった。

 部屋を見ていこうというところで、今度はソウヘイと鉢合わせする。考えは皆同じというか、さっきの探索は一階を、今度は二階をと全員が思っていたようだな。


「お疲れ」

「ああ、レイジにシグレくんね。部屋が多すぎて一つ余っちまってるみたいだけど、とりあえずこの辺りが俺たちの部屋なわけだな」


 ここに四室、そして東側にも四室、部屋があるらしい。客用の部屋だとしても、八つあるのは明らかに多い。


「ホント、部屋数多いよな。ここに一人で住んでたなんて考えられねえぜ」

「確かに」


 海外の富豪ならこういうのもあり得るかもしれないが、日本じゃ考え難い生活だ。

 どちらかと言えば、最初から外部の人間を招く前提で造られた館のように思える。


「……それにしてもお前、何でヒカゲさんって人のこと知ってたんだよ」

「お前も聞くか。……父さんの知り合いだったらしいけど、それだけさ。詳しいことは何も知らないんだよ」

「ふうん……」

「何か気になるのか?」

「いや、別に」


 ソウヘイの返事はどこか納得していない風にも聞こえる。ただ、それ以上突っ込むとこちらも色々話さないといけなくなりそうだったので、止めておいた。


「……お前も、ここで会いたい奴でもいるのか?」


 とりあえず話題を変え、俺は他のメンバーにも訊ねた質問を口にする。始めは暇だからと答えていたソウヘイだが、悩んでいるところをみると彼にも何らかの事情はありそうだった。


「……そだな」


 観念したように、ソウヘイは頭を掻きながらポツリと零す。


「変に聞こえるかもしれないけど……霊として会いたくない奴ならいるよ」

「……どういうことですか?」


 その言い回しに、シグレくんは首を傾げる。


「まぼろしさんって死んだ人の霊に会えるとかいうウワサだろ? なら、もしまぼろしさんが出たなら……そいつは死んでるってことになる」

「……つまり」

「死んでてほしくない奴がいてね。俺の妹なんだ。去年いなくなって、それきりの」

「お前、妹なんかいたのか」


 今まで全く素振りを見せなかったので、こいつに妹がいるなんてことは知らなかった。

 それも、去年失踪している? そんな大事件があったのに、俺はこいつの変化に気づかなかったということか。

 振り返ってみれば、ソウヘイが数日ほど学校を休んだことはあったはずだ。時期的にも、きっとあの頃の出来事だったのだろう。


「元々気恥ずかしくて、妹がいるなんて自分からは言わなかったんだが、失踪してからは完全に話さなくなったな。……まあ、よくできた妹だったよ」

「そうなんだな……」

「アヤちゃんほどじゃないけど、妹……萌絵香もえかもオカルトが好きでね。たまに心霊スポットに出かけることがあったんだ。いなくなったのもそういう場所にいったときだったんだと思う。ちょっと出かける……そんな普通の一言を最後に、モエカは消えちまったのさ」


 心霊スポットは、そもそも俺たちのように好奇心などから忍び込む人が多い場所だ。更に言えば、人里から離れた場所ということで屯する奴だって多い。

 仮に女の子一人でそういう所へ探検しに行って、怪しい奴らと遭遇してしまったのなら。

 その結果が今なのだと、最悪の想像に至るのも至極当然の話だった。

 ソウヘイの妹は帰ってこない。それは事実としてるのだから。


「……生死が分からない。だからまぼろしさんとしては会いたくない、ということですね」

「そういうこった」


 強がりのように、ソウヘイは笑う。

 けれど、心の中では苦しんでいるのが透けて見えた。


「それから……可能性が低いにしても、こういう場所に来ることで、何かモエカの手がかりがないかと期待してたりもするわけだよ。オカルトの噂がある場所に、モエカが立ち寄った痕跡があればと思いながら、こうやって覗きにきたりしてるわけ。黒影館にもそういう理由で来たんだよ」

「……お前にそんな理由がねえ。何か悪かった。ヒマだから来たってマジかよって、馬鹿にしてたが……色々とあるんだな、お前も」


 申し訳なくなったので素直に謝ったが、ソウヘイはお前らしくもないと背中をバンと叩いてくる。


「ヒマだから来たってのも本当だし、気にする必要なんかねえよ。ま、妹の手掛かりが万が一にも見つかったら、そのときは教えてくれたらいいさ」

「はい、必ずっ」

「あはは、シグレくんが言うのかよ。ま、ありがとな」

「俺も報告するさ。期待せずに待ってな」

「へいへい、ありがとよ」


 吐露してから少し恥ずかしくなったのだろう。顔を逸らしながら、ソウヘイは適当な感謝の言葉を投げてくる。

 まあ、それだけでもこいつの思いは伝わった。霊なんて信じない俺だし、機会があるかは分からないが……少しでも情報が掴めたなら、教えてやることにしよう。


「じゃ、俺は部屋でゆっくりするわ。ランが十二時になる頃に集まるって行ってたから、覚えとけよ」

「ああ、そうなんだな。面倒臭いが、頭の片隅には置いとく」


 軽く笑うと、ソウヘイは俺たちに別れを告げて自分に割り当てられた客室へ入っていった。

 俺とシグレくんの部屋も、ソウヘイと同じくここらしく、扉の前に貼り紙がされていた。


「さてと。俺たちも探索は止めて、休憩するか?」

「どうしましょうか。確か、大浴場があるとは言ってましたけど」

「風呂、かあ」


 シグレくんが行きたそうにしているのは察するのだが、俺は誰かと風呂に入るのは遠慮しておきたい。

 ホテルならこういうとき、部屋にも備えつきの風呂があるものだけど……ここはただの邸宅だ、そこまで贅沢な話はないな。


「まあ、どんなものか見るだけなら。入るのはちょっと、気が乗らないんだ」

「わ、分かりました。とりあえず、見るだけ見てみましょう」


 興味だけなら、俺もないわけじゃない。宿でもない個人宅に、果たしてどんなレベルの浴場があるのか、一度拝見しておくことにしよう。

 というわけで、部屋で休むのはまた後にして、俺たちは浴場を見に一階へと戻っていくのだった。

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