嫌だ嫌だと思っていても、時間は必ず流れていく。
十月八日、土曜日の午後三時。まだ少しばかり暖かい昼下がりの洋館に、被害者、いやメンバーたちは集合していた。
黒影館。今は主人なき巨大な邸宅。
なるほどその佇まいは、霊が現れると噂が立つのも不思議ではない。
元々名称の通り、黒を基調とした外壁であり、まだ木造住宅の多く残るこの町外れでは一際異質に映る建築物であった。
「よーし、みんな集まったわね。それじゃ、鈴音高校ミステリ研究部の探検、スタートよ!」
先頭に立ち、俺たち全員を見回していたランが元気よく号令をかける。勿論、それに応じる者はいない。
「……思いのほか、人数集まったんだな。どうも、こんなトンデモ企画に参加してくれてありがとう」
「トンデモ企画ってなによっ」
溜め息混じりに発した俺のコメントにランがいちゃもんをつけた後、
「いえ、ちょっと楽しそうでしたから。こういう所でお泊りするなんて、ドキドキしますし」
ランを庇うように一人の少女がそう感想を述べた。
「ヤナセさん、だっけ。君は優しすぎる。むしろ騙されてる」
「だ、大丈夫ですよ。ね、テンマくん」
「う、うん。スリルがあって楽しめると思うよ……きっと」
やや明るい色の髪が背中までかかっている女の子が柳瀬千帆ちゃん。その隣で伏し目がちに呟く、センター分けの男の子が古野天馬くん。どういう人選か、多分チホちゃんの方と交流があったのだろうが、ランが無理矢理連れてきた犠牲者だ。
二人とも気の弱い性格に見えるし、ランの勢いに負けてしまったのだろう。
「ホントに大丈夫か? 怖がってそうだけど」
「……というか、何故お前がここにいる」
俺は端の方で楽しげに成り行きを見つめるソウヘイにツッコミを入れた。
学校で話をしたときには何の仄かしもなかったのに、まさかこの探索に参加してくるとは。
「いいじゃん。ヒマなんだよ」
「奇特な奴だな……」
休日がフイになるというのに、自分から乗り込んでくるとは大した精神だ。
暇にも限度があるだろうに。
「ところでアヤちゃん、そちらの可愛い子は?」
先ほどから気になっていたようで、ソウヘイは少し離れたところに立っている子についてアヤちゃんに訊ねる。
「……シグレという。私の知人だ」
「は、はじめまして。蒼木時雨っていいます。……誤解されてそうですけど、一応男です」
正直なところ、俺も性別については確証を持てていなかった。髪こそ短いものの、その髪質は細くて艶やかだし、顔も中性的というか童顔。身長も男子の平均よりは少し低めなので、女の子の服を着せてしまえば半分以上は騙せるんじゃなかろうか。
「ほー。まさかのボクっ子かと思ったわ。アヤちゃんの知り合いなら個性的そうだし」
「否定はしないけど、アヤちゃんに怒られるぞ」
俺はさり気なく諭したが、当のアヤちゃんは表情を変えず、
「構わない」
「うんうん。優しいわねえ、アヤちゃんは」
気にした俺が過敏なだけ、みたいになってしまった。
やりにくいな、と溜め息を吐きつつ、俺は眼前に聳える館をもう一度見つめる。
それから大多数が思っているであろう提案を代弁した。
「……とりあえず、入っちまうか。こんなところで立ち話はしたくないからな」
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