「うわあ……」
そんな感嘆詞を漏らしたのはテンマくんだった。彼が驚くのも無理はない。外観もさることながら、黒影館はその内装も意匠を凝らしたものだった。
巨大な玄関ホールには負けず劣らずのシャンデリアが吊り下がっており、吹き抜けになっているため二階の下部分がここから見上げられる。二階へ向かう階段はここではなく、別の場所にあるようだ。
床には赤い絨毯が敷き詰められ、幾つかある柱にはいかにも高価そうな絵画の数々が掛けられている。
これが人の住う邸宅であるなら、別の意味で緊張することだろうが、ここに主人はいない。
広大な空間に迷い込んだのは俺たちだけなのだ。
「ボク、ちょっと怖くなってきちゃった」
シグレくんが、誰にともなく呟く。無人の、それも霊が出ると噂の立つ邸宅に忍び込んでいるわけだから、恐怖を感じるのも無理はない。
霊を信じない俺ですら、嫌な雰囲気だなくらいには思ってしまう。
「……怖れることはない。霊は、敬うものには寛大だから」
「そうなん?」
「……さてね」
アヤちゃんの言葉にソウヘイが首を傾げるが、俺に振られても返答に困るだけだ。
「よーし、黒影館の中に潜入したことだし。さっそく探検よ! ご飯は各自持ってきたと思うから、六時になったら食堂に集まるってことでよろしくねっ」
集めておいて、基本的には放置というわけだな。
まあ、あまり面識のない子もいるし、自由行動の方が気楽でいいけれど。
「ま、来た以上は楽しもうぜ」
ソウヘイが笑い、何人かがその意見に同調する。
そしてメンバーは探索という名の暇潰しに、パラパラと散開していくのだった。
「……さて、何すっかな」
「そりゃあ、勿論私と探検でしょ」
突然横からランがずいと顔を近づけてくる。
「いや、できれば却下したい」
「えー」
本当にこいつは駄々っ子というか、我の強い奴だな。
どうしたものかと考えていると、今度は背後から消え入りそうな声が聞こえてきた。
「……あのう」
振り返るとそこには、童顔の少年蒼木時雨くんが立っていた。さっきとあまり変わらず、オドオドした感じでこちらを見つめている。
「シグレくんだったよな」
「は、はい」
「不思議な名前だな、なんか」
「たまに言われます。割と気に入ってるんですけど」
「ああ、不思議っていっても良い名前だと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
俺の言葉に、シグレくんは大袈裟なほど頭を下げる。
褒められることに慣れていない、そんな印象だ。
「で、シグレちゃん。何かご用?」
「あ、えと。一人じゃ心細くて……一緒に散策する人がいればなあって」
チラチラとこちらの様子を伺いながらシグレくんは話す。
「……駄目、ですかね?」
「ん、別に構わないけど」
「シグレちゃん可愛いから大歓迎よー」
彼にとって勇気を出した上でのお誘いだ。無碍に断るつもりもない。ただ、ランまで同調する必要はないのだが。
「ありがとうございます」
「はは、そんな何回も感謝しなくていいから」
小動物みたいなリアクションを見ているのは中々面白いが、それではシグレくんに悪いだろう。俺は優しく彼の肩を叩くと、ついてきなと示すようにくるりと身を翻した。
「んじゃ、適当にぶらぶらしてみますか」
「こら、スクープのための探索なのよ、これは」
「はいはい。スクープ目指して頑張りましょう」
「むーう」
膨れっ面になるランは無視して、俺は歩き始める。
一人じゃないのは面倒だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
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